03.金物ザクザク
夜の森というのはただでさえ見通しが利かないもの。
用でもなければ好んで入りたい場所ではありませんし、やむを得ず入るにしても慎重にゆっくり進むのが普通の人間の感覚でしょう。
「ま、待って……速いですって!?」
とはいえ、それはあくまで人間の話。
神様にとっては夜闇の暗さなどまるで障害とならないようです。
別に走っているわけではないのですが、なにしろラメンティア様は並の男性以上の長身かつスラリと長く伸びた足をお持ちなわけでして。ついでに、こちらの都合を慮ってペースを緩める気遣いなどはないようで。一般的な子供体格のわたしが必死に走っても、辛うじて背中を見失わないようにするのがやっとでした。
ですが、それでもどうにか喰らい付くこと数分間。
我々は山の中腹にある泉のほとりへとやって来ました。
神様のお住まいということで地元の人間も麓までしか立ち入らない上、周囲の木々が目隠しの役割を果たしていたのでしょう。地元民たるわたしも、この山にこんな場所があろうとは今の今まで知りませんでした。
いえ、それよりも気にすべきは泉の手前に倒れているブツでしょう。
「うわっ、黄金色の毛皮のイノシシ? こんな大物がこの山にいたんですか……」
『うむ。軽く引っ叩いてやったら一発でくたばりおったわ』
横倒しに倒れてなお、わたしの背丈の倍近くもありそうな巨大イノシシ。
仕留めたイノシシの調理を任せたいという話は事前に伺っていましたが、まさかここまでの大物だとは思ってもみませんでした。ふと視線を落としてみれば大きな血だまりができていますし、察するに先程の祭壇で感じた血の匂いはここから漂ってきたものだったようです。
本来であれば解体するだけでも大の大人が鉈やノコギリを使って数人がかりで取り掛かるべきビッグサイズではありますが、ここに来て「できません」では神様の機嫌を損ねてどんな目に遭うか分かりません。
『ふむ、悪は悪ではあるが鬼ではない。道具くらいは用意してやろう』
「はあ、それはどうも。ところで先程から気になってたんですが、その『悪』というのは一人称という理解で合ってます?」
『うむ、イカすであろう? 悪の神たる悪にこの上なく相応しい名乗りと言えよう』
そのあたりの神様センスは正直よく分かりませんが、親切にも解体や調理のための道具を用意してくれるとは思いませんでした。見たところ周囲にそれらしき荷物などは見当たりませんが、どこか別の場所にでもしまってあるのでしょうか?
「え? え、地面から何か……うええっ!?」
『くくく、なかなか驚かせ甲斐のあるリアクションをする娘だな。ついでにサービスで火も用意してやるか……ふぅ、っと』
この短い間で何度目の驚きでしょう。
ラメンティア様が一瞥したあたりの地面から、鉈やノコギリや鍋や包丁やその他諸々……作業に必要そうな道具の数々がザクザク湧いて出てきたのです。そのどれもが今まさに職人さんが仕上げたばかりのような新品にしか見えません。正直、わたしの家で使っていた年季が入った品々より遥かに良いモノと思われます。
更には、当然のように口から火を吐いたと思ったら、その火は薪や炭もないというのに地面スレスレの位置に留まったまま燃え続けているではありませんか。明らかに異常な現象に思えますが、まあ、神様のやることに常識を求めるほうが間違いでしょう。
「それじゃあ始めますね」
『うむ、あまり待たせるでないぞ』
分からないことだらけではありますが、この神様を待たせすぎて怒らせるのが不味いという点だけは確かでしょう。わたしは自分の背丈ほどもある大ノコギリをどうにか持ち上げると、早速金色の巨大イノシシを解体しにかかりました。




