27.あめあめ、ふれふれ
どうやら後頭部に弾丸の直撃を喰らったらしいラメンティア様。
隣で見ている限りでは怪我ひとつなくピンピンしていますし、実際その程度では痛くも痒くもなさそうですが……しかし、ビックリはしたのでしょう。
『ううむ、ちょっと油断して気を緩めすぎたか。後ろから飛んでくる銃弾如きに気付かぬとは、悪ながら弛んでおるな』
「あのぅ、ラメンティア様? 向こうも狙ってやったわけではないでしょうし、ここはどうか穏便にですね……」
ここで帝国軍をどうにかしないと、わたしも王国軍の皆さんも命が危なくはあるのですが、ジュウで撃たれて怒ったラメンティア様に惨殺されるというのは流石にお気の毒ですし。幸い、そんな心配は杞憂で済んだようですが。
『これこれ、サヤ。勘違いをするでない。悪は別に怒ってはおらぬぞ』
「そ、そうなんですか?」
『うむ。ただまあ、なんと言えばよいものかな? あまり馴染みがない事態ゆえ、上手く言葉にするのが難しいのだが……』
怒っていないというのなら、いったい何をモチベーションに帝国軍を蹴散らそうというのでしょう。ラメンティア様ご自身も、自分の気持ちを掴みかねているご様子でしたが。
『ああ、はいはい。サヤ君や、ラメンティア君は油断して本来は当たるはずのない攻撃を喰らったのが恥ずかしいんだよ。だからつまり、これから帝国の彼らにやることは彼女なりの照れ隠しってことになるのかな?』
『五月蠅いぞ、ツルギ! まあ、あれだ。パーフェクトな悪に恥じるべき点など微塵もないが、まぐれとはいえ神に一撃を入れたことに敬意を表して、少しばかり凝ったやり方で遊んでやろうというだけだ』
照れ隠しで軍勢を叩きのめすとは相変わらずの神様スケール。
果たして、今回はどんなメチャクチャな方法を取るのでしょう?
『では、始めるか……そら』
「あら? 川の水が?」
上司の一挙一動を見逃すまいと観察していたのですけれど、その変化はラメンティア様そのものではなく両軍の間に流れる川に対して発生しました。
ほんのちょっと川から目を離しただけのはずが、川の水が一滴残らず干上がっていたのです。こちら側の王国軍のみならず、対岸の……水のない状態でも対岸という表現が合っているのかは微妙なところですが……あちら側の帝国の皆さんの陣営でも異変に気付いて大きな騒ぎとなっているようです。
大規模な軍事作戦の中には、人の手で川の水を堰き止めて渡河をやりやすくしたり、これ幸いと敵軍が渡ってきたところで堰き止めていた水を解放して鉄砲水で押し流すような種類のものもあるのだそうで。
経験豊富な軍隊ならば、まず敵の策略を疑って警戒するのは当然でしょう。だとしても人の手でやる作戦ならば、こんな一瞬で一滴の水も残らず川を干上がらせるなんて不可能ですが。
「ええと……ラメンティア様? 川、どこにやっちゃったんです?」
『それなら、ほれ、空の上のほうをよく見てみよ。帝国の連中の頭の上だぞ』
「あー……なんだか帯みたいのがありますねぇ。もしかしなくても、川をそのまま持ち上げちゃいましたか?」
『如何にも。そして、向こうの連中もようやく自分達の頭の上に気付いたようだな……くくっ、連中が傘を持ってきているとよいのだがな? ほれ』
空の上から水が落下してくる現象を雨と呼ぶなら、これも雨の一種ということになるのでしょうか。持ち上げた川をそのまま落とす怪現象を雨扱いするのは相当な違和感がありますけれど。
『くかかっ、帝国の連中め。すっかり全身ズブ濡れの濡れ鼠になりおったわ! これでは銃だの爆弾だのは火薬が湿ってとても使えたものではあるまい』
「ああ、なるほど。そういう戦略的な意味がちゃんとあってのことだったんですねぇ。それで、この後は元の予定通りに王国軍の皆さんに攻撃させる感じで?」
ウスラデカイ帝国がこれほどの国力を獲得するに至ったのには、ジュウという強力な武器の存在が大きな理由として挙げられるというお話でした。そのジュウが大量の水で使用不能になったのなら、剣や槍を主力武器とする我らがフケバトブ軍にも勝機はあるかもしれません。
『これこれ、早とちりをするでない。たしかに王国の連中にはこれから働いてもらうがな、それは戦いのためではないぞ。向こうの武器を使えなくした理由はだな……ほれ、見れば理解る』
「はい?」
うちの神様の意図はどうにも分かり難くて困ります。
とても士気が高いとは言えない王国軍ですが、それでも一応は軍隊組織、すなわち戦うための集団なわけでして。それを戦い以外の目的で何をどう働かせるのかと、改めて敵陣に向け目を凝らしてみたところ……なるほど、納得。
武器を使えなくしておいたのも、万が一の事故を予防するためでしょう。わたしもさっき知ったばかりですが、子供のオモチャとするにはジュウという武器は如何にも危なそうです。
「わあっ、おれのからだが!?」
「みんな、こどもになっちゃった!」
「よろいがぶかぶかでうごけないよぉ……」
先程、帝国の皆さんが頭から被った水になんらかの不可思議な力が込められていたのでしょう。ついさっきまでは鍛えられた屈強な肉体を有していた兵達が、今やすっかり可愛らしい子供姿に。多少の個人差はあるようですが、おおよそ三歳から五歳児くらいの年齢にまで皆さん若返ってしまったようです。
幼くなったのは肉体だけ、鎧やその下の衣服は元の大人用のサイズですから、子供になった帝国兵の皆さんは着ていた物がそのまま枷となって、まともに立ち上がることすら難しそう。布が大量の水を吸って濡れているとなれば尚更です。
「あら、なんだか可愛いですねぇ。これ、大人の時の人格とか記憶はそのままなんですか?」
『今回は記憶は弄っておらぬが、どうも人間の人格というのは肉体の在り方に引っ張られるようでな。軍人としての誇りやら使命感やらも、このまま一時間か二時間も経てばそれだけで融けて消えよう』
いくら数の差があるとはいえ、これくらいの幼児の集団が相手では負けるほうが難しいというものです。まあ、つまり王国軍の皆さんの大事なお仕事とは……。
『では、国王。軍団の総力を挙げてガキ共の保護と子守りをせよ! あとで帝国から身代金を取るから、ちゃんと世話するのだぞ。そうそう、あちらの装備やら糧食、個々の持っていたサイフやらも忘れず頂いておけよ』
戦争を強要されるよりは気楽でしょうが、これはこれで大変そうです。
軍の中には子育ての経験のある人もそれなりにいるにせよ、推定六千を大きく超える人数の幼児相手となると、この場の誰にとっても完全に未知の領域に違いありません。
ラメンティア様が言ったように、帝国兵の子供返りが時間の経過に伴ってどんどん進んでいくのも問題です。この日はもう夕暮れ時だったせいもあり帝国側の陣地に移動しての野営となったのですけれど、鹵獲した食料を調理した料理に嫌いな野菜が入っていれば泣き、夜が更けてくればお母さんが恋しいと泣き、夜が明ければオネショをした子がそこかしこで泣き……と、騒ぎが収まるタイミングなど皆無。このままでは王国軍の皆さんが育児ノイローゼで倒れてしまうかもしれません。
一応、初戦は王国側の勝利ということになるのでしょうが、そんなものを喜んでいるヒマはどこにもなし。勝っても負けても問題が積み上がるばかり。いやはや、戦争とは実に虚しいものですね。
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