30.タダ飯を喰い散らかそう!
フケバトブ王国のお城に滞在していた時も色々と驚いたものですが、超大国たる帝国の本気のおもてなしは桁が違うとしか言えません。
侍従長さんに連れてこられた我々は、お城の敷地内にある風光明媚な庭園へと招かれたのですけれど、わたし達を歓迎するためだけに集められた踊り子や音楽家の数だけでも数百人。そうして一流の技芸に目を奪われていると、あっという間に宴席の支度が整いました。
芝生の上に敷かれた真っ赤な敷物の上に椅子やテーブルが用意され、そこに並ぶのは見たこともないようなご馳走の数々。どれ一つとして見覚えのないメニューばかりではありますが、少なくとも凄まじいまでに食欲をそそる香りを放っているのだけは確かです。
「皇帝陛下はかなりのご高齢ゆえ、こちらにお越しなるまでしばしの時間を頂きたく存じます。いと尊き御方にお出しするには恥ずかしい粗餐ばかりではございますが、お食事をお召し上がりになりながらお待ちいただけますでしょうか」
『うむ、そういう事情ならば神を待たせる非礼には目を瞑ってやろう。ほれ、そなたらも遠慮なく喰い散らかしてやるがよい!』
『ちなみに、私が見た感じ毒はなさそうだから安心していいよ』
対応が丁寧すぎて逆に落ち着かない侍従長さんを信用できるかは未知数ですが、ラメンティア様は一切の遠慮もなしにご馳走を口に詰め込んでいます。ツルギ様から毒が混入されていないという保証も出ましたし、ここは余計な事情は一旦忘れて素直にお食事を楽しむのが吉でしょうか。
「お庭にあんな大きな……炉ですかね? なるほど、あれで牛を丸ごと焼くわけですか」
『焼いているところをお客に見せて愉しませる趣向みたいだね。おやおや、あっちではブタにヒツジに……へえ、生のマグロなんてよく用意できたね』
「あれ、お魚ですか!? うわ、あんな大きいの美味しいんですかね?」
『ああ、サヤ君は海の魚を見たことはなかったかな? 見た感じ鮮度も良さそうだし、あれなら煮ても焼いても、なんならナマでも美味しくいただけるんじゃないかな』
「へえ、それは気になりますねぇ」
すでに並んでいる料理以外にも、更に追加のご馳走が次から次へと出てきます。
わたしの胃袋では残念ながら全部を味わうのは難しそうですが、食の知識にも詳しいらしいツルギ様にあれこれ教えてもらいつつ、給仕役の侍従さんに色々な種類を少しずつ取り分けてもらいながら楽しんでおりました。
ワケも分からず連れてこられて緊張していた王様および新旧の将軍さん達も、過剰なまでの接待攻勢に早々に屈して素直にご馳走やお酒を楽しんでいるようで。ここ数日は慣れない子守りに追われて大変な苦労をしていましたし、そのくらいの役得はあって悪いということもないでしょう。
「それにしても、なんだか思ってたのとは全然違う感じになっちゃいましたねぇ。こちらの皇帝さんがラメンティア様に会いたいとのことでしたけど、いったい何の用なんでしょうね?」
『なんだ、サヤは気付いておらなんだか? くくっ、まだ成人もしておらぬ小娘ではピンと来ないのも無理はなかろうが』
帝都の皆さんは、ラメンティア様が神様だと最初から知っている様子でした。
それ自体は……実のところあまり不思議はありません。なにしろ歩いて数時間の道をダラダラ五日間もかけて進んでいたのです。王国に調査の人員を送り込んで、王城近辺で聞き込みをすればフケバトブ王国がどんなトラブルに見舞われたのかは大した苦労もなく知ることができたはずです。
また帝国の領土内においても、たしかに次々と向かってくる軍隊は幼児化して無力化していましたが、それ以外の一般の旅人や行商人については特に手出しすることもなく素通りさせていました。
そうした帝国人の目撃者から事情を聞くなり、我々が手伝いを頼んだ道中の町や村の人々の話を総合すれば、誰が何をしてどうなったか推測するのは必ずしも不可能ではないでしょう。そもそもの発端となった帝城の壁一面に書かれたという宣戦布告だって、冷静に考えたら明らかに人知を超越した怪現象としか考えられません。
相手が神様だと分かったので敵対を止めて丁重に対応する。
そういう意味合いもあるのでしょうが、この歓迎ぶりはそれだけでは説明が付かないようにも思えます。どうやらラメンティア様には、皇帝さんの思惑がハッキリ分かっているようなのですが……。
『十中八九、若返りであろうな。くかかっ、人の身に余るほどの権威権勢を手にした人間が次に求めるモノといえば相場は決まっておる。今の皇帝はずいぶんと歳を喰っているようであるし、それが若さを取り戻せるかもとなれば神だろうが悪魔だろうが迷わず飛びつくであろうよ』
「ご慧眼……感服いたしましたぞ……おお、偉大なる神々の一柱よ……!」
ラメンティア様の推測に言葉を返したのは、わたしや王国の皆さんではなく輿に乗って運ばれてきたお爺さん。手も足も枯れた枝のように細く、もう自力では立ち上がることもできないほどに老い衰えているご様子でした。
失礼ながら、今日明日にでもお迎えが来てもまったく不思議はありません。
それでいて眼光だけがギラギラと異様な輝きを放っているのが、なんとも不気味な迫力を醸し出しています。察するに、このご老体が大帝国の頂点たる皇帝陛下なのでしょう。
『くくっ、長々と話していたらポックリ逝ってしまいそうだな。というわけで、面倒な前置きは省いて早々に聞いてしまうが皇帝とやら。貴様、若返りの対価として何をどれだけ差し出す覚悟がある?』
この国の兵隊さんのような幼児にまで若返ったら困りごとも多そうですが、ラメンティア様がその気になれば程々のところで年齢を加減することも難しくはないはず……が、難しくなかろうがそれはそれ。
どれほどの金銀財宝を積み上げようとも、うちの神様が素直にお願いを聞いてあげるとは到底思えません。この皇帝さん、そのあたりキチンと理解できているんでしょうかね?




