12.お風呂に入ろう!
一度に十人は入れそうな大きなお風呂。
この浴槽を満たすほどの水を汲んできて沸かすとなると、さぞや大変な労力がかかったことでしょう。自分では絶対にやりたくはありません。
とはいえ、こうして入るだけなら大歓迎ですが。
「ふぁ、ああぁ……生き返りますねぇ……」
美味しいモノをお腹いっぱい食べてから広いお風呂にゆったり浸かる。
こんなにも幸せなことが他にあるでしょうか。
身体も心も、このままお湯に溶けて消えてしまいそうな心地です。
健康のためには食後すぐの入浴は避けたほうが無難だそうですが、それはそれ。気持ち良いことに違いはありません。
昨日の今頃は全てを諦めて死ぬのを待つばかりだったというのに、神様と出会って、別の神様を料理してペロリと食べて、地元の村を襲って、他の村々にも襲撃をかけて、最後は領主の屋敷でこうして寛いでいるというのは……改めて振り返ってみても、いくらなんでも人生に起伏がありすぎる気がしますけど。
「……すぅ」
『こら、馬鹿者。湯舟の中で寝るでない』
「わっ、ぶは!?」
『入浴中の寝オチからの溺死は意外とメジャーな死因だからね。まあサヤ君はまだ幼いし、徹夜してから今までずっと起きていたわけだし無理もないさ』
おっと、危ない危ない。
せっかく助かった命を早速無駄に捨てるところでした。
温かいお湯に入って昨夜から張り詰めていた神経が緩んだせいでしょうか。それに加えて今日は朝から晩までほとんど時間を歩き通しでしたし、わたしが自分で思う以上に疲れが溜まっていたのかもしれません。
『じゃあ眠気覚ましも兼ねて、私の背中でも流してもらおうかな。まあ剣だから背中はないんだけど。ほら、そこの洗い場のブラシでゴシゴシ磨いてくれたまえ』
「ええ、それは構いませんけど……今更ですけど、ツルギ様も普通にお風呂入るんですね? 気に障ったら申し訳ないんですけど、水気で錆びたりとか大丈夫なんです?」
まあ大丈夫だからこそ、こうして頼んできたのでしょう。浴槽のフチに立てかけるように置いてあったツルギ様を手に取ると、浴室に備え付けてあったブラシを使ってゴシゴシと。
『もうちょっと切っ先に近いほうを頼むよ。もっと力を込めてガシガシやってくれていいから。あぁ~……そこそこ。サヤ君、なかなか上手いじゃあないか』
「そ、それはどうも恐縮です」
『ラメンティア君はいちいち私の手入れなんてしてくれないからさ。別にそれで傷んだりはしないんだけど、やっぱり気分的に違うというかね』
喋る剣の気持ち良いポイントというのはこうして磨いていても全然ピンと来ませんが、どうやらお気に召していただいているようで。なにしろ相手が剣なので、うっかり手を滑らせて自分の手を斬らないようにだけ注意して、どうにかこうにか磨き上げることができました。
『やれやれ、ツルギめに先を越されたか。サヤよ、次は悪の玉体を磨き上げよ』
「はい、只今。うわ、デッ……いえ、やっぱりお綺麗ですねぇ」
『くかかっ、当然である!』
初めてラメンティア様に会った瞬間にも思わず見とれてしまいましたが、こうして間近で裸身を眺めてみても、色々な部分のサイズが実にご立派……いえ、その美貌には一点の曇りさえありません。
あれだけ暴れ回った後だというのに髪にも身体にも僅かな土埃すら残っていませんし、おっかなびっくり柔らかな布でお肌を擦ってみても垢が出てくることもなし。直前までお湯に浸かっていたのに汗を掻いていた様子すらないほどです。
『うむ、そもそもの話をすれば悪はわざわざ風呂になど入らずとも汚れや臭いなど勝手に消える。湯に浸かったり身を磨かれる感触を好んでおるゆえ、機会があればこうして入るようにしているがな』
「ははぁ、そういうものですか……あら、この瓶なんでしょう?」
ラメンティア様はまるで気にしていないご様子ですが、あまり裸をジロジロ見るのもどうかと思って視線をあちこち迷わせていると、洗い場の隅にあったガラスの小瓶が視界に入りました。
「失礼、ちょっと蓋を開けて……くんくん……たぶん薔薇の、香油? もしかして、あの領主さんが使うんですかね?」
わたしの村の辺りではお化粧など祝い事の時などに大人の女性がするくらいでしたが、貴族の方となると男性でもこういったモノを使うのでしょうか。あの太ったおじさんが花の香りを纏わせていても、失礼ながらあまり似合いそうには思えませんが。
「ラメンティア様、どうします? 少し使ってみましょうか?」
『うむ、任せる』
「それじゃあ、匂いが強くなりすぎないよう少量を髪の毛に馴染ませる感じで……」
ほんの数滴ばかり手のひらに出してから、ラメンティア様の白くて綺麗な髪に軽く揉み込むような感じで。うんうん、どうせなら香油としても美女に使われるほうが嬉しいことでしょう。
『うむ、悪くない。あの領主、悪党としては下の下だが食や身の回りの品の趣味は案外良いようだ。うむ、まさに悪の好みのタイプと言えよう』
「……えっ!? あ、いえ、お料理や品物が好みってことですよね!」
急に好みのタイプなんて言うものだから、つい変な意味に解釈してしまいました。
強烈な眠気のせいで頭の回転が落ちているのでしょうか。いくら貴族で領主とはいえ、あの太ったおじさんと美の化身たるラメンティア様とでは到底釣り合いが取れるはずもありません。
そう思っていたのですけれど。
『うん? いや、好みというのはあの男のことで合っておるぞ』
「え」
それはまあ個人の好みは自由ですけれど、流石に趣味が悪すぎるような。
でも、よくよく考えたら目の前の御方は悪の神様なわけですし、むしろ悪人に好意を抱くのが自然なのでは……なんて、幸いわたしが心配したような意味合いとは違ったわけですが。
『ふむ、そういえばサヤには悪の神の何たるかをまだ言っておらなんだか? では、この機にありがたい神の教えを少しばかり説いてやるとしよう。くくっ、そなたが立派な悪い子になれるようにな?』
悪の神様に仕える者は、やはり悪人であるべきなのか。
そのあたり含めて、お互い素っ裸の状態で『悪』についてのお話が始まりました。




