33.帝国のその後
この日の日没より少し前。
帝都の民に向け、皇帝陛下の崩御が伝えられました。
まあ実際には死んでいないのですが、まさか言葉も分からぬ赤ん坊に大帝国の舵取りを任せるわけにもいきません。帝国の運営に携わる皇族の方々や大臣職に就いているお歴々が相談し、皇帝陛下は表向き亡くなったことにする方向で決定したということです。
「あぅ、だー、きゃいっ」
『なんだ、悪のツノが気になるのか? くくく、ならば特別に頭の上に乗せて触らせてやろう。間違ってもそこで粗相をするでないぞ』
その話題の中心人物たる皇帝さん、今や無邪気な赤ん坊となった御仁はと言いますと、すっかりラメンティア様に懐いている様子。うちの神様も意外に赤ちゃんの相手をするのは楽しいようで、今は頭の上に乗せたまま広い庭園を歩き回っておりました。
「あの、わたし達のほうから言うのもなんですけど、我々って皇帝陛下を害した下手人扱いになったりとかしなくて大丈夫なんですかね……?」
「ええ、その件に関しましてはご心配なく。あの約定はまさしく陛下御自身が望んだ結果。あの場にいた私共がその証人で御座います」
わたしの質問に答えてくれたのは、我々を最初にここまで案内してくれた侍従長さん。
実質的に皇帝さんを殺したも同然のこちらに対し、もしかしたら敵意も顕わに襲いかかってくる人の十人や百人くらいいるかもと内心覚悟していたのですけれど、そういう反応はこっちがビックリするくらい全然ありませんでした。
生贄として捧げる約束をした『愛する者』が、実は自分自身でした……なんて、意地悪なひっかけ問題みたいなものだと思うのですが、特にそのあたりを問題視するつもりもなさそうです。
「私の立場からは申し上げ難くもあるのですが……先程の臨時会議の席でのご様子を見た限りですと、皇族の皆様や大臣職に就いておられる方々も、陛下が躊躇いもなく自分達を犠牲にしようとしたことや、代わりなど幾らでも用意できると言われたことに各々思うところがあったようでして」
「あー……わたしは無責任な立場だから言えることですけど、そんな人のために命懸けで神様に立ち向かうとかはナシですよねぇ」
侍従長さんは是とも非とも答えず、静かに苦笑を浮かべるばかり。
一応は皇帝さんが生きているおかげもあるのでしょうが、皆さん意外なほどに冷静に今後のことを考えておられるようで、流石は大帝国の指導者層は吹けば飛ぶような小国と違って優秀なのだなぁと感心するばかりです。ちなみにフケバトブ王国からお越しの皆さんはお酒の飲みすぎでベロンベロンに酔っ払い、今は用意してもらった客間でぐっすりお休み中とのことで。
「これから、あの……赤ちゃんはどうなるんですかね? うちのラメンティア様はこちらの皆さんの好きにしろってだけ言ってましたけど」
「先方のご都合もあるのでまだ本決まりというわけではありませぬが、先程の会議の流れからするに皇家の傍流に当たるいずこかのお家に養子として引き取られる形になるのではないかと。その上で養い親となる方々や陛下御本人にも正体を教えることなく、ただただ普通に健やかに成長なさっていただければ……」
「政治とか戦争とか、そういう方面の才覚は間違いなくあるんでしょうけど……下手にそっち方面で頭角を表したりして、何十年か越しに同じことの繰り返しみたいにはなって欲しくないですねぇ」
まあ、そのあたりは流石に我々の関知すべきところではないでしょう。
たまたま人生をやり直す場に居合わせただけの部外者としましては、ただただ愛らしい赤ちゃんの幸福を願うばかりです。
◆◆◆
そして翌朝。
帝城内に幾つもある会議室の一つにて。
真相はどうあれ、帝国の長たる皇帝陛下はいなくなりました。
ならば、次なる皇帝を決めようという話になるのは自然な流れだったのでしょう。
『前のジジイは後継者の指名など一切していなかったようだからな。まったく、ちゃんとやっておかねばダメではないか、ほれほれ?』
「きゃっきゃっ、うぃ」
あれだけワンマン気質だった前皇帝さんらしくはありますが、これだけの大帝国の後継者問題が未解決というのは大変な事態でしょう。下手をすれば、皇位を狙う皇族の方々や有力な貴族などの間で国が幾つにも割れる戦乱に発展しても不思議はありません。
『ならば、ここは偉大なる神が鶴の一声でビシっと新皇帝を決めてやるべきか? とはいえ、ここの連中のことなど悪は大して知らんしなぁ……サヤ、お前やってみるか?』
いやいやいや、無理無理無理無理……!
それは流石に無茶振りが過ぎるというものですよ!?




