早めの脱獄
こんにちはー!ピーナッツです。ぜひ楽しんで読んでいってください!行ってらっしゃい!
深夜の王立中央病院は、昼間の冷徹な喧騒とは裏腹に、不気味なほどの静寂に包まれていた。少女の手から流れ込む不思議な魔力は、僕の体の奥底に眠っていた拒絶反応を沈め、激痛を魔法のように霧散させていた。それがどういう理屈なのか、僕には分からない。ただ、彼女の手が触れている場所から順に、地獄のような熱が引いていくことだけは確かだった。
「立てる?」
少女が囁く。僕は壁に手をつき、震える足で立ち上がった。全身にまとわりついていた重苦しい倦怠感が、彼女の力によって一時的に緩和されている。
「君は、何者だ。なぜ、こんなところまで」
僕の問いかけに、彼女は少しだけ悲しげに微笑んだ。その瞳の奥には、僕の理解できない深い思索が揺れているように見えた。
「今はまだ、答えられないの。ただ、あなたを失うわけにはいかないから……今は、一緒にここを出ることだけを考えて」
彼女は慣れた手つきで僕の肩を支えると、部屋の扉を少しだけ開けた。廊下には魔導の灯りが等間隔に配置され、冷たい光を投げかけている。警備の医官や衛兵の気配はない。どうやら、彼女はこの病院の構造をあらかじめ把握し、巡回ルートの隙を縫うようにしてここまで辿り着いたようだった。
「いい? 正面突破は無理。この病院は、特殊な魔導結界で包まれているわ。私の『素』を隠しながら、地下の配給口から脱出するの」
彼女が何気なく口にした「素」という言葉。聞き慣れない響きだったが、今はそれを深く考える余裕はなかった。僕たちは影に身を潜めながら、静まり返った廊下を進む。足音が響かないよう、彼女はつま先だけで慎重に石畳を捉えている。僕も負けじと、痛みをこらえて気配を消した。
しかし、運命はそう簡単に僕たちを逃がしてはくれない。曲がり角を過ぎたところで、前方に二人の医官の姿が見えた。彼らは記録板を手に、低音で会話をしている。
「『因果の先出し』の個体……。上層部は、彼の脳組織を摘出してでも能力の原理を解明するつもりらしいぞ。あれほどの異端、もはや人間として扱う必要はないとな」
「ああ。あの特異な異能の核さえ手に入れば、我が国の戦力は……」
背筋が凍りついた。僕がここで死ぬか、あるいは生きたまま解剖されるかは、彼らにとっては些細な選択肢に過ぎない。僕の存在は、彼らにとって貴重な鉱石か、あるいは切り刻むべき肉塊でしかなかった。少女が僕の手を強く握る。
「あいつらを足止めする。あなたは隙を見て、あの角を曲がって……」
「待って。僕がやる」
僕は彼女の言葉を遮った。ここで彼女を危険に晒すわけにはいかない。僕は喉の奥で、自分を殺しかけたあの呪文を再び紡ぐ。
「あの二人は、ここで眠る」
無理やり現実に干渉する。勝利に近い、敵の無力化という結果を先出しする。バキリと体内で湿った音が響き、またしても内臓が悲鳴を上げたが、今回は以前よりも制御が効いた。二人の医官は、僕たちの目の前で糸が切れた人形のように崩れ落ち、深い昏睡へと落ちていく。彼らが何をしようとしていたのかを知る由もないまま、僕たちはその横を素通りした。
少女が息を呑み、僕の顔を直視した。そこには恐怖ではなく、僕の能力の過酷さを理解したことへの痛々しい同情が宿っている。
「無理しないで。あなたの体、もう限界のはずよ。先ほどのような能力を使えば、あなたの魂そのものが削り取られてしまうわ」
「問題ない。行こう」
僕たちは医官を置き去りにし、闇の深い地下へと駆け出した。病院の構造は複雑で、巨大な胃袋の中を歩いているような錯覚を覚える。どれほどの時間を走っただろう。ようやくたどり着いた配給口の先には、王都の裏路地へと続く狭い出口があった。
鉄の扉には重い鍵が掛けられていたが、彼女は懐から細い金属の棒を取り出し、慣れた手つきで内部の機構を弄った。カチリ、という乾いた音がして扉が開く。重い鉄の扉を押し開けると、冷たい夜風が僕たちの肌を撫でた。空には満月が輝き、病院の白い壁を白銀色に染め上げている。
「逃げ切れた……」
安堵の息を吐く少女の横顔を見つめる。ここから先、僕はどこへ行けばいいのだろう。この異国の地で、名前も知らない少女と二人きりだ。自分が何者で、なぜこの世界に連れて来られたのか、その答えは何一つ見つかっていない。
「ねえ、あなた。名前はなんていうの?」
僕がようやくそう尋ねると、彼女はふと立ち止まり、夜空を見上げて答えた。
「名前……そうね、今はまだ秘密。でも、これから長い旅になるわ。行きましょう、誰もあなたを縛れない場所へ。私の知らないあなたを、もっと知るために」
彼女の導くまま、僕は異国の夜へと足を踏み出した。背後にある白き監獄から離れれば離れるほど、僕の胸を占めていた絶望感は、未知なる未来への微かな期待へと姿を変えていた。僕の体にはまだ激痛が残っている。けれど、彼女が握る手の温もりがあれば、どこまででも歩いて行ける気がした。
読んでいただきありがとうございました♪また帰ってきてください。それじゃあまた次の物語で!see you again!




