1-12 みんなで、お昼御飯
「じゃあ、兄貴。俺はそろそろ帰るよ。もう説明を受ける事は終わりだよね。死ぬなよ、あと七年経って契約満了になったら絶対に帰ってこいよ。お袋や麻季菜も待っているからな」
帰ってきた時に、兄貴は三十四歳で俺は二十九歳か。それまでに絶対に親父の味を越えてみせるぜ。その時は、兄貴が日本に帰った時に食べる最初の飯を俺が作る。
兄貴に名古屋一、いや日本一美味いラーメンを食わしてやるんだ。だが兄貴は何故か少し悪戯っぽい感じの笑みを浮かべて、こう言ってくれた。
「ああ、その前にちょっと飯を食っていけ」
「飯?」
そういえば、長い事話し込んでいたんで、もう昼の一時だ。そう聞くとなんだか無性に腹が減ってきたな。
「うん、じゃあ昼飯を御馳走になっていこうかな」
「よし、腕に依りをかけて作ってやるぞ。そのために頑張ってきたのだからな」
え、何を? 俺は不思議そうな顔で、兄貴の嬉しそうな顔を眺めていた。
それから、俺達は部屋を出ると、俺は食堂のような場所に案内された。
「随分とごゆっくりでしたね」
例の金髪美人が座っていて、そんな声をかけてきた。
何故かナプキンをかけている。この人も今から昼食なのかな。偉い人は大変だなあ。そういや、他に例の中佐以外にもう一人の男性もいた。
この司令部は、みんなで揃って御飯を食べる習慣でもあるのか。司令官である兄貴を待っていたのかな。長話なんかしてしまって悪かったな。
でも、あまりに奇天烈な話ばかりだったから、ついつい。兄貴も俺に事情をしっかりと話して、葬式に来れなかった説明をきちんとしたかったんだろう。
兄貴がどれだけ俺達を思ってくれていたのか、あの出してくれた金額をみてもわかる。あれは兄貴が命がけで稼いだお金で、本来なら兄貴が七年後に自分で受け取るはずのお金だったのだ。
だが、やがてワゴンに乗って運ばれてきた料理。この軍隊の総司令官自らが作り、運ばれてきたそいつは!
「ラーメン、これは味噌ラーメンか。しかも、こいつは!」
お袋が持たせてくれた、うちの味噌を使った、まさにうちの店の味なのだ。味噌はお袋手作りの奴だ。お袋はこれを俺に五キロも持たせるんだよな。
日本人のいる施設で、日本から補給がいくらでも来るところなのに。味噌くらい常時届くはずなのだ。だが持たせた。
まるで、兄貴に帰っておいでとでも言いたいが如くに。これが女親というものか。男親が、ちょっと厳し過ぎたからなあ。
あれも、今となったら愛情だと理解できるものだった。兄貴もそう思っているんだろう。異世界のこの戦場で。
今、笑顔で兄貴が肉親と腹心に配ってくれているこのラーメンこそが、その紛れもない生き証人だった。
俺はまずスープを啜った。畜生、うめえ。そして麺をザクっと持ち上げて啜り上げた。美味い。味噌ラーメンは難しい。
本当に作り手の心が反映されるかのように。一杯を作るのに時間がかかるしさ。町のラーメン屋のくせに、麺まで打っていやがったからなあ。
馬鹿だよ、親父。そんな事に拘っているから店が傾いちまって。無理なんかしてるから、あんな事に。
俺なんか好きにさせてくれていたのに我儘を言って、あんな事になって。夢を食い尽くして抜け殻のようになって帰ってきた俺を一目見て、目を見開いた親父。
そして、俺の手を引いて店のカウンター席に座らせると、いつもの味噌ラーメンを作って出してくれた。この暖かくて、真心の籠ったラーメンを。あの時、俺は泣きながら食っていた。そう今と同じように。
「う、う、うう。親父、うめえよ、兄貴のラーメン、うめえよ。親父の味だあ。親父! 俺が目指してたあんたの味を、兄貴は戦場で戦いながら、こんなにも。うう、ううう」
このラーメン親父にも食わせてやりたかったなあ。お袋にも。いや、お袋には俺が食わせてやればいい。お墓にも、御仏壇にもお供えしてやるぜ。
そんな俺の様子を、他の三人の人達も食べながら楽し気に見ていた。兄貴はラーメン職人姿で腕組みしたまま、俺を見詰めてくれていた。あの日の親父のように。
「なあ、兄貴。あと七年したら、帰ってくるんだろう。あの親父の店に。俺達の家にさ。それって失業っていう事なんだよな。だったらよ、俺が雇ってやるぜ。だから、しっかり腕を磨いておけよな。魔物だの魔王だのにやられていたら承知しねえぞ」
それを聞いて満足そうな兄貴と、そして微笑む司令部の人達。
「そうだな、だが俺は自分より腕が悪い奴には雇われてやらないぞ。お前こそ、しっかりと腕を磨いておくのだな」
「抜かせー。だが、あえてここはお替り」
「あー、しまった。出遅れましたわ。大佐、わたくしも」
「ああ、我々もいいですかな」
「この味噌が違うのですよ、味噌が。これが、いつも大佐の言われていたお母様の特製味噌なのですな。まさにお袋の味!」
すげえ人気だ。こいつは、うかうかしてはおられないぜ。帰ったら即修行だ。ああ、その前に銀行へ行って払うものは払っておかないとな。まったく世知辛い世の中だぜ。




