31.相手の足元を見て要求を吹っかけよう!
大帝国の頂点たる人物が欲して止まぬ若さという財産。
ここ数日の帝国軍の報告を耳にしていれば、うちの神様がそれを与え得るというところまでは辿り着けなくもないにせよ……冷静に考えれば、これは相当に怪しい話でしょう。
若さを持っている側の傲慢かもしれませんが、老齢の皇帝さんは残り少ない寿命のせいで随分と焦っているように見受けられます。もうちょっと落ち着いて身辺の整理やら後継者の選定やらを滞りなく済ませておき、残りの時間を心穏やかに過ごす方向で努力したほうが、まだしも建設的かつ現実的だと思うのですが。
『皇帝とやら、貴様は若返りの対価に何を差し出す? つまらぬ答えを口にしたならば、この話はそこで終わりだ』
ですが、うちの神様はそうは思わなかったようです。
身を起こしているだけでも辛そうなお爺さんに挑発的な問いを投げ、その反応を愉しもうとしているのでしょう。果たして、何をどれだけ差し出せばラメンティア様のお気に召すやら想像もできません。
「か、神よ……貴女様が望むなら、帝城の宝物庫を開け放ち……その中身全てを差し上げたとて悔いは御座いませぬ……!」
『ふむ、つまりは金銀財宝ということか? まあ悪も嫌いではないが……却下だ。ありきたり過ぎてつまらん。もっと価値のあるモノはないのか?』
広大な領土を治める超大国の宝物庫となれば、あちこちの国から搔き集めた財宝が唸るほど眠っているのでしょう。ですが、残念ながらこの答えはラメンティア様のお気には召さなかったようで。
帝国自慢の財宝を歯牙にもかけない様子には皇帝さんもショックを受けたようですが、しかし一度の失敗で諦められるほど物分かりが良いならば、そもそも今回のような場を設けることすらなかったでしょう。
「ならっ、ならば、貴女様を称え……祀るための神殿を帝国全ての都市に建てさせるのは如何でしょうか!? お望みならば、貴方一柱のみを崇める宗教を帝国の国教と定め……役にも立たぬ他の神への信仰を禁ずる所存にて御座います!」
『くくっ、それは随分と思い切ったな? さっきのありきたりな答えよりは面白い……が、悪は貴様ら如きの信心など別に求めておらぬ。そもそも誰がどの神を信じようが、その程度の些事でいちいち機嫌を損ねるほど狭量ではないぞ』
次なる皇帝さんの提案は、わたしや王国側の皆さんも驚くほどに思い切ったものでしたが、それでもラメンティア様の合格は貰えません。
これ以上に大きな代価となると、大国の主とはいえ簡単に思いつくものではないのでしょう。実際、答えに詰まった皇帝さんは考え込んだまま言葉に詰まってしまいました。
『皇帝とやら、そもそもの話だが何故若さなど求める? ただ単に死ぬのが恐ろしいだけか?』
「い……いえ、否! 朕が若さを求める理由はただ一つ……この目で帝国による世界制覇の大願が叶うところを一目見んが為に御座います! あと二十……いや、十五年の時があれば、朕の代にて必ずや成し遂げられようというのに……っ」
『くっくっく、世界征服とは大きく出たな。それは少し面白いぞ、話を続けよ』
「はっ、ははぁ!」
皇帝さんが若返りを願うのには、それ相応の理由があったのでしょう。
その目的が世界征服というのは流石に荒唐無稽……いえ、これまで侵略を繰り返して国土を増やし続けてきた国の支配者にとっては、条件次第で現実的に手が届き得る夢なのかもしれません。
そんな大スケールの夢がピンと来ないわたし的には、それこそ次代に目標を託して任せるべきなんじゃないかと思うのですが、ご本人としては自分の代で成し遂げることに強烈なこだわりがあるのでしょう。
「神よっ! もし若さを取り戻せるのなら、帝都全ての民を捧げても惜しくはない……否、民草のみならず子や孫……我が一族の者共さえ最後の一人まで捧げ尽くす覚悟に御座います……!」
『くかかっ、つまりは生贄だな。サヤよ、なにやら親近感を覚える話題ではないか?』
「で……ですねぇ」
こんな状況でこっちに話題を振らないで欲しいものです。
気持ちを言葉にして初心を思い出したせいでしょう、皇帝さんの覚悟は先程よりも数段重いモノとなったようで、その言葉の端々から狂気的なまでの執念が感じられます。
「なっ、我々を贄に!?」
「陛下、どうかお考え直しを!」
「ええい、黙れ! 帝国とは即ち朕也! 朕さえ若さを取り戻せたなら、貴様らの代わりなど後から幾らでも作れるわ!」
ここまで成り行きを見守っていた帝城の皆さんでしたが、自分達の身に危険が及びかねないとなると、そうお行儀良くもしていられないのでしょう。
しかし、肝心の皇帝さんはまるで聞く耳持ってくれそうにありません。
この苛烈な態度をラメンティア様がどう受け取るかは読めませんでしたが……。
『くくっ、大した覚悟だ。だがまあ、そう多く捧げられても無駄に持て余すゆえ、一人だけで十分だ。ただ一人、貴様が最も愛する者を捧げたならば、その者の全てと引き換えに念願の若さをくれてやろうではないか。皇帝よ、改めて問うが貴様にその覚悟があるか?』
「ええっ、ええ、二言は御座いませぬ! 誰を引き換えにしようとも、微塵の後悔もあろうはずがない!」
最も愛する一人と引き換えに、ですか。
帝都の住民全員とか親戚一同よりはマシですが、普通なら簡単に頷ける条件ではないでしょう。狂気に染まった皇帝さんには一切の躊躇いもなさそうですが。
皇帝陛下の最も愛する人とは誰でしょう?
素直に考えるのなら、存命であれば奥様か、あるいはお子さんやお孫さんの誰か。仲の良いご友人とか、有能かつ忠実な臣下のどなたかという線も完全になくはないでしょうか。
もしかしたら自分かもしれないと帝城の皆さんはビクビク怖がってらっしゃいますが、なんだか誰を当てはめてもピンと来ないように思えてしまいます。
わたしがここに来たばかりで詳細な人間関係を知らないせいもあるにせよ、彼らの中の誰か一人がどうにかなったとして、あのラメンティア様がそれを代償として素直に認めるものでしょうか?
なんだか意地の悪い引っかけ問題にハマりかけているような予感がします。うちの神様の性格を考慮して、なおかつ先程までの会話の内容をよく思い返してみると……、
「あ」
なんとなくオチが読めたような気がしましたが、残念ながらラメンティア様や皇帝さんを止める暇はありませんでした。ラメンティア様が自慢のツノから放った怪光線が皇帝さんに直撃すると、その老い衰えた肉体が見る見るうちに姿を変え始めたのです。




