04.ゴッド・ザ・グッドテイスト
道具の質が良かったおかげか、巨大イノシシの解体は思ったよりスムーズに進みました。大きなノコギリで金色の毛皮を切り裂き、鉈を使って四肢を切り落とし、お腹を裂いて内臓を……と、あまり具体的に説明すると無闇にグロテスクになってしまうので解体工程についてはこのへんで。
大きめの解体道具と一緒に地面から湧いて出てきた包丁やら金串やらを使わせていただきまして、どうにかこうにか動物の死体だったブツを料理と言えるだけの形にすることができたのではないでしょうか。
『うむ、なかなかイケるな。娘よ、褒めてつかわす!』
「は、ははーっ、ありがたき幸せ……です」
一口サイズに切ったお肉を串に刺して炙っただけですが、幸い神様のお気に召してもらえた様子。もし不味いモノを出して怒りを買ったら次は自分が食べられかねないと思って内心ビクビクしていましたが、どうやらその心配については杞憂で済んだようです。
次から次へと焼けたそばから食べていますが、元のイノシシの大きさを考えれば足りないということはないでしょう。あまりに良い喰いっぷりを見ているうちに、そういえば自分もお腹が空いていたことを思い出して辛くなってきましたが……さて、そんな頃合いで。
『ちょっとちょっと、ラメティア君ばっかり食べないでよ。ねえ、そこのキミ。わたしにもお肉ちょうだい!』
「えっ、だ、誰です!?」
どこからともなく、わたしでも神様でもない女性の声が。
そういえばさっきの祭壇でも同じ声を聞いた覚えがありますが、周囲をキョロキョロと見渡してみても我々以外の姿はありません。口ぶりからするに、どうやらラメンティア様に近しい方のようですが……。
『ああ、そういえば自己紹介がまだだっけ? ここだよ、ここ。食事に夢中の神様の足下に、適当に放り投げられた白い剣が転がってるでしょ? それ、私』
「ははぁ、言葉を喋る剣ですか……流石は神様の持ち物ですねぇ」
『いわゆる知性ある剣、インテリジェンスソードってやつだね。そしてそんな私には食事をする機能もあってだね、焼いたお肉をお皿にでも盛って目の前に置いてもらえると嬉しいかな。まあ目の前って言っても目はないんだけど』
「ええと、それじゃあ急いでご用意しますね」
先程から次から次に驚きすぎて、一周回って逆に冷静になってきました。
もしかするとわたしは自分でも知らないうちに生贄として死んでいて、いつの間にやら神様の世界にでも迷い込んだのでは、なんて考えが浮かびましたが結局やるべきことに変わりはありません。
薪もないのに燃え続ける不思議な火でお肉を炙り、他の道具類と一緒に出てきたお皿に山盛りに載せて地面に転がる剣の前に。すると誰も触れてもいないのに焼けたお肉がひとりでに浮き上がり、刀身に近付いて触れたと思ったらパッと消えてしまったではありませんか。舌や胃袋に相当する器官がどこにあるかは分かりませんが、これが喋る剣のお食事風景なのでしょう。
その後はお肉を焼いて、お二方に差し出しての繰り返し。
空きっ腹を抱えたまま続けるのは精神的に辛い作業でしたが、
ぐぅ、と。
『うん? ああ、キミもあまり硬くならず適当に食べながらやってくれたまえ。ラメンティア君も、それくらい構わないだろう?』
『うむ、許す。悪は寛大な神ゆえ、心より深く感謝しつつ食すがよい』
「お、お気遣いありがとうございます。では、失礼して」
わたしのお腹の虫が鳴るのを聞いた喋る剣……そういえば、どうお呼びすればいいんでしょう? まあ、それは後でゆっくり考えるとして、気を利かせていただいたおかげで食事にありつくことができました。
「あ、おいしい」
単純にお腹が空いていたせいもあるでしょうが、金色の巨大イノシシは大変に結構なお味でした。普通のイノシシは村暮らしの中で時たま食べる機会もありましたが、独特の臭みもなく肉質も柔らか。他のお二人の分の調理と提供を優先しながらの忙しない食事ではありましたが、そんな苦労も吹っ飛ぶような美味でした。
普通の人間基準なら一家族が数か月がかりで食べ切るような量ですが、神様は食欲も人間離れしているのでしょう。いったい何時間食べ続けていたのかは定かではないですが、わたしが満腹してからも神様と喋る剣の食欲が衰える様子は一向にありません。
「いやぁ、この山にこんな大物がいるとは思いませんでしたよ。ラメンティア様は、いつもこのイノシシをお召し上がりになってるんですか?」
神様のお住まいということで村の人間も麓までしか立ち入らない山。
最早、骨と皮だけになりつつあるイノシシは、その神域にしか生息しない未知の固有種みたいなものなんだろうなぁと、なんとなく納得しようとしていたのですけれど。ここから話は思わぬ方向に転がっていきました。
『いや、悪もこんな金ピカのイノシシは初めて喰ったな』
「そうなんですか? ずっとここの山にお住まいになられているのに、あんなに大きく育つまで会わなかったというのは不思議なこともあるものですねぇ」
『ずっと? 悪がこの山に来たのは今晩が初めてのことだが?』
「え?」
『はて?』
神様と出会った直後から漠然と、しかし繰り返し抱いてきた違和感。
それがここにきて強烈な存在感を放ってきました。
ここは古くから神様の住む山で、だからこそ、そこに現れたラメンティア様をわたしは疑いなくこの山の神だと思い込んでいたわけですが……なんだか、とんでもない誤解があるような気がします。
あまりこの先を考えたくないというか、取り返しのつかない真似をやらかしてしまったというか。この話題はそろそろ切り上げて今晩のことはスッキリ忘れてしまいたかったのですけれど、しかしラメンティア様はそうは思わなかったのでしょう。
『ああ、この山に元からいた神というのは多分コレだな。うむ、美味い』
ラメンティア様が『コレ』と言ったのは両手に握るお肉の串焼き。
我々がさっきからモリモリ食べていた金色イノシシ。
今やほとんど骨と皮を残すばかりになった残骸の正体を悟ったわたしは、
「へえ、神様って意外と美味しいんですねぇ」
とりあえず目の前の現実から目を背けることにしました。




