14.ピクニックに行こう!
「ん、んぅ、よく寝たぁ……うわ、もうこんな時間」
ご馳走とお風呂を頂いた翌日。
わたしが目を覚ましたのは、もう太陽が日で一番高くなる正午近い頃でした。
やはり慣れない徹夜が堪えていたのか、あるいは朝からの襲撃フルコースで疲労が蓄積していたのか、それとも大きなお屋敷の客間に備え付けのベッドが想像以上に快適だったおかげか……恐らく、その全部によるものでしょう。
「あっ、ラメンティア様!?」
快適な睡眠を堪能できたのは良いとして、仮にも神に仕える者がご主人様ほったらかしでお昼まで寝ていたというのは一般的に褒められたものではありません。
特にうちの神様は色々と特殊なようですし、うっかり寝坊したせいで待ちぼうけを食わせたとなったら、どんな恐ろしい目に遭わされるやら。まあ、もし用事があれば熟睡していようが容赦なく寝床から引きずり出されていたでしょうし、多分そこまで喫緊の事態ではないとは思うのですが念の為。
幸いと言うべきかは悩むところですが、今のわたしは自分の荷物などまるで持たない身の上。身支度に時間はかかりません。正確には時間をかけようにもかけられません。
「あの……サヤ、様? お目覚めになられたら屋敷の前まで来るようにと、お連れ様が」
「おや、これはどうもご丁寧に」
手櫛で髪を整えながら廊下を足早に歩いていると、お屋敷のメイドさんがこちらの姿を見つけて声をかけてきました。おかげで無駄に探し回らず済んだのは良いとして、言伝を持ってきてくれたメイドさんや屋敷内で働く皆さんが妙に不安気な表情を浮かべているのが気にかかります。その原因に関しては確実にうちのボスのせいなのでしょうが。
できれば朝ご飯をいただいてから向かいたいところでしたが、これ以上待たせては後で何を言われるか分かりません。最短距離を進んでお屋敷の正面玄関から外に出ると、そこには……。
『やあ、おはようサヤ君。いきなりの重役出勤とはなかなか大物だね』
『くくっ、この寝坊助め。まあ、よい。ちょうど、こいつらの準備もできたところだ』
「ええと……準備と申しますと?」
昨日と変わらぬ様子のラメンティア様とツルギ様はさておいて、彼女達のすぐ目の前には完全武装の領軍の皆さんがズラリと整列しています。剣や槍を持っているのみならず、鎧兜を身に着けた上に大きな背嚢まで背負っていました。
「なんだか、昨日よりも人数が増えてらっしゃるような?」
『うむ。この屋敷を守っていた連中だけでなく、領内の集落に詰めていたり街道の巡回中だったり、あとは非番の連中まで残らず集めさせたからな。更には全員分の水や食料まで用意させたら思ったより時間がかかってしまった』
どうも人数が多いと思ったら、この場には領軍の兵隊さんが一人残らず集められているのだとか。多すぎて正確に把握するのは難しいですが、たぶん昨夜の三倍以上。五百から六百人くらいはいそうです。
その全員が武装した上に水と食料まで持たされているとは、手間もお金も相当にかかったことでしょう。昨日の襲撃に付き合わされた近隣の村々の皆さんが僅かに残していった分は、この準備でもうほとんど使い切ってしまったものと思われます。この悪の神様はいったい何を考えているのでしょうか。
『おい、領主。今この国で一番偉いのは誰だ?』
「は、はいっ! 一番というなら、それはもちろん王都におわす国王陛下かと……」
あ、領主さんいたんですね。
肥満体型を無理に鎧兜に押し込んでいるせいか気付くのが遅れましたが、どうやら軍団の一番先頭にいたようです。そんな彼はひどく脅えながらラメンティア様の質問に答えていましたが、
『馬鹿者! 一番は悪に決まっておろう!』
「すみませんすみませんすみません!? ごめんなさい間違えました!」
『やれやれ、仕方のないヤツだ。では二番目に偉いのは誰だ?』
「二番目は……こ、国王陛下かと思いますが……? それに、どうして我々は戦支度をして集められたので……あ、いえ、なんでもないです」
いったい、このクイズの意図はどこにあるのやら。
それに領軍が集められた理由は当の彼らも把握していない様子。
ラメンティア様が命じた以上は、ただの軍事演習などでないのは確実ですが。
『くくっ、ほれ、今日は良い天気だからな。皆でピクニックにでも出かけようかと思ったのだ』
「ぴ、ピクニック……ですか?」
いったい、どこの世界に戦支度を整えた軍勢が総出で向かうピクニックがあるのでしょう。ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべるラメンティア様の表情も相まって、皆さんの不安もどんどん高まっているようです。
『場所は、そうだな王都あたりが良いだろう。完全武装の兵を引き連れて王都の往来で食事をしたり風景を眺めて愉しむ。実に風流であろう?』
「むっ、無理無理無理です!? 王都に近付いた時点で反乱扱いされてしまいます! それ以前に道中で他の貴族の領地を通っただけで大問題になりますよ!?」
可哀想な領主さんは必死で首を横に振って、このピクニックが如何に無謀で危険なのかを訴えますが、この悪の神様がそんなお願いを素直に聞いてくれるはずがない……と、そんな風に思ってしまったあたり、わたしもまだまだ理解が足りていなかったようで。
『ふむ、貴様らがそこまで強く言うのなら悪も無理にとは言わぬ。このままのんびりと休んでおるがよい……くくっ、どうせ自分から行かせて欲しいと言い出すだろうが』
むしろ願いを素直に受け入れてくれるほうが恐ろしいとは、まさに底無しの悪意。わたしも、領主さんや兵隊の皆さんも、間もなくその謎めいた言葉の真意を知ることになりました。
「え? あの、それはどういう……ブヒ?」
ラメンティア様の真意を問おうとした領主さんが、急に妙な鳴き声を上げました。泣き声を上げる理由なら山ほどあるでしょうが、それとも違う具合です。ご本人も自分が出した声に疑問を抱いたのか、フルフェイス型の窮屈な兜を脱いでみたのですけれど……。
「ん、んんっ!? な、なんだブゥ!? は、鼻が何か……」
『かかっ、さっきまでの人間の鼻より似合っておるのではないか? ほれ、鏡くらいはサービスしてやろう』
「ぶ、ブヒィ!? な、鼻が……!?」
なんということでしょう。
領主さんの鼻は本人も気付かぬうちに兜の中で変形して、ブタの鼻になっていたのです。しかも、どうやら被害者は彼だけではないようで……。
「ブヒッ!? お、お前、その鼻どうしたんだブゥ?」
「お前だってブタっ鼻になってるブヒ」
急に呼吸器官の形が変わったせいで、上手く言葉を発音できないのでしょう。兵隊さん達はブヒブヒと鳴きながら、自分達の身に起きた事態に強い戸惑いと恐怖を感じているようです。
『くかかっ、王都までは大人の足で二日ほどだったか? うむ、ならば明日の正午までに全員が追いついて来られたなら呪いを解いてやるとしよう。夜通し走り続ければ何とかならんこともないだろう?』
「ブヒッ!? そ、そんな酷い……っ」
『よいか、全員だぞ? 一人でも時間内に辿り着けねば全員が一生ブタのままだ。皆で上手いこと助け合ってゴールを目指すがよい。くくっ、いやはや絆の力というのは実に美しいものであるなぁ』
一人や二人、十人や二十人なら馬を使う手もあるでしょうが、これだけの人数全部を運べる馬など今から手配しても手に入るはずがありません。ブタが嫌なら自分の足で必死に走るしかないというわけです。
『おっと、そんなにのんびりしておってよいのか? ほれ、今度は頭の上からブタの耳が生えてきたぞ。ちなみに丸一日かけて少しずつブタ化が進んでいくから注意せよ』
「う、ううぅ……ぜ、全軍、王都に向けて進軍開始……ブヒ」
こうしている間にも兵士の皆さんの頭上からは三角形のブタ耳が生えてきて、お尻のあたりからはブタの尻尾がピョコンと飛び出してきています。最早一刻の猶予もないことを悟った領主さん他大勢は、反乱扱いされるリスクを呑み込んで半泣きで街道を走り始めました。
「あのぅ……流石に可哀想では?」
『なに、彼奴らには良い薬よ。これまで領内で相当に好き勝手やっていたようであるしな。では、こちらもそろそろ向かうとするか。よっ、と』
「えっ、あの……」
先程、ラメンティア様は彼らに「王都まで追いついて来られたら」というようなことを仰っていました。なので、何かしらの手段で彼らより先行するつもりなのだろうとは察しが付きましたが……わたしの身体を軽々持ち上げて肩に担いだということは?
『このまま王都まで走る。サヤよ、舌を噛むから下手に動くでないぞ』
「ちょっ、ま、待っ、まあぁぁぁあああ!?」
てっきり神様特有の神秘的な能力とかで移動するのかと思いましたが、その答えはまさかの物理。先に出発した領軍の皆さんを一瞬で追い抜いて、その勢いを一切緩めぬまま凄まじいスピードで王都に向かう街道を走り始めるのでありました。




