17.王国を滅ぼそう!
今現在、別行動中のラメンティア様がどこで何をやっているのかを思うと気が気ではありませんが、それはつまり上司の動向について思考力を割かなければ平穏無事で過ごせるということに他なりません。
それは一般的には現実逃避と呼称される行為に思えるかもしれませんが、どうせいくら考えても事態が穏便に済むことはないのです。ならば、今この時だけでも心穏やかに過ごす方向で努力したほうが、まだしも建設的というものでしょう。
「うふふ、美味しいですねぇ」
かつてこんなにも真剣に料理を味わったことがあるでしょうか。食事に集中している間だけは平和が続くと信じて、優雅なランチをゆっくり楽しんでいたのですけれど、
『ほう、なかなか美味そうだな? うむ、イケる』
「うぅ、最後の一切れが……」
食事も終盤に差し掛かったあたりで、最後の楽しみに取っておいた一番大きなお肉を横から伸びてきた指がヒョイと摘まみ上げて、そのままペロリと下手人のお口の中へ。そんなお行儀の悪い真似をしていても不思議と気品が感じられるのは流石でしたが……いよいよ現実逃避も時間切れのようです。
『ほう? 馬子にも衣裳だな、サヤ。先程までの惨めな格好よりは幾分マシであろう』
「え、ええ、おかげさまで……」
わたし、さっきまで惨めだと思われてたんですか、そうですか。
率直な物言いに心の中の繊細な部分がガリガリ削れていきましたが、悲しいことに素人が騙し騙し直して着ていたツギハギの服ではそう思われても無理はありません。それに本件については頂いたお小遣いでマトモな服を買ったおかげで無事に解決。惨め云々については過去の話として早々に忘れてしまうが吉でしょう。
「ラメンティア様は今までどちらにいらしてたんですか?」
次の話題はこちらのターンから。
どちらにいらしたも何もお城の城門を蹴り壊したらしい噂はすでに届いていましたが、万が一……いえ、億が一くらいの確率で何かの誤解や勘違いという可能性もあったらいいなぁと、そんな願望を抱く自由くらいはあってもいいはずです。
『悪か? それが、実は少々失敗してしまってな』
「失敗? 神様でも何かに失敗することってあるんですか?」
『無論、ある。そこらの凡神なら躍起になって否定するところやもしれぬが、こうして自らの誤りを誤りと素直に認められるのも偉大なる者の度量というものよ』
ビックリするくらい自己肯定感が高すぎる……。
その失敗というのが具体的に何なのかはまだ不明ですが、少なくともラメンティア様の肉体や衣服が傷ついている様子はありません。ならば、お城を襲って返り討ちに遭ったというわけではないのでしょうが、傲慢という言葉に手足が生えて歩き出したが如き神様が殊勝にも自らの誤りを認めているというのがかえって不気味なものを感じさせます。
『まあ、よい。いちいち口で説明するのも面倒だ。ついて参れ』
「あっ、はい」
大急ぎで会計を済ませてから、大通りをズンズン進むラメンティア様を小走りで追いかけます。進行方向は、やはりと言うべきかお城の方角。王城に近付くにつれ野次馬の数が多くなり、更に距離を進めると道端のそこかしこに呻き声を上げる兵隊さん方が倒れている姿がチラホラと。
「あのぅ……この門、どうしたんです?」
『ああ、これか? 蹴った』
極めつけは、真ん中から折れ曲がってお城の敷地内に転がっている金属製の大扉。さっきの食堂近くにまで届いていた噂は、これ以上なく正確に事実を表していたようです。
『今日のところは見学だけにしようと思っていたのだがな、悪が城の前におったら兵士共が不遜にも職質をかけてきおってな。それで城攻めのための下見だと正直に答えたら、連中が槍を突きつけてきて軽くイラっときたから責任者に文句を言ってやったのだ』
神様も職務質問を受けることってあるんですねぇ……。
そのままラメンティア様の後をついてお城の中を恐る恐る進む間に、もう少しだけ詳細な事情が分かってきました。元々、うちの上司は現在死に物狂いで王都に進軍中の領主さん達に城を攻め落とさせる気だった……正確には、絶対に不可能な無茶ぶりをして反応を楽しむつもりだったらしいのですが、その場のノリでつい自分で攻め落としてしまったのだとか。
城攻めってノリでやっていいものでしたっけ?
わたしもお城に足を踏み入れるのなんて人生で初めてですし、平時との違いというのはイマイチ分かりかねる部分もありますが、そこかしこの窓が割れたり壁が破れていたり、兵隊さんや役人らしき人々があちこちに倒れているのが普通でないのは流石に分かります。一応、誰も死んでいないようなのが数少ない救いでしょうか。
さて、そうして被害を受けた皆さんに同情しながら歩くことしばし。
我々はようやく目的地まで辿り着いたようです。
「うわぁぁぁあ!? また戻ってきたぞ!?」
「部隊の再編はまだ終わらんのか!? 早くっ、早く兵を集めるんだ!」
「ひいっ!? やめて、なんでもするから許して!」
部屋の奥側にやけに豪奢なデザインの椅子がありますが、場所柄と合わせて考えるならアレが恐らく玉座ということなのでしょう。ならば、玉座の後ろに隠れながら可哀想なくらいガクガク震えているヒゲのおじさんがこの国の王様でしょうか。足下に王冠らしき物体が転がっていますが、それを拾い上げる余裕すらないようです。
玉座の間にいる他の人達と同じく、ラメンティア様のお顔を一目見るなり怯え切っているようですけれど、いったい彼らがどんな目に遭ったのか知りたいような知りたくないような。
『くかかっ、出迎えご苦労!』
そんな周囲の狂騒ぶりを楽しげに眺めながら、ラメンティア様はツカツカと歩を進めます。床に落ちていた王冠を拾い上げてから玉座に腰を下ろし、そして。
『くくく、歓喜にむせび泣くがよい! この国は今日この時より、この悪神ラメンティアの所有物たる悪の王国として生まれ変わるのだ! どうだ、嬉しいか? 嬉しいだろう?』
拾った王冠を片手でグシャっと握り潰しながら、なんとも最悪なことを仰いました。




