36.神像ロボ、発進!
帝国が誇る巨大神殿群。
ある種の観光地的な趣もあるにせよ、わざわざ自発的にこの場所を訪れるような方々は、基本的に人一倍の信心深さを有していると見てよいでしょう。
周囲を見渡せば各神殿の前で神像に祈りを捧げている人が沢山いますし、どこかの神様の名前や御言葉が書かれているという護符を売る露店にも人だかりがチラホラと。前者はともかく、後者はちゃんと神殿の許可を取った正規品なんでしょうかね、アレ?
まあ信仰の形は様々ですが、要はこの辺りに敬虔な信仰心を持った人達がわんさかいるという点だけ理解していれば何も問題ありません。そんな彼らが尋常ではあり得ない神の奇跡を目の当たりにしたのなら、その衝撃は非常に大きなものとなるでしょう。
では、ぼちぼち本題に入らせていただきますが。
「うわぁぁぁああ!? 神殿前の像が歩き出した!?」
「そっちもか!? 他の神様達も一斉に歩き出したって話だ!」
「危ないっ、ぼんやり突っ立ってたら踏み潰されるぞ!」
現在、近隣一帯は大変な大混乱に陥っていました。
その原因につきましてはお聞きの通り、各神殿の軒先にて威容を放っていた大理石の神像が、揃いも揃って一斉に歩き始めたせいだったりします。
像の大きさは並の大人の背丈と比べても軽く三倍以上はあるでしょう。
デザインこそ威厳のあるお爺さん風だったり、逞しい戦士だったり、見目麗しい女神様だったり様々ですが、そんなにも巨大な物体がただ歩いているだけでも半端な威圧感ではありません。歩く速度自体はゆったりしたものですが、近くにいた人達は踏み潰されまいとしてか大慌てで逃げています。
「おお、なんという光景だ! まさに神の奇跡としか思えん!」
「これは何らかの吉兆の前触れか? あるいは凶兆という可能性も……」
「もしや皇帝陛下がお亡くなりになった件と何か関係があるのでは?」
とりあえず踏み潰される心配はなさそうだと分かってくると、騒動はやや穏やかなものとなりました。未だ歩みを止めない神像に向けて祈ったり、幻覚を疑って目をゴシゴシ擦ったり、原因について論じたり。大体はこういった反応となるでしょうか。
まあ原因に関しては、もちろん我らが悪の女神様の仕業なのですけれど。
『おっと、その言い方は語弊があるぞサヤ。あれらを動かしているのは悪ではなくツルギの力ゆえな』
「そうなんですか? ツルギ様、本当に多芸な方ですねぇ」
『ははは、まあ、それほどでもあるけどね?』
正確には、ラメンティア様に頼まれたツルギ様が何らかの不思議な力を行使した結果だそうで。買い物の値切り交渉や国家運営だけでなく、こんな特技まで持っていたとは驚きです。せっかくの喋る剣なのに、肝心の刃物として使われる場面は未だ一度も見ていませんが。
『それについては多分近いうちにね? それより今はこの神像の話題に戻るけど、これについてはオーソドックスなゴーレム魔法だし大したことはないさ』
「ごーれむ? 魔法?」
『ああ、そういえばここいらだと魔法自体を見かけないよね。私達の地元じゃあ、神でも剣でもない普通の人間にだって、似たような真似をできる人はそこそこいると思うけど』
「そ、そうなんですか……!?」
また、とんでもない人外魔境もあったものです。
そういえば次から次へと凄まじいイベントが起こり続けたせいか聞き忘れていましたが、ラメンティア様とツルギ様はいったいどちらのご出身なんでしょう?
わたしの地元の長老様も占いをやっていましたが、あんな真偽定かならぬ一発芸とはまるで次元が違います。神様や喋る剣でもない普通の人間までが奇妙な力を操る国なんてあったら、わたしの住んでいた田舎にも噂くらいは届いて不思議はないと思うのですが。
『おい、サヤ。何をボンヤリしておる! ほれ、悪のペットらしく堂々としておれ』
「はい……あの、なんだか妙に視線を感じるんですけど?」
先程の疑問については一旦後回し。
ちょっと考え事をしていた間に、事態は次の段階へと進んでいたようです。
もう少し詳しく説明しますと、先程まで周囲をのっしのっしと力強く練り歩いていた神々の像が、我々の前で片膝を付いて恭しく跪いているもので。
なにしろ像を動かしていたのが我々ですし、これらの像のモデルとなった本物の神々がこちらに忠誠を誓っていたりは一切しないのですけれど、そういった事情をご存知ない周囲の方々からしてみれば、神々すらも跪くあの連中はいったいどこの誰だろう……と、疑問に思うことでしょう。
『くかかかかかっ、遠き者は音に聞け! 近き者は目にも見よ! 有象無象の凡神を崇める人間共よ、悪こそが神の中の神、悪名高き悪神ラメンティアである!』
ラメンティア様は、そんな彼らに向けて声も高らかに自己紹介をしたのですけれど、
「ラメ……え、誰? お前、知ってる?」
「さあ? でも実際に他の神様達が跪いてるし、もしかしたら本当に偉い神様だったりするのかな?」
「なんかツノ生えてるし、本当に人間じゃないのか? でも、やっぱ聞いたことないよなぁ……」
その反応はなんとも微妙なものでした。
これで強い反発があったりすればラメンティア様も嬉々として暴力に訴えたのでしょうが、そういった雰囲気でもありません。隣国に人をやって積極的に情報収集をしていた皇帝さんやお城の皆さんはともかく、帝国における一般層の認知度はまだまだこんなところのようです。
『まったく、不勉強な連中め! こうなれば集まった連中を一人残らず――』
うちのボスがお集りの皆さんを一人残らずどうする気だったのか恐ろしいものがありますが、幸い彼ら彼女らが理不尽な方法でラメンティア様の実力を思い知らされることはありませんでした。
「どうかお待ちを、尊き御方」
『む、なんだ貴様は?』
危ういところで悪の神様を食い止めたのは、恐らくは近隣の神殿のどこかに勤める神官さん。それも身に着けた僧服のデザインや雰囲気からして、相当に偉い人に違いありません。
「拙僧は偉大なる神々の首座、太陽神ソルブライト様を祀る神殿の大神官を務める者に御座います。尊き御方、よくぞお越し下さいました」
『うむ、そのソルなんとかは知らんが、なかなか礼儀を弁えた男のようだ。悪の顔を拝む栄誉をくれてやろう』
つまりは、一番偉い神様に仕える中で一番偉い人間ということのようです。
もちろんラメンティア様がそんな肩書きに臆する様子は一切ありませんが、これ傍から見たら一番偉い神様に喧嘩を売りに来たように見えるんじゃないでしょうかね?




