26.戦争を楽しもう!
さて、今更ではありますが。
これまで『王国』とだけ呼んでいた我が国の正式名称はフケバトブ王国。
そして先程から話題に出始めた『帝国』のお名前はウスラデカイ帝国。
そもそもの国力に天地の差がある両国がぶつかり合えば、その結果は火を見るよりも明らかでしょう。軍事関係の知識などほとんど知らない子供にだって分かります。そんな両軍が、なんの因果か今まさに国境線である川を挟んで対峙しているわけですが。
『おっ、あやつらが噂の帝国軍か! 半日で掻き集めたにしては、思ったより数が揃っておるではないか』
「ひぃ、ふぅ、みぃ……ここから見てるだけだと正確な数は分かりませんけど、少なくともこっちの倍以上いるのは間違いなさそうですねぇ」
現在は日暮れ直前の夕暮れ頃。
今朝方に受けた宣戦布告への対応として軍勢を招集したと考えれば、流石は侵略慣れしている超大国なだけはあると言うべき見事なスピード感です。あちらの帝都が国境線から徒歩で四、五時間ほどだそうですから、挑発に気付いてから即座に報復を決定、そこから実際に軍団を編成して、ほとんどノータイムで進軍を開始したと見てよいでしょう。
ですが、スピード感だけなら我らがフケバトブ軍も負けてはいません。
なにしろ、ラメンティア様が勝手に宣戦布告してきたと我々が知らされたのがお昼過ぎ。準備時間は向こうの半分にも満たなかったはずです。それが何かのプラス材料になるかというと、全然まったくそんなことはないのですけれども。
「イヤーッ」
「ヤダーッ」
「ぼくおうちかえる!」
一応は川の手前に布陣してはいるものの、こちらの士気はまさにドン底。
王都および近隣の領地から強制的に連行してきた兵の数がざっくり三千人くらいでしょうか。数だけ見ればそこそこですが、彼らの大半はこれから帝国軍と戦うということすら、うちの神様に攫われてこの場に来るまで全然知らなかったのです。
泣くわ喚くわ、怒鳴るわ、幼児退行するわ。
まだ戦いが始まってもいないのに騒ぎが頻発しています。
「まあ気持ちは分かりますけど……でも、帝国の皆さんは意外と大人しくないですか? もっと怒り心頭でこっちに突っ込んでくるものかと」
まともに軍隊組織として機能するかすら怪しいところを数の暴力で押し込まれたら、吹けば飛ぶような王国軍など簡単に蹴散らされてしまうでしょう。
両軍の間に川が流れているとはいえ、その水深は浅い所なら大人の膝下まで浸かるかどうかという程度。雨期で増水していたらこのくらいの深さでも油断できませんが、本日のような快晴無風ならば渡河に手間取るほどではないと思うのですが。
『ああ、それはきっと帝国の武器と戦術の都合だろうね。サヤ君、彼らが持っている武器が見えるかい?』
「ツルギ様? ええと……あれ、なんでしょうね? 普通に剣や槍を持ってる人もいないわけじゃないみたいですけど、あの黒い棒みたいな?」
『あれは銃っていう飛び道具で、すごく簡単に説明すると金属の筒の中に入れた鉛の球を火薬の……ああ、火薬は分かるかい? うん、その火薬の爆発力を利用して撃ち出す武器なんだよ』
「へえ、大きい国だけあって武器も進んでるんですねぇ」
正直この説明だけで全部理解できたわけではないのですけれど、ジュウというのは弓矢や投石機以上の射程と威力がある飛び道具なのだとか。火薬を利用しているだけに水気に弱いという弱点はあるものの、あれだけの人数が一斉に撃ってきたらフケバトブ軍など川を渡り切るまでに全滅状態になっても不思議はないそうで。
『正確なスペックは実物を近くで見ないと分からないけど、あのタイプの火縄銃なら狙って当てられる有効射程は最大で二百メートルくらいかな? ただ遠くに飛ばすだけならもうちょっと伸びるだろうけど、こっちが川に入らなければ過度に心配することはないさ』
ツルギ様が仰るメートルなる単位は寡聞にして存じませんでしたが、ジュウを狙って当てられる距離が推定二百メートルで、川幅がおよそ三百メートル。
この距離を保っている限りはいきなり撃ち殺される心配はあまりなさそうですが、向こうだって王国軍がこのまま川を渡ってこないのならば遠からず積極的に距離を詰めてくるでしょう。こんな膠着状態がいつまでも続くはずがありません。
『おっ、当たらぬのを承知で撃ってきおったな? まぐれ当たりでも出れば焦って前に出てくるとでも考えたか』
ラメンティア様が気付いた通り、対岸からパンパンと小さな爆発音が聞こえてきました。更には眼前の川にポチャンポチャンと何かが落ちてきて小さな水柱を立てています。
察するに、あの落ちてきたモノがジュウで撃ち出された鉛の球なのでしょう。実際にそれで誰かが撃たれたところをまだ見ていないせいか、正直さほど怖いという感じはないですが。
『これで上手いことこっちを釣り出せれば良し。これでも反応がなければ渡河を決行してくる感じかな? この分だと、原始的な大砲とか大型の投石機を応用した爆撃なんかもやってくるかもね』
『こっちの国がショボいのもあるのだろうが、周りの国が未だに剣やら弓やらで戦争しておるところにあれだけの数の銃を持ち出せるなら、それはまあ帝国とやらが調子に乗るのも当然か。このままこっちの連中を無理に突っ込ませても、そもそもの戦力差がありすぎてあまり楽しい戦争にはならなさそうだなぁ』
帝国軍の戦力はラメンティア様の想定を上回っていたようです。
とはいえ、それで焦りを感じている様子は皆無なのですけれども。
『戦争に限った話ではないが、やはり勝負事というのはどちらが勝つか分からぬハラハラ感が醍醐味ゆえな。ちょっとサービスして王国側の連中を不死身にでもしてやるか、それとも身体を鋼鉄くらいに頑丈にしてやれば少しはマシな戦いになるやもしれんな?』
「不死身って……え、できるんですか?」
『無論だ。あくまで一時的なものではあるがな』
うちの神様が気にしているのは、あくまで両国の戦争が楽しいものになりそうかどうかという一点のみ。そのためにこちらの三千人を不死の軍勢にしようというのだから、相変わらず発想のスケール感の違いに頭がどうにかなってしまいそうです。
もっとも、そのプランは残念ながら実現に移されることはなかったのですが。
『む?』
コトン、と我々の足下に何か小さなモノが転がりました。
どうやらジュウで撃ち出された弾丸が川を越えて届いたようです。
ただ足下に転がってきただけなら良かったのですが、ごく短い時間ではありましたがラメンティア様が珍しくビックリしたような表情を浮かべていました。
合わせてご自身の後頭部を手で擦っている点からして、どうも川を越えて飛んできた弾丸が奇跡的なまでの低確率で頭に直撃してしまったらしく。別に怪我をしたり痛みを感じている様子はありませんが、予想外のアクシデントで驚かされたのは本当に間違いなさそうです。
ああ、なんという運の悪さでしょう。
何が悪いって、帝国の皆さんの運があまりにも悪すぎます。
『くくっ……気が変わった』
元々は人間同士の戦争を観戦して楽しむつもりだったのが、ここへ来ての急な予定変更。ただのペットに過ぎない身としましては、ただただ帝国の方々の無事を祈ることしかできそうにありません。
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