23.美しい悪、醜い悪
一見するとデタラメにしか思えない人事改革。
その理由を説明すべく、ラメンティア様はまずこんな話題を切り出しました。
『悪は悪の神ではあるが、悪であれば何でも良いというわけではないのだ。むしろ悪に対するこだわりが神一倍あるからこそ、その見方はより厳しいものとなる。自らに対しても他者に対してもな』
傍目にはあれだけ滅茶苦茶やっているように思えても、御自身の中には明確な線引きがあるようで。前に聞いた内容の延長……いやまあ、それもまだ昨日の話なんですけど……自分が安全圏にいると思い込んでお調子に乗っている人を殴ると楽しい、みたいなやつでしょうか。
『一言で悪といっても、そこには上等下等の別が存在するのだ。より分かりやすく美醜と言い換えてもよいな。悪は悪の神ではあるが、醜悪は好かぬ。まあ、実はこれについては悪に限った話でもないのだが……善悪を問わず、その振る舞いの美醜を切り分ける要素は何だと思う?』
わたしも他の皆さんも、その問いかけについて考えることしばし。
奇妙な言い方にはなりますが、『悪』にも良い悪と悪い悪が存在する……なんだか短い間隔で『悪』という言葉が連続しすぎて頭が混乱しそうですけれど……それ自体は普通の人間にとっても当たり前の常識のように思えます。
例えば、人を殴っただけの場合と人を殺した場合とでは当然ながら罪の重さは異なります。直接的に傷付けないような悪行においても、その軽重によって刑罰の重さが違ってくるのが一般的な人間の社会なわけですが……これはあくまで軽重の区別であって、美醜と表現するのは違和感があるような気がします。
「あのぅ、ラメンティア様? ちょっと質問なんですけど、昨日聞いた『調子に乗っている人』は悪いほうの悪、つまりは醜悪ってことで合ってますか?」
『くくっ、なかなか良い質問だぞサヤ。うむ、その理解で合っておる。他の者へもヒントをくれてやるが、ここの国王や領主共、それからさっき降格してやった連中も醜悪の内に含まれる……おっと、少しヒントをサービスしすぎたか?』
先程ブタ化の恐怖を骨身に刻み込まれたお偉いさん方が醜悪だというのは、まあ失礼ながら納得できるお話です。権力や財力を盾に数々の無法を働き多くの国民を苦しめていたのが、まさか美しいはずもありません。
ならば、兵隊の皆さんの人事異動の件はどうでしょう?
わたしは実際にラメンティア様がお城に殴り込むところを見たわけではないので、その時に誰がどうボコボコにされたのかは分からないのですけれど。
「あの、また質問よろしいですか? あ、いえ、今度はラメンティア様ではなく兵隊さん達に聞きたいんですけど……まずは、さっき将軍になったお兄さんから」
「あ、ああ、それは構わないけど……さっきから気になってたんだけど、そもそもキミは?」
「ええと、話せば長くなるんですが」
ここまでは流れでスルーされてましたけど、ごく普通の小娘が玉座の間にいたら当然気になって然るべき。形はどうあれ話す機会があれば聞くくらいはするでしょう。とはいえ、わたしの現在の立場をどう説明したものか……?
『ああ、そやつなら悪の飼っておるペットだ』
「……だそうです」
薄々そんな気はしていましたが、今の自分の身分はペットで合っていたようです。まあ、それはこの際あまり気にしないことにして、今のところは先程の質問を優先するとしましょうか。
「さっき治してもらうまで随分酷い怪我をされてたみたいですけど、どんな風に……ええと、健闘されたんです?」
「うーん……健闘どころか一方的にボコボコにされただけなんだけどね。あの時はとにかく必死で陛下やお城の人達を守らなきゃって思って、立ち上がる力が残ってる限りはがむしゃらに向かっていっただけで。それでも結局は何もできずに怪我が増えただけなんだけど」
まあ太刀打ちできないのは仕方がありません。顔をボコボコに腫らして歯が何本も折れて、それでも向かって行った不屈の闘志は称賛されて然るべきものでしょう。
「なるほど、ありがとうございました。それじゃあ次は、ええと……元……将軍さんにお聞きしたいんですけど。元……将軍さんは、お城が襲われた時はどんな風に戦ったんです?」
「ぐぅ……『元』だけ小声で言わんでもいいわい! う、うむ、それよりワシの戦いぶりだな? それはもちろん陛下をお守りすべく、冷静かつ勇猛に集めた精鋭達の指揮を執ってだな……」
『ああ、そのハゲなら集めた兵隊連中に扉を守らせて自室に籠城しておったぞ? たしか金目の物をカバンに詰め込んで逃げる支度をしていたな』
「えぇ……それはなんというか、駄目すぎでは?」
つい数分前に『元』になったとはいえ、お城が危ない時に真っ先に夜逃げの準備を始める人が王国軍のトップというのは一国民として暗澹たる気持ちになるばかり。王様や周囲の兵隊さんも元将軍さんに冷たい目線を送っています。
たしか軍隊だと敵前逃亡って死罪相当の重罪だったはずですし、それが降格処分だけで済んだのなら元将軍さんはむしろラメンティア様に感謝すべきところでしょう。
『くくっ、さて、そろそろ分かった者も出てきた頃合いか? サヤ、そなたは分かったかな?』
「ええ、多分ですけど」
昇格と降格をそれぞれ受けたお二人から話を聞いて、なんとなく基準となるべきポイントが分かってきたように思えます。多分ですけど、それは恐らく……。
「覚悟、だと思います。自分が怪我をしたり、なんなら命と引き換えでも、絶対にやるべきことをやってやるぞっ……みたいな?」
『言葉選びは稚拙だが……まあ、それでよい。正解だ』
どうやら正解だったようで一安心。
やはり、美醜の分かれ目は覚悟の有無にあったようです。
『命を賭してでも為すべきを為す。その揺るがぬ覚悟こそが、その者の生を美しく彩ると心得よ! くかかっ……もっとも、時間や地位がその覚悟を腐らせることも往々にしてあるのだがな? 此度昇格した者達も、僅かにでも気を緩めたら即座に一番下っ端に転落すると覚えておくがよい!』
うちの神様にしては珍しくちゃんとした神様らしいというか、含蓄あるお言葉です。玉座の間にお集りの皆さんもそれぞれ感じ入ることがあったのか、気を引き締め直したり苦々しい表情を浮かべたりしています。
それにしても、覚悟ですか。
正直わたしはあまり自信がない……というより、そもそも自分が為すべき事というのが分かりません。飼い主様に嫌われて放り出されたら生きていける気がしませんし、今後も養ってもらうためには、そのあたりの目標みたいなものを考えたほうがいいのでしょうか?
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