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呪われた帝国騎士と異世界の商人  作者: 江本マシメサ
番外編「嫁きおくれた帝国術士と異世界の迷宮」
33/33

七話「最終層・ワールドエンド」

残酷な表現があります。ご注意下さい。

 石の階段を抜けた先にあったのは氷漬けになった豪邸だった。


「ここは…」

「……」


 斜め前を歩くイリアの顔を見れば苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。

 なにか心当たりがあるのだろうが、とても聞ける雰囲気では無かった。


 不意に右手を引かれモトイは驚き、振り返る。

 そこには黒髪に緑の瞳を持つ五歳位の少年が居て、モトイを静かに見上げていた。


「この先は危ないよ?お母さんが居なくって、お父さんが怒ってるんだ」

「え?」

「何してんのよ」

 

 廊下で立ちすくむモトイにイリアは声を掛ける。


「いえ、この少年が」

「少年?あんた、なに言ってんの?」

「ーー?だってここに」


 モトイは再び振り返ったがそこには無人の廊下が存在するだけで、人の気配は欠片も無い。


「隊長、ここはどこなんですか?」

「……さあ」


 イリアは情報を喋ってはくれないらしい。モトイは上司を信じて先に進むしかなかった。


 この氷漬けの屋敷はひたすら広かった。二階建てで、窓から見える景色は吹雪と黒い空。

 扉を一つ一つ開きながら回っていたが、魔物も居なければ住んでいる住人も居ない。

 静寂が屋敷全体を包み込み、唾を飲み込む音すら大きく思えるほどだった。


「ここが、最後の部屋みたいですね」

「……」

「隊長?」


 イリアは先ほどよりも険しい表情を浮かべ、突き当たった部屋の扉を睨みつけている。


「隊長、やっぱり何か知って」


 モトイの言葉を無視してイリアは頑丈な扉を一思いに蹴り開け、中へと進んで行く。


「ここ、は…」


 その場所は夜会でも開けそうなほどだだっ広い場所で、その場を照らすガラスで出来たシャンデリアは余すところ無く、煌びやかな光で空間にあかりを灯している。 


 きらびやかな広間に佇むのは一人の騎士だった。


 精緻せいちな蔦模様が彫られた甲冑は特殊な加工をしているのか、ほんのり青く光っている。

 騎士はイリアとモトイの侵入にゆるりと顔を向ける。

 振り向いた騎士は驚くほど顔の整った男で、金の髪の間から覗く泉の様な双眸は酷く冷たい。


「!!」

「モトイ!目を見ては駄目、あれも魔眼よ」


 イリアの叫びと同時に騎士が目の前の侵入者に向かって剣を抜き、地面を蹴る。

 騎士の剣が届く前にイリアは魔術を放ったが、その一撃は掻き消えてしまう。


「ーーチッ」


 モトイも物理攻撃から身を守る魔術を展開し、向かい来る騎士の一撃を受け止める。しかしながらその魔術も一度攻撃を受けただけで消えてしまい、術式を組む苦労と見合わないものとなっていた。


 圧倒的な剣術に魔術を無効化とする耐魔力、おまけに魔眼付きの騎士にイリアとモトイは苦戦を強いられる。

 イリアの雷撃はどの場所から撃っても効果は無く、足止めにすらならない。

 モトイは三層目で拾った司祭杖で騎士の攻撃を受け止める。剣撃を受ける度に体は軽々と吹っ飛ばされ、一人満身創痍状態だった。

 何故か回復魔法で傷を癒すことが出来ず、体勢は崩れる一方で、とうとう受身をとる事が出来なくなっていたモトイに、騎士の男は止めとばかりに剣を振り上げる。

 後方にいたイリアはむき出しになった騎士の後頭部に向かって短剣を振り上げたが、あっさりと避けられ空振りに終わった。


「っく…魔術が効かないなんて、人間じゃな」

「人間な訳ないでしょ!!」

「?」


 イリアは騎士に向かって魔術を撃ち込む。

 雷猫らいびょう、猫の形をした雷撃は騎士にじゃれつくように迫り、高い耐魔の力によって消えていく。

 騎士に剣を振るう隙など許さないとばかりに、イリアは何発も魔術を発現させる。


「ここはツーティア国のとある金持ち騎士の邸宅よ」

「!?」


 ツーティア国。

 ルティーナ国より北上した位置にある周囲を険しい山に囲まれた雪国だ。

 魔術は衰退し科学の力のみで暮らす場所で、魔術師にとってはある現象から近づくのは鬼門とされている。


「なんて場所に繋がっているんですか」

「知る訳ないでしょ!!」


 ツーティアが魔術師にとって鬼門とされている理由は、かの国に存在する「祝福」の力が原因だった。

 その祝福の力とは高い<耐魔能力>で、ツーティア国内で発現した魔術は個人差があるものの、ほぼ無効化とされる。

 祝福の条件は国内に入る全ての生き物で、魔物もこれに該当するのが厄介だった。

 

「あの騎士は実在する人ですか?」

「ーーそうね」


 モトイは存在を忘れていたスキル眼鏡を掛ける。


 ◇氷の騎士


 ツーティア国の国王親衛隊隊長。


 class:■■騎士

 LV:■■ 

 HP:■■■■■■■■

 MP:■■■■■■■■

 age:■■


 弱点:嫁


「……弱点、嫁?」

「はあ?」


 辺りを見回しても騎士の奥方らしき人は居ない。

 モトイの呟きに怪訝な視線を向けるイリアに向かって騎士は一息で近づく。


「あ、危ない!!」


 騎士の一撃はイリアの長い髪を切り裂き、そして彼女を突き飛ばしたモトイを切り裂く。

 何かの魔術を仕込んでいたのか、モトイを裂いた瞬間に剣は消失し、不思議そうに騎士は己の手のひらを見つめていた。


 イリアは床を見つめた。

 床は赤く染まっている。

 何故だと思えば、自分の一つに括った長い赤い髪が無くなっている事に気がつく。

 床に広がる髪の束を拾うが、赤色は床に広がったままだった。

 その赤色はじわじわと広がっていき、水溜りのように見える。

 ぼとりと落とした長い髪の束は床を跳ね、炎の生き物と化す。


 生まれた炎は大蛇のように成長し、周囲の氷を溶かしながら屋敷を赤く染める。

 炎の大蛇は暴れ周り、天井を剥ぎ、床を燃やし尽くしていく。

 騎士は破壊の限りを尽くす魔術を打ち消そうと大蛇へ向かっていくが、落ちてきたシャンデリアの下敷きになり、動けなくなってしまう。

 対象を失って尚大蛇は暴れ周り、炎の勢いは強まるばかりだった。


 イリアは立ち尽くしたまま動こうとしない。

 そんなイリアの手を弱々しく握るものがいた。


「隊長、さ、先に進み…ましょう。ここは、長くは保たない」


 覗き込んだ彼の上司の瞳に光は無く虚ろで、モトイの声掛けにも反応を示さない。


 剥がれ落ちる天井と炎の蛇を避けながら、突如現れた扉の先へと進んで行く。

 氷の屋敷に入る前にある石壁には「最終層・世界の終わり」と書いてあった。この先にはもう何も無いだろう。

 致命傷を負った瞬間に迷宮からの脱出を考えたが、転移の指輪を紛失したようでなす術も無かった。

 イリアはモトイに引かれるがままに付いて来ている。

 階段を下りると開けた石壁の部屋に着く。

 他の階層とは違い、こじんまりとした石の部屋には何も無い。

 もしも多大な予算を掛け調査を行っていたのならば、ただでさえ国の予算での運用は不要だといわれている考古学調査隊は存亡の危機に陥っていたのかもしれない。 


「隊長、大丈夫で」


 モトイが声を掛けた瞬間イリアはその場に倒れてしまう。


「!!」


 力尽きたように床に伏すイリアにモトイは回復魔法をかけるが、閉ざされた瞼が開くことは無い。

 汗が吹き出るように頬を伝い、落ちていく。

 恐らくは魔力が枯渇した状態なのだろうと予測していた。魔術師にとって魔力が尽きるという事は死を意味する。 魔力は治癒魔法では回復できない。

 それでもモトイには回復魔法をかけ続けることしか出来なかった。

 止まらない汗を拭いながら、魔術の使用を続けていると、途中吐き気に襲われる。

 口元を押さえようとすれば、自分の手の平が血まみれな事に気がつき、先ほど騎士に額を斬りつけられていた事を思い出した。

 意識した瞬間に視界が歪み、痛みに襲われる。

 モトイの魔力も尽きかけているのだろう。判断能力も鈍り、今何をすべきか、今何をすれば最善なのかでさえ分からなくなる。


 ぼたぼたと滴る血がイリアの服に染み付く。

 隊服が赤くてよかったとモトイは考える。

 先ほどからモトイの血をイリアは浴び続けていたが、見た目は綺麗なままだった。 


「なんで、こんな事に」


 あの時、上手く騎士の攻撃を流していればこんな展開にならずにすんだのだろうか?そもそもこの調査を断っておけば良かったのか?はじめの層に居た魔物はかなり強敵だった。その時点で調査を断念しておかばよかったのだ。

 自問を繰り返しても起こってしまった事が元に戻る筈も無い。


『お困りかな?』


 ふいに上から声がかかる。


「な!?」


 そこには3mほどの大きな蛇が居た。赤い鱗に覆われ、石榴色の瞳が爛々と輝いていたが、片目しかない。


『そこの娘を助けたいのだろう?』

「……」


 人語を操る魔物など聞いた事がない、モトイは瞠目する。


『この指輪を君とその娘に着けるんだ、さすれば魔力を共有することが出来る』


 赤い大蛇は小さな箱を尾で押し、目の前に出す。


『早くしないと手遅れになるよ?』


 ここに居てもイリアと死を迎えるだけだろう、モトイはそう思い箱を取るとイリアの手に指輪を着ける。


『あ、左手の薬指ね、君も』


 赤い蛇の指示通りに指輪を着け、自らの指にも嵌める。

 装着した刹那、指輪の四箇所から鋲のような突起が出てきて一斉に指に刺さる。


「い、ーーッ痛ってええええええ」


 あまりの激痛にモトイは床をのた打ち回る。


『君、活きが良いね』

「……」


 倒れこんだ状態のまま起き上がれずにいた。

 完全に魔力切れ寸前と血液不足だった。


『あ~あ~、大丈夫?回復しないとね、フェアリー!フェアリー!』


 赤い蛇の呼びかけに答え、部屋に魔方陣が浮かぶ。

 そこから出て来たのは屈強な筋肉を持ち、鋼の様な羽を持つ筋肉妖精マッスルフェアリーだった。

 頭部に髪は無く高位ハゲ妖精おっさんで、先端に黄色い綿がついた二対の触角がゆらゆらと揺れている。  


『ねえ、この青年に回復魔法かけてくれるかな?』

『了解したである』


 妖精おっさんは低い声で返事をしてモトイの傍に寄る。 


妖精杖最大展開フェアリーステッキフルオープン!!』


 呪文と共に魔方陣が浮かび上がり、妖精の杖が現出する。

 現れた<フェアリーステッキ>は、刃渡り120cmほどの両手剣によく似た代物で、ザクリと音をたて石の床に突き刺さる。


「……」


 重たい頭を動かすとすぐそこに妖精の姿があった。近くに寄りすぎて、シフォンドレスのスカートの中が丸見えになっていた。

 モトイは目の前の怖ろしい妖精おっさんを視界に入れない為、瞳をきつく閉じる。

 筋肉妖精はステッキという名のただの得物を振り回し、回復魔法を掛けていた。


『気分はどうだい?』

「ーー最悪、です。心に、傷が…増えました」

『ーーあれ?ねえ、フェアリーもう一度回復を!!』

「いえ、元気です!大丈夫です!」


 モトイは立ち上がり身の万全の主張をした。


『あ~良かった!ねえ、イリアちゃん』

「そうね」

「……は?」


 そこには意識無く倒れていたはずのイリア・サーフの姿があった。


『イリアちゃんの結婚も決まったし、これで安心して地下水脈に行けるなあ』

「え?隊長の結婚?地下水脈?」

『…イリアちゃん、彼には話してなかったの?』

「ええ」

「??話が見えない、んですけど…」

「説明面倒。モトイ、あんたは大人しくここで暮らすのよ」

「は?訳が分かりません!」

『イリアちゃん、可哀想でしょ』

「……」


 イリアはため息をつきながら説明を始める。


「あんたが六年前にかけた変態魔術の限界がきているのは知っているわよね?」

「ーーはい、でもそれは皇帝と隊長がなんとかするって…」

「そう、その何とかがこれよ」


 これ、と言って赤い大蛇を指差す。


「イリアちゃん!これじゃなくてお父さんでしょ!!」

「なんでもいいでしょ」

「お、お父さん?」

「これが何かはどうでもいいわ。とにかく、封印はこの精霊がしてくれる事になったのよ」

「精霊…」

『はじめまして、イリアの父親のサーファイトだよ』


 サーファイトはモトイに向かってこうべを垂れる。


「はじめまして、モトイ・サクラノです」


 精霊の前で名を偽る訳にはいかないと思いモトイは本来の家名を名乗る。


「やはり、隊長は人では…」


 イリアは<人>では無い、そういう理由があれば今までの酷い行動も納得できるとモトイは思った。


「失礼ね、私は人間よ!!」

『はは、イリアちゃんは三十六年ま、げふんげふん…昔、王族からの供物としてもらったものなんだ。食べちゃうのが勿体無いほど可愛かったから育てちゃったんだよね』

「精霊に育てられた…?だからあんな不遜で女王様のように…」


 思わず出て来た言葉にイリアの睨みを受ける事になったが、即座に筋肉妖精の後ろに隠れ避難をする。


「ーーまあ、それで、封印に協力してくれる条件として私が身を固める事を言って来たのよ」

『でもイリアちゃんったら十歳も年下の子連れてこようとするでしょ?だから歳の近い人をもう一人連れて来なさいって言ったんだよ』


 そういう訳があってタミア・セリカの同行も決まったのだと言う。 


「最初アレスキス総隊長を同行させるつもりだと皇帝が…」

「あの子父親に嫌がらせをする事に命を賭けているからね」

「ーーっていうかセリカさんは!?」

『ああ、彼なら生きているよ。二層目の農村で農業してるみたいだけど』

「……」


 この迷宮はイリアの婿を決める為にサーファイトが作ったものらしく、様々な異世界を複製し切って集めたものだと説明をする。


『モトイ君、君の勇気とイリアちゃんへの愛は確認させてもらった。うちの娘の事を頼んだよ』

「え?」

『モトイ君に渡したのはこの迷宮の管理をする鍵だ。ここから出る事は出来ないけど不自由はしないと思うよ』

「い、意味が…」

「ここには管理人が必要なのよ。父は地下に行かなきゃいけないし、私は仕事があるから」

「いや、俺にも仕事はありますよ」

「……仕方ないわね」


 そう言ってイリアは魅了の魔眼がある左の前髪を上げる。


「ちょ、待ってください!隊長」

「あんたがうだうだ煩く言うからよ、魔眼でまともな神経は焼いてあげるから。ここで引きこもって研究でもなんでもすればいいわ」

「ち、違うんです!俺、ずっと隊長の魔眼にやられていると思ってたんですよ!!」

「は、どういう事?」


 イリアはかき上げていた前髪を下ろす。


「ーーだから、ずっと隊長の事を好きだったって事です」

『う、うそ…』


 今まで黙っていたサーファイトが思わず声をあげる。イリアは呆然としたまま動かない。


「ここで管理人でもなんでもするので、魔眼だけは使わないでください」


 モトイは筋肉妖精の影に隠れたまま言い切った。


*****


 それからモトイは精霊サーファイトの迷宮で暮らしていた。

 最終層には他に複数部屋が存在し、書物が保管された部屋もあり、古代魔法の研究は驚くほど早く進んでいった。

 魔術部隊はモトイが居なくても問題ないというイリアの話を聞いて落胆したりもしたが、これでよかったのだと自らに言い聞かせた。


 管理人の仕事といえば、各層の見回りも担っていた。


 第一層で筋肉妖精の<歓迎の舞い>を見て具合が悪くなったり、第二層で農業をするタミアと話したり、第三層の精霊夫婦を見て大丈夫かと心配したりと忙しい毎日を送っている。


 四層目の騎士の屋敷にも行き、毎回のように執事に丁寧に持て成され、たまに屋敷の主人でもある騎士も食事に同席するという緊張の瞬間もあった。


 しかしながら騎士の隣には気まずげに座る奥さんがいて、黒髪の少年もいて困った両親を眺めつつ微笑んでいる。

 騎士は以前見まみえた時同様に無表情だったが、殺伐とした雰囲気は無くどこかしら幸せそうにも見えた。


 そんな感じでモトイの日常は緩やかに過ぎていった。

 夜になるとイリアが帰って来て、一日の出来事を話す。



 そんな毎日を幸せだとモトイは思った。



 「嫁きおくれた帝国術士と異世界の迷宮」END 

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