34.一万五千人の全裸成人男性
ここ十日ほどで異常な激動っぷりを見せている我が人生ではありますが、まさか自分の人生で皇帝就任を打診される機会があるとは思ってもいませんでした。というか、わたしが生贄やってた時からまだそれだけしか経っていないのが驚きですよ。
『まあまあ、ラメンティア君や。その気がない子に無理にやらせても良い結果にはならないだろうからね。ここは他の誰かに任せることにしようよ』
「そうですそうです! わたしも絶対そのほうが良いと思います!」
『そういうものか? まあ、悪はどちらでも構わぬ』
幸い、ツルギ様が助け舟を出してくれたおかげで、わたしが女帝として大帝国に君臨する未来は避けられました。人によってはそれこそ手段を選ばず座りたい席なのでしょうが、皇族とは縁もゆかりもない外国出身の一庶民がそんな立場になったら、誰にとっても幸せな結果にはならないでしょう。
ラメンティア様が飽きてどこかに行ってしまった時点から脅迫でも洗脳でも何でもして傀儡にされる程度ならまだマシで、最悪は暗殺者が次から次へとお越しになって息の根を止められるあたりが妥当かと。
「まあ多少の身の危険が伴うのは他の誰がなっても一緒なんでしょうけど、そう考えるとあの御年まで無事に国を治めていた皇帝さんは、能力的には優秀な方だったんですねぇ」
「あぅ?」
赤ちゃんになった張本人に話を振ってもまるでピンと来ないようですが、やはり大国の長としては相応の能力なり人格なりを備えた傑物がなるべきでしょう。候補者となり得る皆さんの中にそういった人物がいるかは存じませんが、何日でも何か月でも根気強く話し合って穏便に決めてもらいたいところです。
『ふむ、まあ悪もどうしても皇帝選びに口を出したいわけではない。貴様らの好きにせよ。候補者となり得る者の中には、帝都から離れた地にいて未だ前皇帝がいなくなったことすら知らぬ者もいようしな』
「「「ははぁ、寛大なるお心遣いに感謝いたしまする……!」」」
今更ではありますが、帝国の皆さんのラメンティア様への平身低頭ぶりは最初からブレることがありませんね。実際に皇帝さんが若返るところを見たり、その国のトップが丁重な対応をしていたり、そういった影響によるものでしょう。
普通はもうちょっと怪しむ人がいそうなものですが、まあ仮にいたところで問答無用の暴力で意見を翻させられるだけ。平和的に物事が進んで良かったと思うことにしておきます。
『では、今は他の話を先に片付けておくか。悪が子供にしたこの国の兵隊共が……一万ちょいくらいだったか? たしか連中の名簿を作っておったような気がするが、あれはどこにやった?』
「はっ、こちらにございます!」
と、すかさず名簿を差し出したのはフケバトブ王国の王様。ここまで発言の機会もなく居心地悪そうに縮こまっていましたが、王国からお越しの王様や新旧将軍さんも一応はこの会議室にいたのです。
『ああ、お前おったのか国王。何も喋らんから、そういう置き物かと思ったわ』
「ひ、ひどい……」
『ふむ、子供にした捕虜の人数が……一万と五千六百とんで二人だそうだ。あとは連中が持っていた装備やら物資もあるが、帝国はこいつらに幾らの値を付ける? 要らんと言うなら、子供姿のまま適当に帝国内のどこかに放り出すことになるが』
単純な数字だけを見れば、仮にそれだけの兵を丸々失っても帝国の屋台骨が揺らぐほどではないでしょう。ですが、それは決して傷が浅いという意味ではありませんし、穏便な形で手元に戻せるならそれに越したことはないはずです。
ついでに言うなら、労働力になり得ない年齢の孤児がいきなり万単位で発生するとか、働き手を失った家族が路頭に迷ったりとか、そういう方面の問題も考えられます。
「も、もちろんお支払いさせていただきます……一人あたりこのくらいとして、大体このくらいの金額で如何でしょう?」
『くくく、そういえばガキ共の面倒を見ながら帝都まで連れてきた子守りの手間賃が抜けていたな。道中の集落で世話を任せるのに使った経費も込みだと……この倍は出せるのではないか?』
「ば、倍で御座いますか……!? しょ、少々お待ちを……」
ラメンティア様自身はたまに子供達のご飯を取り上げて泣かせていただけなのですが、当然の権利のように要求額の吊り上げを図っています。その金額は如何に大帝国の潤沢な台所事情でも軽々には出せないほどであったようですが……、
「か、かしこまりました。その金額で兵の身柄をお受けいたします……」
『うむ、物分かりがよいな。では……ほれ、これで兵隊共は元の大人に戻ったはずだ。たしか、連中はまだ帝都の手前のあたりに待機させていたのだったかな?』
拍子抜けするほど呆気なくはありますが、この神様の能力面の高さについては疑いようもありません。帝都のすぐ外では一万人以上の帝国兵の皆さんが元通りになっているはずで……当然ながら、急ごしらえの子供服が身体に合うはずもなし。
着ていた物がビリビリに破けた結果、今頃は一万人以上の全裸成人男性が出現して周辺は大変な騒ぎとなっていることでしょう。
『おっと、誤解するでないぞ? 悪はうっかり忘れて意図せず連中に恥を掻かせたのではない。ちゃんと悪意を持って辱めたのだから勘違いせぬようにな』
ええ、まあ分かってはいましたけどね。




