ななじゅーきゅー
完成した物をみんなとスタッフの人達で分け合って食べて、初めての実写配信も無事に終わり…。
片付けは本当に任せっきり。
いいのかな…とソワソワしていたら紲さんに呼ばれてキッチンから廊下へと出た。
「アルジェさんはもう一つお仕事があるので、そちらをお願いしなくてはなりません…」
「あ、サインでしたっけ…」
「ええ。再度確認したのですが、どうやらうちの親会社のトップから直接のご指名らしく、拒否するのは不可能でして…本当にすみません」
「サインだけなら…」
「いえ、それが直接お会いしたいとあちらからの強い要望でして…。流石にマクラとかではないと思いたいのですが、もしその危険があるようなら私が必ずお守りします」
「マクラ…?」
なんの話ですか?
「失礼ですね。お嬢様がそのような要求をするはずが無いでしょう」
突然の背後からの声にびっくりして振り返るとメイドさんが…。
「お迎えに上がりました。移動しますのでついてきてください」
必要なことだけ言うとメイドさんがスタスタと歩いていってしまうから慌てて追いかける。
この人怖い…。話し方とか雰囲気に威圧感がすごいというか。
到着したのは来る時に利用したエレベーターの前。またいくつかの扉を抜けたのは言うまでもない。
「この先で見聞きした事は他言無用です。いいですね? お嬢様の意向で招かれた客人という扱いではありますが、言動には気をつけてください」
「はい…」
「貴女もわかりましたね?」
「私はアルジェさんを守る義務があります!」
「はぁ…。職務に忠実なのは素晴らしいですが、なにか誤解してますね貴女は」
そんな話をしてるうちにエレベーターは三十階へ到着。
ボタンにそれより上はないから最上階フロアなんだろう。
開いたエレベーターのドアの先はエントランスと一つの大きな扉。いかにも豪華って雰囲気の重厚な物が…。
メイドさんから念を押すようにもう一度”ここで見聞きした事は他言無用”と言われ、すっごい圧に頷くしかない。
ドアを開けるメイドさんについて中に入ると、うちのリビングくらいある玄関。
「お、お邪魔します…」
大きな声を出すのも憚られる独特の雰囲気に気圧される。
脱いだ靴を揃えてるのをじーっとメイドさんに見おろされてたのもこわかった…。
玄関に置いてあるものからもう一目瞭然。間違いなくここに住んでるのはお金持ちだろうなぁと。
それはそっか、うちの社長ちゃんより上の立場の人が住んでるのなら不思議ではないかも。
「お嬢様、お客様をお連れしました」
「”入ってもらって大丈夫よ”」
玄関ホールの奥にある扉、その横についてるインターホンみたいなのから聞こえたのは、大人というよりはまだ若い女性の声。
というか、玄関入った中にもインターホンあるんだ…。確か外にもあったような?
メイドさんに”わかっていますね?”というような目線を送られ咄嗟に頷く。ほんとこの人怖い。僕は絶対にメイド喫茶とか行かないと心に誓った。
開かれた扉の奥はもう意味がわからなかった。
学校の体育館より広いのではっていう広さのリビングに、業務用かと言いたくなるくらい広くて豪華なキッチン。会社もこれくらい広かったら楽なのに。
キョロキョロしてたらメイドさんに肘で小突かれた。
なんだろう?と見上げると、めちゃくちゃ睨まれてました…。
視線を正面にやると、すごい見晴らしのいい窓があって、そのすぐ近くにあるソファーに女の人が三人。服装からして多分高校生だと思う。制服だし…。
「お嬢様に自己紹介しなさい! 貴女は言われないとそんな事もできないのですか?」
「あ…ご、ごめんなさい! ニューホープ所属のヴァーチャルライバー、5期生のアルジェと言います」
「緊張しなくていいですよ。 と言っても多分うちのメイドがさんざん脅かしたんだろうからごめんなさいね。後で叱っておくから許してあげてください」
「お嬢様!?」
「下がりなさい。全くもう…。こちらがお願いして来てもらってるのにそんな威圧的な態度で迎えるメイドがどこにいますか!」
「申し訳ありません…」
メイドさんは急に元気がなくなって、しょんぼりして去っていった。
さっきまでの威圧感はどこへやら。
そんなメイドさんを叱った女の人はすごく優しそうな人。
「ごめんなさいね。私が当家の主、九城瑠璃といいます。こちらは大切な親友で…」
「霧島優子だ」
「宮藤麻衣だよ。ごめんね、瑠璃ちゃんに無理を行ってお願いしたのは私なの」
「麻衣のお願いで、私に叶えられることなら叶えるってば」
見るからに仲がいいんだろうなぁって雰囲気の三人。
「アルジェちゃんなんだよね?」
「は、はい。 初めまして…」
「うわぁ…本物だ! 本物だよ! まるでヴァーチャルから飛び出してきたみたいにそのままだ。今、私すっごく感動してるよ…」
「確かにとびっきりの美少女だよな。瑠璃といい勝負だろ…これは」
「アルジェちゃんって呼んでいい?」
「は、はい…。大丈夫です」
三人からの圧がすごい。メイドさんみたいに怖いっていうのとは違い、歳の近い女の人に囲まれる圧で戸惑う。
「へぇ〜。麻衣に見せてもらった動画の子なんだよね?」
「そう! でもまさか最大手のヴァーチャルライバー事務所が九城傘下だなんてびっくりだよ」
「私も聞くまでは知らなかったけどね…」
「相変わらず手広くやってんなぁ」
楽しそうに話している三人の会話についていけず固まっていたら、紲さんも一緒にソファーに座るよう言われて、お茶とお菓子を出してもらった。
「私の手作りだからお口に合わなかったらごめんなさいね」
ここの主だという瑠璃さんはとてもそんな威圧感はなく、本当におっとりと優しい雰囲気。あとはびっくりするくらいキレイな人で緊張する。
お礼を言ってお菓子を一つ口へ入れるとものすごく美味しかった。クッキーなんだけど、こんな美味しいのは初めて食べたかも。
「ものすごく美味しいです…。僕もお菓子を作ったりしますけど、ここまでのは作れません」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいです」
「まあ瑠璃ちゃんだしなぁ。 でもアルジェちゃんもお料理上手なんでしょ?配信もSNSもみてるから知ってる。 今日やってた実写配信も見てたよ!」
「ありがとうございます」
麻衣っていう女の人が僕のファンらしいというのは理解したけど、本当に見ててくれるんだと嬉しくなった。
こうして直接ファンの人と話すなんて普通はあり得ないというか、本来あってはいけないのだろうし。僕たちはヴァーチャルの世界の住人だから…。
「そうだ、一つ気になってたんだが…男の娘ってなんだ?」
「えーっと…」
なんて答えたらいいのだろう。実は男ですって言ったほうがいいのだろうか。
「説明したじゃない。可愛い男の子が女の子の服を着て女の子みたいに振る舞うのを男の娘っていうの! 第三の性別だとも言われてるね」
僕って男でも女でもないんだ。それは初耳…。後でこよみに確認しよう。
「てことはつまり、生物学的には男…って意味でいいのか?」
「は、はい…一応」
「「えっ…」」
質問してきてた女性以外の二人が変な顔をして固まった。
「待って。 君、本物の男の娘なの!? ついてるの?」
「麻衣、言い方…。 でもにわかには信じられないわね。すっごい美少女よね、見た目は…」
「確認していい?」
「すみません、アルジェさんは未成年なので流石にそういった事はやめていただけると…。それとこの事はご内密にしていただけませんか?」
「え、あ…ごめんごめん! そうだよね、失礼だったね。 でも本当に存在するんだ…リアル男の娘。私ずっと感動しっぱなしだよ。 これからも頑張ってね、応援してるから! もちろん絶対に秘密にするよ!」
「あ、ありがとうございます」
びっくりしたぁ…。なにかされるのかと思った。紲さんのおかげで助かりました。ありがとうございます。
「麻衣、いいのか?本題忘れてるぞ」
「あ、そうだね。 アルジェちゃんのサインもらえるかな?」
「大丈夫です。 あ、それとこちらもお渡しておきます」
三人に手渡したのはアルジェの名刺。
「すごっ…これって関係者しかもらえないって噂のニューホープメンバーの名刺! しかも最推しアルジェちゃんの!!」
そんなに喜んでもらえるとこちらも嬉しくなる。
サインは用意されていた色紙へと三枚書いて手渡し。
最後にどうしてもとお願いされて握手。紲さんもそれだけなら…と許可をくれたから。
「本当にありがとう。コネを使って無理矢理みたいになったのは本当にごめんなさい」
別れ際、麻衣さんにそう謝られてから、部屋を出てエレベーターまで見送ってもらった。
「うちのメイドがなんて言ったか知らないけど、ここでの事は別に秘密にしたりしなくて大丈夫ですからね。むしろやましいことなんて無かったと説明しておいてもらえると助かります」
「わかりました」
トップの方がそう言うのなら大丈夫なのかな。多分先輩達やこよみに何だったの?と聞かれるはずだし…。
「アヤメさん、こちらが無理を言ったのに来てくれたお客様です。きちんと礼節を持ってお見送りしてくださいね」
「はい…」
エレベーターの前に立ってたメイドさんは深く頭を下げると、開いたエレベーターへと僕たちを誘導してくれた。
「アルジェちゃん、今日は本当にありがとうね! また配信見るから! がんばって…」
麻衣さんのセリフが閉じるエレベーターに遮られて、答える余裕もなかった。
「地下で皆様がお待ちです。 先程は失礼な態度をしてすみませんでした…」
「大丈夫ですから、頭を下げないでください! びっくりしただけなので…」
もうメイドさんからすごい威圧感はなくなってる。
「あ、あの…」
「はい?」
「さっき最後に応援してくださった方にお礼を伝えておいていただけますか?お返事できなかったので…」
「必ずお伝えしておきます」
「ありがとうございます」
エレベーターが地下につくと、開いた扉の目の前にこちらに来たときにも乗ってきたバスみたいな車が横付けされてて、そのまま乗り込んだ。
頭を下げてくれてるメイドさんに見送られて、出発。
「アルジェちゃん、大丈夫だった!? マクラとか要求されなかった!?」
「落ち着いてよこよみ…。 そもそもマクラってなに?」
「あーうん。知らないよね、ならいいや。 腹の出たきったないおっさんに触られたりとかしなかった?」
「僕と変わらないくらいの年齢の女の人しかいなかったよ。サインしただけだし」
「「「女!?」」」
こよみと先輩何人かの大声にビクッとしてしまった。
それからはもう、なにをしてたの?とか、なにされたの?とか…会社につくまでずーっと問い詰められててものすごく疲れた…。
こよみもだけど先輩達も心配しすぎですって。すごく優しい人達だったし、出してもらったお菓子もとても美味しかった。
僕もあれくらい美味しいお菓子をいつか作れたらいいな。
「お兄ちゃん、本社であった人に本当に何もされてない?」
「大丈夫だってば。どんな人か気になるなら”境界の娘”を読んでって言ってたよ」
「わかった…」
「気になる方はぜひそっちも読んでくださいね」
「お兄ちゃん?」
「あはは…これも案件みたいな?」
「宣伝かよっ」




