LvEx08:海辺にて
昔、俺が俺として生まれる前の、東堂蔵人として生きていた頃。
所謂転生前の学生時代、夏休みには宿題や部活動の他、林間学校と臨海学校と言うものがありまして。遠泳したり登山したり、飯盒炊爨したり肝試しやキャンプファイアなんぞやったりして、楽しんだ訳ですよ。
懐かしい思い出だったりするのだが、今世でもそんな事を楽しみたいなー、と思ったものの、流石に未だ未成年どころか初等教育も終わっていない、一応来年卒業する予定なんだけど、そんな年齢の貴族子弟を引率して二泊三日の遠出なぞ出来る筈も無く。
じゃあ諦めるのかと言えば、それも悔しい。
と言う訳で有志を募ってと言うか、夏休み前に根回しして避暑先をなるべく同じになる様に画策してみた。
結果、大体二クラス分くらいは海辺の村に集まった。学校行事としては少ないが、有志の集まりとしては「あれ? 多くね?」と言った感じ。女の子の参加率が低いのは仕方無いとして、潤いが足りないと思うのは、俺がやたら野郎に囲まれている所為でしょうか。疑問。
それはさておき、折角海に来たのだから、やる事は決まっている。海水浴だ!
……と意気込んでみたものの、参加者の八割が泳げなかったので、急遽変更して水泳教室を行った。
泳げない最大の理由は、泳ぐ必要が無いからである。大体からにして海に来るのは、療養が最大の理由だ。海洋療法として潮風を受けたり砂風呂で蒸されたり、浅瀬で水遊び程度に戯れたりで、腰より深い場所で泳いだりとかは無い。
泳げるのは漁師だったり冒険者だったり、必要に迫られて泳げる様になった人たちだ。まぁ海辺の住民は必要に迫られて泳げるのだが、流石に王都で暮らす貴族は大半が泳げない。…全員とは言わない。
因みに水着だが、一応有る。水に浸かる専用の服と言う事で、溺れたり引っ掛かったり邪魔にならない様、極めてシンプルだ。
二十世紀だか十九世紀だかの古い写真で、縞模様の水着(ランニングとステテコを繋げた様なヤツ)を着ているおっちゃんの姿が有ったが、そんなのではなく、どちらかと言うとラッシュガード(パーカータイプじゃ無くて、ピッチリしたシャツタイプの方)に近い。何で水泳する文化が熟成されてないのに、この水着なのかと言う疑問は有るが、無いよりマシなので良しとする。まぁ男の方は年齢的に下着で泳いでも良いんだけど、女の子の方は流石にね。ちょぴっと胸が膨らみ始めている思春期の御令嬢を、下着姿にさせる訳にはいかないよなー、と言いつつどうせならビキニとか有れば良いのに、なんて考えていたりいなかったり。女の子たちの水着は、男と同じ水着にスカートを足している。パレオとは違うんで、重ね着になるのかなぁ……?
まぁ水着の事はさておき、海水浴だ。
「ホラ、バタ足して。顔を水に浸ける!」
「プッ、ハアッ!」
マリウスの手を握り、浅瀬でバタ足の練習。
俺は当然泳げるとして、ライとルフトも泳げるので指導役。ザックは流石と言うか、一度泳いだ事があるだけだったのに、ちゃんと覚えていたので指導役を御願いした。
ギデオンも騎士の訓練の一貫として水泳を習ったそうで、少しコツを教えたらグングン上達して、バタ足どころかクロールと息継ぎもマスターした。頑張ればバタフライも覚えるんじゃ無かろうか。
泳げる様になった連中には、未だ泳げない奴等の指導をお願いし、飽きる様なら近くで様子を見ながら適当に遊ぶ様に言っておく。折角海に来て全く泳げないのも楽しくないし。
今では泳げないのはマリウスを含め数人になっている。
「ゴメンね、クラウド。なかなか上達しなくって……」
しょんぼりするマリウスに、気にすんな、と笑う。
「初めてだろ? 仕方無いって」
「だけど他の子たちも初めてで、もう泳げる様になってる……」
「個人差が有るからな。でもマリウスはゆっくりなりに泳ぎ方が綺麗になってきてるし、もうちょっとじゃ無いか?」
「ありがとう……」
照れるマリウスに微笑むと、更に照れたのか水に顔を突っ込んでガボガボ言い出した。
「おいっ!?」
慌てて引き揚げると「ごめん大丈夫落ち着いた」と言われたが、念の為休憩を入れる事にした。
ピーっと指笛を鳴らすと、気付いたヤツから次々と陸へ上がる。そこへ待ち構えるかの如く、と言うか実際待ち構えていた侍女や侍従がタオル片手に主人の元へ駆け付けた。
俺たちの年齢では保護者が居なければ外出は出来ないのだが、避暑地は特例としてその括りに入らない。それでも流石に海は事故が怖い、と言う事で各自付き添いとして何人か連れて来ている。勿論護衛も。
俺にも護衛が付いているのだが、目立たない様にして貰ったら、完璧保養者スタイルで浜辺に居た。何組かカップルを装っているのか、本気なのか、良い雰囲気の方々がいるんですが……。
「リア充爆発しろ」
ポソっと呟いた俺は悪くない。多分。
陸へ上がってからは休憩と称し、砂浜に転がってみる。海で冷えた体が、砂で温まる。て言うか熱い。
じんわり来る熱が気持ち良くて、俺は結構この熱が好きだったりする。地熱が無いから此処では無理だが、有れば砂蒸し風呂も良いよなぁ、と思ったりする。爺臭くても良い、温泉文化を俺は愛する。
目を瞑ってボーッとしていると、砂の軋む音がした。
「クラウド、そろそろ昼だがどうする?」
幾ら臨海学校の真似事と言っても、各個人の都合も有るだろうし、丸一日拘束する気は無い。昼で解散でも良いと思っていたのだが、意外と皆海水浴を楽しんでいた様で……。見回したら小さな天幕があちこちに張られて休憩所が出来ている。長居する気満々だったなら、食事くらい用意しているか? 料理人を連れて来ているとか? …でもそんな感じもしないなぁ?
「んー、疲れてたら解散でも良いけど、一応弁当持って来てるよ? 俺」
「クラウドの弁当!? 食べたい!」
シュパッと手を挙げて叫んだのはレイフだ。その声に誘われたかの如く、わらわらと人が集まって来た。
「ちょっと待て、幾ら何でも全員分は無いぞ?」
「「「「「ええ???」」」」」
多重音声で言われても無いものは無い。
…弁当はな!
と言う訳で、弁当以外の食材を提供する事にした。
あとやっぱり飯盒炊爨の魅力に抗えないので、定番のカレー……は無理として、簡単なスープを皆で作る事に。
後で聞いた所に因ると、参加者全員夕方まで付き合う気満々だった。昼食に関しては、俺が何とかするだろうと思って気にしなかったとか何とか。一応ピクニックバスケットを持って来た連中も居るので、ソレはソレで食べて貰おう。
海の家では無いが、浜辺で遊んだり治療を受ける人の為に、ゆったりと休憩出来る施設が有るのだが、今回その一番小さい施設を借り受けた。誰が? と気にするのはザック位なのでその辺は適当に誤魔化しつつ、調理スタート!
玉ねぎのみじん切りから始まり、夏野菜をどんどん細かく切って鍋にぶちこむ。野菜から出る水分だけで作っても良いのだが、人数も多いし、秘密兵器が有るので水分多目でいく。
ある程度煮立ったところで一応味見。
「塩が足りない?」
「ちょっと薄い感じかな?」
口々に味見をした感想が述べられる。薄味なのは調味料を入れてないから当たり前だ。熱中症予防の為に塩気を少し足して、更に野菜の旨味だけでは一味足りない所へ投入するのが……テレレレッテレー。コンソメキューブ~!
コンソメを煮出してブロック状に固めたものだ。これを入れるか入れないかで味がぐんと変わる。
もう一度味見をさせたら全然違うと吃驚してた。
昼飯はスープの他、俺の弁当とBBQ。厨房からデッキに移動して、魔道具袋化したバスケットから、サンドイッチやおにぎりが出され、並べられる。串に刺した状態の肉と野菜も並べ、グリルする。
じゅうじゅうと肉汁が出て焼けた所からどんどん手渡していき、ある程度出回った所で作り方……と言うか、火の管理をレクチャーして放置。後は自分達で勝手に焼いてくれ。俺は喰う方に回る。
横目で眺めていたら子供より大人の方がおっかなびっくり串を焼いていた。…そう言えば普通は貴族子女の世話をする侍女は、世話をするのが専任でソレ以外は別の使用人がするんだっけ……。勿論其れは使用人の数が多い場合で、少なければそれなりなんだろうけれど、掃除や料理は専門外だったりもするのか。何だかウチの子達が何でも出来るんで、感覚が麻痺してた。
予め食材を大量に入れていたので、足りなくは無いだろうが、燃料が心配だ。いざとなったら燃料探しに行くか?
ちょっと心配になったものの、空腹には勝てず串に齧り付く。
「美味しいね」
「切って焼いただけなのにね」
あちあちと串を頬張ると確かに美味い。じゅわっと肉汁が口の中に広がり、香ばしく焼けたカリッとした部分が野菜の甘味を引き立たせる。良い塩梅に振った塩胡椒も旨味を際立たせ、雰囲気も手伝っているんだろうなー、と思いつつ一本目を完食。二本目以降は各自で焼く事にさせているので、俺は勝手ながら用意しておいたパンに焼きたての肉と野菜を挟んでサンドして食べる。これまたパンの甘味が肉の塩気と馴染んで美味い。
俺の食べ方を見て真似する奴も出て、あっという間に肉は無くなった。サンドイッチとおにぎりも食べ尽くされ、空の皿と串がテーブルに残されるだけとなった。
デザートは程好く水で冷やしたスイカだ。本当はスイカ割りをしたいのだが、棒でぶっ叩いて割れて崩れたスイカを食べさせると、後々クレームが来るといかんので止めておく。本人は良くても周囲がね……。
「スイカだけ? アイスは?」
「贅沢言うんじゃありません!」
…餌付けし過ぎたのか、以前作って好評だったアイスを強請られた。無い事も無いが、いきなり冷たいものを食べてお腹を下されても困るので、其れはまた次の機会に。今回はスイカだけ。
とは言えしょっぱくなった口にはスイカだって充分に甘い。特に今回用意したスイカは、俺の領地で極秘に品種改良し育てた、甘くて水分たっぷりの自慢の逸品である。食べて驚け。フハハハハ!
で、腹もくちくなって適度に疲れた所でお昼寝タイムである。
昼寝が必要な子供じゃ無い! と言われたが、まぁちょっと落ち着け、腹ごなしの休憩だ、と説得し、まったり穏やか~に過ごす事暫し。…見事に撃沈し、眠りの世界に旅立った奴等を残し、俺はそっと休憩所の裏手に回る。トイレではない。
休憩所の裏には、幾つかの戸板が仕舞われていた。物色してからその内の一枚を拝借して海に向かう。
俺が何をしようとしているかお判りだろうか。波乗りである。
波立つ水面に戸板を浮かべ、その上に腹這いになる。そのままうねる波を乗り越えつつ沖に向かい、ある程度まで来たら戸板の上に立って波に乗ろうとして―――落ちた。
「うわっ!!」
バシャーンと盛大に落ちたが、幸い戸板を流されずに済んだので再挑戦。今度は無理に立とうとせず、腹這いのまま波に乗った。
何回か挑戦している内に立てる様になり、波にも乗れる様になった。めっちゃ楽しい。
俺以外にも眠らなかった奴等が真似をしだすので、慌てて立てないうちは沖に出るなと言い含め、浅瀬だけでやると約束させた。否だって沖に出て流されたら洒落にならないじゃないか……。此の近くには出ないけど、少し沖に出たら海の魔物や魔獣が出るからね? 安全第一。幸いと言って良いのか、戸板の上に立つのは結構難しいし、魔物の件も納得してくれたので近場で遊ぶと約束してくれた。でも念の為ブイでも浮かべて『この先遊泳禁止』としておこう。魔法で結界を張っても良いんだが、余所の侍従たちの前であんまり目立つ魔法は使いたくない。
…言ってる俺が沖に出ると示しがつかないので、俺も浅瀬で遊ぶ事にした。それなりに堪能したし。もう少しなんて思ってないからな、うん。
浅瀬では女の子たちが海水のかけっこをやっていて、きゃっきゃと笑う声が華やかだ。
「クラウド様! 一緒に遊びませんか?」
にこやかに誘われて、「うん」と近付こうとしたら、腕を掴まれた。
「向こうに潮溜まりが有るんだ、見に行こうよ!」
ニコニコ笑うルフトに腕を引っ張られ、女の子たちには「また今度」と手を振った。俺の代わりと言っちゃなんだが、二人ほど女の子たちと話している。
「あ……! また……に……れた……」
「男子……ク…ド……く……る…!」
何か揉めているみたいだが、良く聞こえない。
「なぁ、あいつら喧嘩していないか? 大丈夫か?」
「喧嘩? 気のせいじゃない? ホラ、見て。笑ってる」
振り返って見ると、確かに笑っている。俺の気のせいなら良いか、と連れられるままに潮溜まりに向かった。
潮溜まりは生き物の宝庫だ。小さい魚から貝やカニ、多種多様な生き物が居た。
「クラウド、見て。小さいエビがいる」
「これイソギンチャクって言うんだっけ~?」
ちょんと触るとピュッと水が飛び出て、レイフがビックリして飛び上がる。その様子が可笑しくて皆で笑う。
「笑うなんてひどいよ~!」
「ゴメンゴメン、あっ、ホラ! 青いサカ……ナ……?」
足元をスルッと通った魚を指差して、固まる。魚だと思ったソレは、潮溜まりの中でユラユラ揺れて転がるウミウシだった。
あれー? ウミウシってこんなに素早く動けたっけー?
俺の疑問を余所に、きゃあきゃあ言って素早く逃げるウミウシ(?)を追い掛けるルフトたち。
前世の俺の常識は今世では邪魔らしい。そうだよな、魔物とか居るんだもん、生態系が同じな訳が無い。偶さか似た姿に進化しても同じ生き物とは限らないか。
ふっと思い立ち、皆を潮溜まりから下がらせて呪文を唱える。
「浮かべ、水の球となれ」
ちゃぽん、と水音を立てて海水が浮かび上がる。真ん丸にふよふよと浮かぶ水球は、小さな水槽となった。
「凄い、キレイ!!」
「ちっちゃい生き物が一杯いるね」
目をキラッキラさせて浮かぶ水球を見つめるレイフたち。
「手を入れても大丈夫だぞ。やってみないか?」
「おぉぉー。何か不思議~」
小魚が水の中で泳ぎ回っているのを、目で追い掛ける。
「ボクも出来た!」
ライの言葉に振り返ると、俺の作った水球よりも一回り大きい水球が浮かんでいた。その隣でルフトが悔しげな顔をしている所を見ると、ルフトは失敗したらしい。匙加減が難しいので、魔法より剣の方が得意なルフトなら仕方が無い。
今回ライは護符を水着に仕込んでいる。何時もはピアスとブローチ、カフスにネックレス、アンクレットと色々着けているのだが、服を着ているなら兎も角水着に其れじゃ目立つし、海で無くしたら大変と言う事で、水着に魔法陣を仕込んだのだ。此れなら脱がない限りは大丈夫だし、面積が広い分魔力も多く仕込める。…普段もコレでいけるんじゃね? と思ったのだが、着る服全部に魔法陣は大変か? まぁこの辺は叔母上に任せよう。
その後浜辺に戻り、女の子たちと砂の城を作ったり棒倒しをしたり……何時の間にか男子ばかりに囲まれ巨大棒倒し合戦をやっていた。俺の護衛まで嬉々として参加していたのは何でだ。
そんな訳でほぼ丸一日海で遊んで、満足したところで解散である。キャンプ? 流石に泊まりは出来ないので、各自別荘へお帰りだ。
「じゃあね、クラウド! 楽しかったよ」
「また明日」
別れの挨拶をして今日はお仕舞い!
明日はザックの別荘に集まって勉強会の予定だ。
楽しかったなー、と別荘に戻って潮水を洗い流して、ちょっと一眠り……したら、朝だった。疲れてたのね、と苦笑。
構ってやらなかったからか、デューが俺のベッドに潜り込んでいたのはご愛敬、って事で。
初出:2017/07/17