37.聖人の正体を暴こう!
太陽神ソルブライト様なる偉い神様を祀る神殿の大神官さん。
その年齢は恐らく三十代の半ばから四十前後。染めているのか地毛なのかは分かりませんが、特徴的な紫色の長髪を緩く結っており、それが豪奢なデザインの僧服や人並み外れて整った顔立ちと相まってか不思議な威厳のようなものが感じられます。
「おおっ、大神官様がラメ……なんとか様に頭を垂れておられるぞ!」
「ということは、あのツノの人は本当に神様だったんだな」
「たしか悪の神だとか言ってたのが気になるんだけど……」
他の神に仕える方ではありますが、偉い神官さんが丁重な対応をしているのを見た人々も、無事にラメンティア様が本物の神様だと認めてくれたようです。ちょっと軽率な気もしますが、こういう時に有名人のネームバリューというのは実に便利なものですね。
「尊き御方、帝城に神が降臨したとの話は伺っております。もしや拝謁の機会を得られるのではと思っておりましたが、わざわざご足労いただけるとは望外の光栄に御座います」
『ふむ、さては城勤めの者の中に貴様の手の者が何人か紛れておったか? その調子なら皇帝の身に何が起きたかも把握していよう』
「ええ、それはもちろん。それに加えて、神々の像が歩き回るという先程の奇跡。神の御力の一端に感服いたしました」
『くく、そうかそうか! まっ、悪にとってはあの程度は造作もなきことよ』
さっきの石像を歩かせるパフォーマンスはラメンティア様ではなくツルギ様の仕事だったはずですが、うちの神様はそのあたり特に気にすることも誤解を訂正することもなく、大神官さんに褒められて良い気分になっているご様子。
大神官さんが帝城の件を知っているのなら、ラメンティア様が決して油断ならない悪の神だということも把握しているはずですが、とにかくヨイショしまくって機嫌を取ろうという作戦なのでしょうか。あるいは単に神官として、素で神様に対する尊敬があるのかも?
「さあ、こんな所で立ち話というのもなんでしょう。大したおもてなしもできませんが、ラメンティア神にお茶やお菓子を捧げさせていただきたく思うのですが?」
『うむ、許す。ほれ行くぞ、サヤ』
「あっ、はい」
そんな流れで大神官さんのお招きを受けた我々は、神殿群の中でも一番大きなソルブライト神殿の内側へ。大理石造りの神殿の内部には、大小数多くの神像や神話モチーフらしき絵画が飾られています。
多くの神官さんの修行や生活の場でもあるためか、その構造は複雑にして広大。
一人で歩き回ったら迷子になってしまいかねません。
件の太陽神様は多くの神々の主神というお話ですし、それを祀る神殿が一番立派なのも納得です。流石にこの国の帝城には負けますが、大体フケバトブ王国の王城くらいの大きさがあるのではないでしょうか。
「……なんだか、浮世離れした雰囲気のある方ですねぇ」
ですが、神殿そのものにも負けない存在感を放っているのが、先程から我々を先導する大神官さん。あらかじめ帝城に神様が来たという話を知って心の準備ができていたにしても、“あの”ラメンティア様と相対しても恐れも緊張もないかのような落ち着き払った態度は、並大抵の度胸ではありません。
先程の神像騒ぎで集まった人々にも慕われていたようですが、決して威圧的に振る舞っているわけではないのに妙に存在感が強く感じられ、その声を聞くだけで不思議と心が安らぐような感覚さえ覚えます。
わたしのこれまでの人生でも身の周りの冠婚葬祭などの折に神官の方を見かけたことはありましたが、失礼ながら過去に目にした神官さん達とはまるで雰囲気が違うような。こんな大きな神殿の頂点に立つような方というのは、やはり俗世の欲やら何やらとは無縁の特別な人間なのでしょうか。
「ははぁ、いわゆる聖人というのはこういう人なんですかねぇ」
『む?』
ご本人に聞こえないよう小声で感想を漏らしたところ、前を歩いていたラメンティア様にその呟きが聞こえてしまったようです。
『くくっ、サヤめ、何をズレたことを言っておる。いくら世間知らずの田舎娘とはいえ、手玉に取りやすいにも程があろう』
「え、あの? そちらの大神官さんのことですよ?」
『うむ、だからそう言っておる』
わたしの目には浮世離れした雰囲気の聖人のように見えていた大神官さんですが、ラメンティア様の見解はまるで違っていたようです。
「わたしも上手く言えないんですけど、喋りとか立ち居振る舞いの雰囲気に普通じゃないものを感じると言いますか……」
『やれやれ、馬鹿め。あんなものは単なる心理学だ。学習によって誰でも習得可能な技術に過ぎん。手品と同じでタネを知っていれば一目瞭然よ……大神官とやら、異存はあるか?』
わたしは小声で喋っていましたが、ラメンティア様がそんな意を汲んでくれるはずもなし。普通に聞こえる声量での会話になっていたのだから、それは当然本人の耳にも届くでしょう。
「いえ、ご明察の通り。あのように話すと信者の皆様のウケが良いものでして。言葉を口にする際の抑揚、目線の配り方や歩き方。他にも色々ありますが、それらに気を配って練習すれば、そちらのお嬢さんにだって拙僧と同じ程度のことはできますよ」
「そ、そうなんですか……」
聖人らしい雰囲気が誰にでも再現可能な技術だったというのは個人的にちょっとショックだったのですが、他でもない大神官さんは化けの皮が剥がれたと焦るどころか涼しい顔をしています。それもまた信者ウケを狙っての修練の成果なのか、あるいは素の性格によるものかまでは不明でしたが。
『ついでに言えば、サヤがこれまで見てきた連中の中でこの男ほど俗と欲に塗れた者は多分他におらぬぞ?』
「他にいないって……あの、お爺さんの時の皇帝さんよりもです?」
『うむ、悪の目は……否、悪の鼻は誤魔化せぬ。下っ端の神官共が皇帝の葬儀やらで忙しくしている時に、まったく何をしているのかと呆れるばかりよ』
鼻を誤魔化せないと言われても、さっぱり意味が分かりません。
当の大神官さんは、相も変わらず泰然と微笑んでいるだけですが。
『強く焚いた香で誤魔化しておるようだが、その僧服の下から漂う女の匂いは間違えようもない。それも一人や二人の匂いではないな? くかかっ、このスケベ野郎め!』
「え」
「ははは、これはお恥ずかしい。全てお見通しとは流石ですな。まさしく、拙僧スケベ野郎にて御座います」
「いや、あの」
くん、と嗅いでみても常人の鼻ではまるで分かりませんが、男性である大神官さんから何人分もの女性の匂いがするということは……つまり、そういうことなのでしょう。わたしはその原因となったであろう光景を想像してしまい、自分の顔が急激に熱を帯びるのを感じました。




