13.より良い『悪』になる為に
悪の神様が説く教えとは如何なるものか?
それを聞いてしまったが最後、これまでの人生で培ってきた常識や倫理観など粉々に打ち砕かれて、いとも簡単に犯罪に手を染めるようになってしまうのでは……みたいな心配がなかったわけではないですが、幸いそういった方向性ではなさそうです。
『では、そうだな。ちょうど話題に出したばかりであるし、悪の好みのタイプについて語るとするか』
それだけ聞くと恋バナみたいで楽しそうではありますが、先程話題に出たお相手はこのお屋敷の持ち主である領主さん。人間、見た目ばかりではないとはいえ、肝心の中身についてもお世辞にも褒められた人物ではないようでしたし、普通の感性をしていたら好み云々の話題で触れるような相手ではないでしょう。
目の前の神様の感性が普通でないのは分かっていましたが、その点込みで考えてもわたしが心配したような意味合いでの好意とは丸っきり違ったようでして。
『悪にとっての好みのタイプとは、ほぼほぼ殴り甲斐のある相手という意味とイコールであるな。ああいう調子に乗っているヤツを暴行るのは、まあ、悪の趣味と言ってよいだろう』
「そ、そうですか。ですよねぇ……」
また最悪な趣味もあったものですが、正直これだけではイマイチ主旨が分かりません。
この場合の「調子に乗っている」というのは、権力や財力でもって弱い立場の人達を苦しめたり、そうして私利私欲を満たすことという理解でいいのでしょうか。
『うむ、無論それも「調子に乗る」の中に含まれる。別の言い方を考えるとしたら、「自分はこの場所においては何をしても許される」と愚かな誤解をしている者全般だな。いや、呆れたことにこれが意外と多いのだ』
分かったような、分からないような?
単純に眠いせいもあってか、せっかくの教えもあまり頭に入ってきてくれません。
『ここの領主であれば自分の領地の中がそれだが、別に貴族や権力者でなくとも似たような真似をしている場合は多々あるものだ。役所や商会で働く普通の勤め人が部下や取引相手に横柄に振る舞ったり、一見すると人当たりの良い者が家庭の中では家族に暴力や暴言を吐き散らす独裁者であったりな』
まあ、なんとなく想像が付かなくもありません。
幸い、わたしの地元でそういった話題はあまり聞きませんでしたが、そういう狭い世界の暴君というのは特別珍しいものではないのでしょう。
『そういう連中を殴るとな、とてもスカッとするのだ。だが、勘違いするなよ? 悪は別に正義感で小悪党を成敗しているのではない。ただ楽しいから理不尽な暴力を振るっているだけなのだ』
弁解の方向が特殊すぎて眩暈がしてきました。
このあたりは悪の神様ならではの感性でしょう。
『そういう連中を意識が飛ばぬ程度に殴るとだな、最初はまず何が起きたか分からんようなマヌケ面でキョトンとする。次にその場の支配者であるはずの自分に危害を加えた者に対して怒りを顕わにするのだが、そんなものは一時の虚勢よ。長くは続かん。で、更に一発か二発も引っ叩いてやれば途端に脅えて許しを請い始めるのだ。ウケる』
その笑いどころは分かりませんが、つまりは職場にしろ家庭にしろ、閉じた世界で絶対者として振る舞っていた人達に身の程というものを教えて差し上げる。彼ら彼女らが絶対だと思っていた立場など、吹けば飛ぶような幻でしかないのだと、そう思い報せるのが……この神様の趣味なのでしょう。
『然り。ところで、サヤよ。昨日から思っておったが、そなたパッとしないド田舎出の田舎娘にしては学があるな。くくっ、こやつめ生意気だぞ』
「ええと……恐縮です?」
これは、声音からすると褒められてるんでしょうかね?
「亡くなった父が読み書き計算なんかを教える先生をやっていたものでして。その影響で昔は家にも本が沢山あったので、多分そのせいじゃないかと」
もっとも生活苦で書籍の類は残らず売り払ってしまいましたし、村の暮らしの中で蓄えた知識の使いどころなど滅多にありませんでしたが。とはいえ、それが巡り巡って神様にお仕えする役に立ったのなら、亡きお父さんも喜んでくれるでしょうか。
「それで……ええと、なんのお話でしたっけ?」
『うむ。悪は悪事を働くなとは言わぬ。だが、仮にも神の庇護下にあるからと妙な勘違いなどして、自分は誰に何をしても許されて当然などと愚かな勘違いをするでないぞ? よいか、悪事を働いたのなら相応の応報があって当然と心得よ。その覚悟こそが悪としての在り方に一本芯を通すのだ』
「はぁ、そういうものですか」
神様直々に語っていただきましたが、残念ながらあまりピンと来ていないというのが率直な感想となるでしょうか。そもそも積極的に悪いことをする予定もないですし。
『くかかっ、分からんのなら分からぬままでよい。分からぬままでも頭の片隅に置いておけば、いずれ腑に落ちることもあるだろう』
結局よく分かりませんでしたが、せっかく分からないままで構わないと仰るのだからお言葉に甘えておきましょう。神様によるありがたい教え、その記念すべき第一回はこのようなものでありました。




