24.儚い平和が崩れ去るまで
それからの三日ほどは意外にも平穏無事に過ぎていきました。
『おい、サヤ。これ要るか? 欲しいならやるぞ』
「なんです、この箱……って、宝石じゃないですか!? どうしたんですか、これ?」
『ああ、拾った』
「いやいや、拾ったって……」
平穏無事であるということは、決して何もなかったという意味ではありません。
わたしは慣れないお城暮らしで肩身の狭い思いをしながらも、極力目立たないよう過ごしていたのですけれど、うちの上司がそんな意を汲んでくれるはずもなく。
たとえば、我々が城に押しかけた日の夜更け頃。
わたしが毒の混入されていない食事をしていたら、ほんの三十秒ほど姿を消していたラメンティア様が大粒の宝石がぎっしり入った宝石箱をどこかから拾ってきたのです。
『周りの取り巻きから姫とか呼ばれておった小娘が、城の裏門から逃げようとしておってな。それだけなら別に興味もないし見逃してやっても良かったのだが、そやつが近くの連中にヒステリックに喚き散らずのがあんまり耳障りだったのでな、顔面に蹴りを入れて黙らせてやってきたのだ。それで蹴った拍子になんか落としたから迷惑料代わりに貰ってきた……で、要るか?』
「ええと……いえ、わたしには似合わなさそうですし遠慮しておきます」
あくまでうちの神様基準ではありますが、顔面キック一発で済んだのなら比較的穏当な対応と言えるでしょう。それにしても……わたしも王城の構造をまだ大して把握しているわけではないですが、軽く歩き回ってみた感じだと裏門まで早歩きでも片道十分か十五分はかかるはず。いくら大声で騒いでいたにせよ、それが耳障りとはいったいどんな聴力をしているのやら?
◆
また、我々がお城に泊った翌日のお昼頃。
正確には正午ちょっと前にこんな出来事がありました。
『サヤ、聞いたか? 兵士共が騒いでいたが、なにやら都の大通りをブタの大群が走り回っているそうだぞ』
「ブタの大群って……あ、もしかしてわたしの地元の皆さんじゃないですか?」
色々なイベントがあり過ぎて地元を発ってからまだ丸一日しか経っていないという事実にビックリですが、どうやら我が地元の領主さん御一行様は本来なら片道二日の道程を見事一日で走破するのに成功した模様。きっと夜も寝ずに死に物狂いで走ってきたのでしょう。
お城の窓から街のほうを眺めてみると、鬼気迫る勢いでお城に向けて走ってくる五百頭以上のブタさんの姿がありました。時間の経過に伴ってブタ化の呪いが進んだせいか、もう手足も完全にヒヅメになって四つ足で駆けているようです。
道中のどこかでサイズが合わなくなったのか、それとも少しでも身を軽くするため意図的に捨てたのかは分かりませんが、出発時点で装備していた武器や防具はどこにも見当たりません。
「太陽の位置からして正午まではちょっとあるみたいですけど……あのぅ、ちゃんと元に戻してあげるんですか?」
『うむ、悪はこう見えて約束はキチンと守る神なのだ! 城まではまだ距離があるが、ゴールを王都のどことは定めておらなかったしな。ほれ』
もしかしたら間に合ったのに意地悪して戻してあげない気かとも思いましたが、意外にもラメンティア様は素直に約束を守って皆さんにかけた呪いを解いてあげました。
ちなみに、それ以前の段階で王都はすでに大混乱。
なにしろ大通りのど真ん中を五百頭以上ものブタが全力疾走しているのです。
多くの通行人や馬車は咄嗟に避けていたみたいですけれど、中には反応が遅れて転倒した人がいたり、ブタが突進する勢いに呑まれて商品や店舗の一部を壊されるお店もあったのだとか。
しかし、それもこの後の大パニックに比べたらまだ序の口。
数百ものブタが一斉に人間に戻ったのはいいとして、彼らが元々身に着けていた武器防具はおろか鎧の下に着ていた衣服や下着まで失われたか、辛うじて残っていても最早ビリビリに破れて用を為さないボロ切れ同然になっているのです。
「うわ……」
『くっくっく、真っ昼間から集団露出とはなかなか良い趣味をしておるな』
五百頭以上のブタの代わりに、そっくり同じ数の全裸成人男性が王都のど真ん中に現れたのです。それに伴う混乱は先程までの比ではありません。
人間に戻った当人達も解呪を喜ぶ余裕すらなく、大事なところを隠しつつ周囲の人々や駆けつけた兵隊さんに必死に弁解しているようです。
端的に言って、まさに地獄のような光景でした。
◆
まあ色々とあったものの、大きめのトラブルとしてはその程度。
あとは一刻あたり平均十人くらいのペースでラメンティア様が誰かを殴っていましたが、特に死んだり大怪我をした人はいないのでここでは無いものとして考えます。
わたしは、お城の人達からの「こいつら、いつまでいるんだろう?」という意図が込められているであろう視線に肩身の狭さを覚えながらも、ラメンティア様の肩を揉んだり食事の際にお酌をしたり、あとは書庫から借りてきた本を読んだりして過ごしていました。
なにしろ環境が環境なので落ち着きとは無縁でしたが、それ以前までと比べたら相対的に平和だったと言っても過言ではないのではないでしょうか。
『うむ、そろそろ飽きてきたな!』
まあ、その平和も僅か三日で崩れ去る運命だったわけですが。
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