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雪の降る季節は過ぎ、暖かな日差しが降り注ぐ気持ちのいい季節に入った。
穏やかな光を浴びながら、おいしい空気を胸いっぱいに吸い込む。
雲一つない青空、川のせせらぎ、草花の香り、視界を横切る蝶々。
風はまだ冷たいけれど、日差しと合わせていい塩梅だ。
このまま外でそよ風に吹かれながら眠りたい。
「クララ! 草刈りサボらないの!!」
杖を片手に両手を広げていたら、ミアの怒号が飛んで来た。遠くで鎌を振りまわしている。
ごめんなさーい!
私は慌てて草刈りを再開した。
つばの広い稲編み帽子が風に飛ばされそうになり、ぎゅっと被りなおす。
今は仕事中。
役場の魔法課へ届いた要望の中に、センラ川の岸に虫が沸いているから草を刈ってほしい、というのがあった。センラ川はアルゲナを横断するほど長い川で、この町外れにも流れている。
草? 虫? どのくらいいるのか見に行ったら、えらい量の虫がブンブン飛び回っていた。
ひぃぃいやぁあ!! しっしっ!
これは駄目だとすぐに対応へ入った。
わいているなんて次元じゃない。あの塊から新たな生命が誕生していそうだ。
絶対子孫繁栄している。
小指の先くらいのなんてことない虫だが、集まればもう、目を向けるのもはばかられるくらいの気持ち悪さ。
単体では特に害もなにもない小さな虫でも、私たち人間と同じくマナ、魔力を持っている。虫自身が自分の魔力の使い方を知らずとも、それが一ヶ所に大量に集まれば、魔力の摩擦で爆発が起きたりもする。
川沿いには家屋もあるので、爆発は防がなければいけない。
小虫はこの雑草から香る特有の甘い香りに引き寄せられて集まっている。草が伸びるほど匂いは強くなり、さらに虫を集めてしまうのだ。
そうして課長のミア先導のもと、茶色いつなぎに身を包み、魔法課の二人で川岸に草刈りへ来たというわけである。
ハニーは役場で来客対応中。
虫は魔法で操り、事前に森へ放った。森であれば虫を食べる鳥や爬虫類が、適正な数へと減らしてくれるはず。
それよりこの壮大な雑草。
ボーボーに生えた草は腰あたりまで育っており、その広さは果てしない。
川を沿って生えているから、とにかく生えていない場所まで切り揃えていく。
「トゥイス(浮け)」
杖を振り、浮遊魔法で川から水をはいしゃくする。
鍋をかき混ぜるように杖を回し、水をぐるぐる横向きに回転させる。
回る速さをどんどん上げていき、ここだ、と思ったところで草にあてた。
ザクザクッ……シュン…。
少しだけ草が切れて、すぐに水が散らばった。
液体を操るのは難しい。
体内の魔力を杖に通して精度を高め放出するのだが、うまくできない。やり方は分かっているのにもどかしい。
本当は魔法で燃やしたり刃物を回転させてササササーっと刈り尽くしたい。
が、鳥がいたり兎がいたり、もし小さな子どもが入り込んでいて見えなかった場合、間違えて死なせてしまったり怪我をさせてしまうなどを考えると、なかなか思い切ってできないのである。
ミアのように鎌に呪文をかけるしかないのか。
「ラスティーナ(指示を聞け)」
そばで置きっぱなしにしていた鎌に魔法をかける。
有機物でも無機物にでもかけられる魔法だが、人間や動物には効かない。脳味噌がある生き物は思考が強く、魔法が効きにくいのだ。
鎌が動き、私の目線まで浮いてくる。
「草だけ刈ってね。人間と動物は避けて、あと木もね」
命令すると、鎌は器用に草を刈り出した。
残りの鎌にも同じように魔法をかけるとしよう。
今日のお仕事は終了。
草を丁寧に刈り尽くし、町の隣の男爵領にかかるまでの雑草を綺麗に整備。伸びっぱなしの生け垣も刈り上げた。
言っちゃあなんだが、剪定師が整えたような素晴らしい出来になった。庭師にでもなろうかな。
男爵領から先の川岸は私たちの管轄ではないので、あとはあちらで対処してもらうほかない。
とりあえず夕方になる前に終わることができて良かった。暗くなってしまうと鎌も指示通り動かない。
鎌に目がついているわけではないが、やはり動きは一段階鈍くなる。
なんというかこう……ウロウロし出す。
私たちが働いているアルゲナ王国王都外・東町役場は、淡い黄土色の石造りからなり、二階がなく平屋だ。
暑い日でも涼しいが肌寒くなることもあるので、建物の中央にある広間の暖炉には年中薪がくべられている。
床や柱も石だ。棚や机などの家具は木製で揃えられている。
仕事から戻り土に汚れたつなぎ姿の私たちを、いろんな課の人たちが労ってくれた。
就了時刻間際なので、みんな帰り支度をしている。
魔法課は役場の入口からもっとも離れた奥に部屋を置かれているので、移動がやや面倒臭い。
魔法課に戻ると、ハニーもちょうど机の上を整理していた。
掃除の邪魔にならないようになのか、波打つ金髪は後ろでひとつに縛られている。
私たちが戻って来たことに気がついたハニーは、緋色の瞳を輝かせて出迎えてくれた。
「お疲れ様~。泥だらけね! 今日来た建築士の人、明日も来るって」
「了解。今日と同じくハニーが対応する?」
「ええ、いいわよ~」
今日あった出来事を三人で話しながら、ミアと私はつなぎを脱いで私服に着替える。
だいぶ汚れてしまった。落ちるかな。
水を操る練習のために、帰ったら洗濯でもするか。
「も~ほんと凄かったのよ虫、魔獣並み」
「空見えないくらいだったもんね」
「見えないの?! 気持ち悪う!」
一軒家に住んでいるミアの家の庭で、三人で夕飯を囲む。
肉に前菜に汁物。
三人で分担して作ったものだ。
私は前菜担当。
野菜を切っただけだが、彩りは頑張ったほうだと思う。
みんな一人暮らしをしているので、仕事のあとはこうして集まって食べることが多い。
この家はミアの亡くなったおばあさんの家で、生前に譲り受けたものなのだと以前教えてくれた。
職場からも市場からも近くて、とても便利で羨ましい。王都にも近い。
しかしミア的には職場から近いのはあまり良い点ではないそうで、休みの日も休んでいる感じがしないらしい。
「恋人がほしい……」
「私は好きな人がほしい……」
燭台の火が揺れる。
二人ともお酒を飲んでベロベロになっていた。
顔はかっこよくて眉毛がきりっと太いのがいい、優しい人がいい、お金持っている人がいい、魔法使いじゃない人がいいなど、まだ見ぬ未来の恋人に想いを馳せている。毎度のことである。
ミアは黒髪の綺麗なお姉さん、ハニーは金髪のかわいいお姉さん。
どちらも恋人がいないのが不思議なくらいだ。
「ナイル王国は貴族が多いじゃない? 併合は二年後よね……。いける」
「なにが」
「玉の輿よ!!」
ミアが力強く酒をかかげる。
するとなにやら鞄をあさりだし、くしゃくしゃになった紙を取り出した。
いつも紙がくしゃついてるな。
「見て! この尊いお顔を!」
ミアが取り出したのは、最近出た新聞の一部だった。
【次なる大魔道師、ミシェル・コンタスティとは】
という題名がでかでかと書かれており、コンタスティ外交官の顔面が下に描かれている。
有名な画家が描いたものなのか、寸分狂わずそのままの美貌が新聞に載っていた。
承認会議が終わり、ふた月が過ぎている。
町の中をナイル王国の貴族の馬車が走っていたり、何人かで王都や農業地域の視察に来たり、国の上層部は着々と併合への作業を進めている様子だった。
コンタスティ外交官がグレイナを消し去ってくれたおかげで、他の国との小競り合いも最近はない。
「ナイル王国筆頭魔法使いなのよ!」
そこからミアの演説が始まった。
まずは顔のよさから語られ、ミシェル様は男の色気を持っている、しかもナイル王国の貴族、大魔道師の地位、全てを兼ね備えているのよ! と、新聞をテーブルに叩きつける。
ミアは自他ともに認める面食いだ。
この間も王都で見かけた美青年について語っていた。
「ミシェル様に、命をかけて貴女を守りますって言われたいわ~」
ふむ、命……。
そうなったら私もミアを命をかけて守ると誓おう。




