25.戦争を仕掛けよう!
『とりあえず、どうにか最低限の指針は固められたかな?』
わたしとラメンティア様はのんびり過ごしていましたが、ツルギ様はこの三日間ほとんど休まずに王国の立て直し計画を練っていたのだそうで。廃鉱となっていた鉱山の再開発だとか、農業自給率の向上だとかを中心に、この国の人間だけで現実的に運用可能な事業計画をあれやこれやと用意していたようです。
『私と学者の皆とで作ったプラン通りにやっていけば、これまでの赤字財政から脱して少しずつ景気も良くなっていくはずさ。もちろん、予算をポッケに入れちゃうような悪い子がいなければ、だけどね。あー……疲れた!』
「お疲れ様でした、ツルギ様」
『うん、ちょっと頑張り過ぎたかな。サヤ君、ちょっと柄に近い剣の腹を強めに揉んでくれない?』
「え、ええ、それはいいですけど……」
たったの三日で破綻寸前だった国を復活させる筋道を用意したのです。並大抵のご苦労ではなかったはず。指を切らないよう気を付けながら剣の腹を指圧しても、どこがどう凝っているのかはイマイチ分かりませんでしたが、気持ち良さそうな声を出してらっしゃるので多分疲れに効いているんじゃないでしょうか。
そのツルギ様も王国の上から下まで染みついた不正体質については懸念を示されていましたが、国家のトップ層をあれだけ脅してまだ改善しないのであれば、その時はもう滅亡もやむなし。それこそ自業自得というものですが……多分、そのあたりの心配はなさそうです。
「ツルギ様、計画書を拝見させていただきました。この御恩は王家の末代に至るまで決して忘れませぬ……」
『別にそこまで重く受け取らなくてもいいけどね。まあ、せいぜい役に立ててくれたまえ』
憑き物が落ちたような、とでも言うべきか。
数日前までは当然の権利の如く数々の不正に手を染めていた王様や領主の皆さんは、ラメンティア様の教えに何か思うところがあったのか、あるいは単に殴られ過ぎて頭がどうにかなってしまったせいか、揃いも揃ってすっかり邪念が抜け落ちてしまったようです。これが口先だけの誤魔化しならば大した演技力ですが、どうもそういう風ではありません。
「余もサヤ殿くらいの幼き頃には国を富ませ民を幸福にすることを目指していたはずが、いつの間にやら理想を忘れて私欲に溺れていたとは、自らの愚かさを今はただただ恥じ入るばかりに御座います……」
「そ、そうですか……あまり思いつめ過ぎないでくださいね?」
過去の過ちを反省し、これからは心を入れ替えて国民のために尽くしていこう……みたいなことを妙にキラキラした眼で語るのは正直ちょっと気味が悪いのですけれど、まあそれ自体は歓迎すべき変化なのでしょう。
この状態がずっと続くのか、それとも喉元過ぎれば何とやらで再び低きに流れるのかは分かりませんが、少なくとも今現在は本気で言っているようにしか思えません。
『ふっ、国王もようやく真の王道というものを悟ったようだな』
「おおっ、これはラメンティア様! 如何にも、まさに神の御威光に打ちのめされたとでも申しましょうか……」
威光みたいな概念的なモノではなく物理的なパンチやキックで打ちのめされた結果な気もしますが、ここで指摘するのは野暮というものでしょう。世間知らずの田舎娘にも、そのくらいの空気は読めるのです。
『ならば、ほれ、忘れぬうちに例の凍結させていた王権を元に戻してやるとするか。くくっ、今後は王権を取り上げられぬよう励むがよい』
「おおっ、ありがたき幸せ! これからは神の御心遣いを裏切らぬよう、国の発展と民の幸福のために生涯を賭す所存であります!」
悪い王様は心を入れ替え、凍結状態だった王権も元通り。
こうして平和になった王国の人々は、いつまでも幸せに暮らしました。めでたしめでたし……なんて、子供向けの童話なんかだとそんな形で着地するのでしょうけれど。
『だが、国王よ。ツルギの計画通りに進めば財政が上向くのは確かだろうが、懸念がないこともないみたいではないか? ほれ、学者連中が何やら言っていたのが耳に入ったのだが、隣の帝国がどうのこうので』
「はっ、まさしくご慧眼の通り……」
王国内の様々な産業が活性化して黒字に転換する。
国内だけに目を向けるなら万々歳ですが、残念ながら世界とはそう単純にはできていません。わたしも大して詳しいわけではないですが、ここでラメンティア様が口にした『帝国』なる存在がネックになってくるのです。
「王としては情けない限りですが、この国が未だ帝国に征服されずに済んでいるのは、ハッキリ言って我が国に侵略するだけの価値がないからでして」
帝国というのは、この王国に接する形で存在する超大国。話に聞いた限りでは国土面積や人口や経済力や軍事力、その全てで王国とは最低十倍以上もの差があるというのだから大したものです。
向こうがその気になれば、こんな小国など一瞬にして吞み込まれてしまうでしょう。王様が言ったように侵略価値に乏しいのと、定期的に多額の金銭や貢物を贈っているからこそ辛うじて生き延びているに過ぎません。
「国内の産業が活発化するのは喜ばしいことですが、そこに向こうが価値を見出してしまったらどうなるか……まさか、ずっと隠し通すわけにもいきませんし」
ツルギ様や学者さんのお話によると、どうやら王国内に有望な銀山がありそうだとかで。
鉱山を本格稼働するとなれば人員も資材も多く集めることになるのでしょうし、もし他国の間者が労働者にでも紛れ込んだら見抜くのは至難。これまで数々の国を攻め落としてきたと噂の帝国が、あえて我が国だけを見過ごす理由は思いつきません。
国が富むのは喜ばしいけれど、ここで舵取りを誤ると最悪国そのものが失われてしまいかねない。人間の手でこの問題を解決するのは難しいと言わざるを得ませんが、
『くかかっ、その程度の問題など悩むにも値せぬわ!』
「おおっ、ラメンティア様には何かお考えが!?」
『無論である。すでに手は打ってあるとも』
人ならぬ神の手であれば解決することができる……のでしょうか?
うちの神様を盲信しているらしい王様や領主の皆さんは素直に喜んでいる様子ですが、わたしは逆に何やら嫌な予感がしてきました。
『今日の夜明け前に、散歩がてらにその帝国とやらの首都に足を伸ばしてきてな。帝城の壁一面に国王の名で宣戦布告の文を書いてきてやったのだ。くくっ、無駄にデカいものだから帝都のどこからでもよく見えただろうな』
史上、ここまで挑発的な宣戦布告もないでしょう。
これを捨て置けば大国の威信に関わるとして、今頃帝国の皆さんは大急ぎでこちらに攻め入る軍団の編成中……いえ、メッセージを残したのは夜明け前とのことでしたし、現在はもうお昼過ぎ。もしかしたらすでに王国に向けて進軍の真っ最中かもしれません。
国同士のケンカに勝てば侵略される心配はなくなる。
それはまあ、その通りではあるのでしょうが……。
『というわけで、戦争をするぞ!』
見るからに楽しそうなラメンティア様とは対照的に、王様およびお集りの皆さんは白目を剥いたまま泡を吹いて卒倒してしまいました。
ええ、まあ、気持ちはよく分かりますとも。
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