29.身代金を貰いにいこう!
数日前に王都を見た時にも驚きましたが、帝国の都はその比ではありません。
帝都をぐるりと囲む長大な防壁はどれだけ目を凝らしても端すら見えず、往来を行き来する人や馬車の数は星の如し。一都市の中に複数の河川が流れ、地平線の彼方まで建物の並びが途切れないほど。いやはや、超大国の首都とは実に凄まじいものです。
「それで、これからどうするんです? できれば帝国のほうで子供達を引き取ってもらいたいところですけど。たしか身代金を取るとか仰ってましたっけ?」
『如何にも。くっくっく、このガキ共にいくらの値が付くか見物だな!』
現在、フケバトブ王国軍およびその他大勢は帝都手前の高台から都を見下ろす形で待機中。わたしや王国の皆さんとしては、もうお金も何も要らないから子供達を帝国に引き取ってもらって、そのまま王国に帰りたいというのが正直なところでしょうか。
なにしろ王様含む国家の重鎮が、元々の仕事も何もかも放り出す形で五日間も子守りに追われていたのです。帰ったら休む間もなく溜まりに溜まった仕事に取り掛からねばなりません。
「びええぇぇぇん! かみさまが、ぼくのパンとったぁ!?」
『くかかっ、馬鹿め! 油断する奴が悪いのだ! 世間の厳しさを学ばせてやったことに感謝するがよい!』
「ラメンティア様、流石に小さい子をいじめるのはちょっと……ほら、わたしの分をあげますから泣き止んでくださいね」
元の大人姿に戻すかどうかはさておき、兎にも角にも帝国側と話し合いの場を設けねば子供達を引き渡して帰路に就くこともままなりません。ですが普通に街道を歩くのにも散々に苦労したのに、一万を超える数の幼児を引き連れた他国の軍隊を、果たして素直に帝都に入れてもらえるものでしょうか。
早々にそれどころではなくなって自分達ですら半ば忘れかけていましたが、今の我々は帝国に宣戦布告して攻め入ってきた侵略軍。普通に考えたら……まあ、歓迎ムードというのは期待できないでしょう。
「流石に帝都の中に外国の軍隊がぞろぞろお邪魔したら、こっちに害意がなくても住民の皆さんがパニックを起こして犠牲者が出かねませんし。だから、このまま全員で押しかけるっていうのは正直どうなのかなぁ……なんて思うんですけど」
『やれやれ、サヤは心配性だな。まあ、どうせ王国のボンクラ共に戦力としての期待など最初からしておらぬ。大半はこの場に子守りとして残して、少人数で都に入るとするか』
「ええ、ええ、わたしもそれが良いと思います!」
王国兵の皆さんとしても、ここに来て急に侵略者としての扱いを受けたいとは思わないでしょう。このままこの場で子守りを続けるのも大変そうですが、特に反対意見が出ることもなく我々を送り出していただけました。
帝都に入るメンバーは、まず当然ながらラメンティア様とツルギ様。
それから、わたしと王様と、昇進したばかりの将軍さんと降格したばかりの元将軍さん。真っすぐな心根を買われて昇格した若き新将軍さんですが、流石に今のままでは実務的な部分は何ひとつわかりません。なので当分の間は最下級の新兵同等の立場になった元将軍さんが、お隣で色々教えながらお仕事を学んでいるのだとか。今の王国軍のワケが分からない状況に元将軍さんの長年の経験が役に立つかというと、極めて怪しいものがありますが。
ともあれ、一柱と一本と四人くらいであれば、住民の皆さんを過度に警戒させることもないでしょう。事実、周囲の往来に混ざって歩いていたら特に止められることすらなく、あっさりと帝都の中に入れてしまいました。
「出入りする人数が多すぎて、いちいち手形の照合やら荷物のチェックをしてる余裕がないんでしょうねぇ」
『うむ、これならば禁制品の密輸など捗りそうだ。これだけの都市ならば後ろ暗い組織の十や二十はあろうし、ちょっと寄り道してカネと禁制の品の略奪でもしていくか?』
「そんな、ウィンドウショッピング気分で言われましても……いえ、それよりも今は子供達を引き取ってもらうよう頼みに行かないと」
個人的には王都の時みたいに街歩きを楽しみたい気分もありますが、今も子守りで大変な王国軍の皆さんのことを思えば無用の寄り道は控えたほうがよろしいでしょう。
身代金の交渉を持ち掛けるべき相手となると、恐らくは皇帝陛下かそれに近しいお偉いさんになるはずです。なにしろラメンティア様のことですから、このままだと王国の時と同様に帝城に殴り込みをかけそうですが、今度はわたしも一緒なことですし可能な限り平和的かつ穏便な方向に誘導していけたらいいなぁ……などと。
そんな内心の考えは、帝都に入って早々に頓挫することになりました。
いえ、それがなんとも意外なことに一切の暴力を伴わない格好で。
『む、誰だ貴様は?』
帝城に向けて都の往来を歩いていたら、なにやら高そうな服を着たおじさんが恐れ知らずにもラメンティア様に声をかけてきたのです。
服が汚れるのも厭わずに片膝を付いて道端に跪く姿からは、敵意らしきものはまるで感じられません。この様子からすると、美人目当てのナンパ目的ということもないでしょう。
「はっ、私は皇帝陛下にお仕えする侍従長めに御座います。偉大な御方、皇帝陛下が貴女様にお会いしたいと仰せでして。誠に恐れ入りますが、どうかご足労願えませぬでしょうか? お連れの皆様共々、我が国における最上の歓迎をさせていただきますゆえ、何卒拝謁の栄誉をお授け願えればと……」
『ほう? その皇帝とやらは、なかなか礼儀というものを弁えておるようだな。よかろう、そこまで言うのなら悪の顔を拝ませてやるとするか!』
お城に殴り込みをかける手間が省けたのは結構ですが、これはいったいどういう状況なんでしょう? ラメンティア様以外の面々は不思議な状況に首を傾げながらも、侍従長さんに促されるまま近くに停まっていた豪奢な馬車へと乗り込むのでありました。




