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 申し訳ありません、これ! ラビエル! 

 と、ラビエルの父、パーチス・マルゲオが止めに入ってきた。


 パーチスさんは三大魔法使いとして、ラビエルは王室魔術師代表として、親子二人で来たようだった。

 白髪交じりの父親の必死の形相も目に入らないのか、コンタスティ外交官と拳一つ分しかない距離まで近づいてわめいている。


 対してギャンギャン吠えられている側である外交官は、とても穏やかな表情でそれを受け止めていた。

 出た、この空気。

 余裕を感じる、まるで全方位から制圧されているかのようなあの雰囲気。

 ラビエルよりコンタスティ外交官のほうが背が高いので、より吠えている感が否めない。


 彫刻品のような端整な美貌が微笑んで自分を見ていることに気づいたのか、ラビエルは一瞬、う、と言葉を飲み込む。

 ラビエルも顔がよく女性から言い寄られているところを何度か見たことはあるが、自分と同じかそれ以上の人間を前にして思わず我に返ったのだろう。

 傲慢だがラビエルも馬鹿ではないので、魔力量が自分より相手のほうが上であることは分かっているはずだ。

 それでも突っかかっていくのは、自分が大魔道師に任命されなかったことがよほど悔しかったからだろう。


 外交官は同年代に見えるから、まだもう少し年上の人が指名されていたならそこまで悔しくはなかっただろうが、コンタスティ外交官はまだ年若そうだ。

 実年齢は聞いたことがないので分からないが、二十代ではあると思う。

 隣国、しかも若い、そんな男がアルゲナの城で大魔道師として王室魔術師の長におさまるのは、その座を目指していたラビエル・マルゲオにとって青天の霹靂だったに違いない。


 ラビエルは現在何人も所属している王室魔術師の中では一番手二番手あたりにいる。

 彼は常に自信を持っている困った男で、実際二番手だったとしても自分は一番手であると信じて疑わない。自分への評価が悪かったときは、その評価したやつが悪いのだと言い張る。

 大魔道師は老齢の男性で、今年で九十歳になるはずだ。

 今いる大魔道師を差し置いて、隣国にその領域を侵されたと感じているのも気持ち的には理解できる。


 ……が、手をはなせ。


 ブンッと腕を振り、怒り心頭の青髪男からの拘束をはね除ける。

 いつもなら文句の一つでも飛んできそうだが、ラビエルの意識は完全にコンタスティ外交官へと向いていた。


「私のほうがよりこの国のことを知っている! なぜこの男なんだ! 外交を兼任ならば、大人しく外交官におさまっていればいいものを」

「いい加減にしないか、ラビエル!」


 外務大臣もすかさず止めに入っている。

 ここで分断が起きてしまったら、さすがにまずいからだろう。

 パーチスさんはラビエルより半分の身長で、私より小さい。背中にしがみついて一生懸命止めているが、まったく効果なし。

 魔法で捕縛してしまえばいいのに、パーチスさんは息子にとてつもなく甘い。

 どんなに悪いことをしても(私への悪口だったり私へのいたずらだったり)言葉で言い聞かせて、けして手や魔法はあげず見守っている。そしてラビエルはそれを聞かない。

 我が家とは大違いだ。


「助けてくれぇ、クララちゃ~ん!」


 パーチスさんがすがるように私に助けを求めてくる。

 彼はいいおじさんではあるが、息子に甘いところが好きではない。

 でも助けを求められたら応えないわけにはいかない性分なので、なんだかんだ頼まれたら聞いてしまう。


「ねぇラビエル、会議室で争わないほうがいいよ。これからオルグ陛下も来るだろうから」

「うるさいひっこんでいろ! この薄のろっ」


 うすのろ。


「王室魔術師、ラビエル・マルゲオ。申し訳ないが、私の一存ではどうにもならないのです」


 今まで聞き役に徹していた外交官は、腕を組み、にこやかに細めていた目を開ける。

 翠の瞳が真っ直ぐにラビエルを見つめた。


「貴殿のことは知っていますよ。とても優秀な王室魔術師で、この城の警備に使われている魔術はほぼ貴方がかけ変えた強靭で完璧なものであると、オルグ国王から聞き存じています」

「そうだ。だから私が」

「大魔道師というのは立場からして、魔法でどうするかというよりは、指示を出し集団を束ねるのが主な役割です。ですので、まだ貴方には現場で活躍していただきたいという、オルグ国王からの願いと期待なのでは。と、私は話を聞いて、そう受け取りましたよ」


 ラビエルに話す隙を与えず、外交官は小さな子どもを赦すように話し続ける。


「気持ちは分かりますが……国が併合し慣れるまで、どうか私に任せていただければと思います。いかがでしょう?」

「……慣れ、か」


 頭に血がのぼっていたラビエルも、優秀、完璧、活躍、オルグ国王、期待、の言葉が効いたのか、怒りが落ち着いてきたように見える。


 城の警備の魔法に関しては、以前ラビエルから自慢げに聞かされていたので国王様から話されたというのは本当だろう。

 嘘ではないと思う。


 しかし外交官も口がうまい。

 あくまで自分は繋ぎの役目を負っているだけで、君にはしっかり期待がかけられているんだぞと伝える。


「そ、そうか。まぁ、陛下がおっしゃっているならば、仕方がないか」


 恐るべし人権掌握術。


「ん? クララ? なんだ、いたのか。ハービーさんにお会いしたかったのに」


 笑顔のままラビエルへ杖を向けた私に、パーチスさんが汗を流してまぁまぁまぁと止めてきた。


 私はこの男のこういうところが大嫌いだ。人様を不快な気分にした挙げ句、それに気付かずまたさらなる不快を与えてくる。

 薄のろと言い放ったこともどうせ忘れている。いろんな意味で記憶力が恐ろしい。

 期待、優秀、さっき言われたような都合のいいことだけ覚えているんだろうな。

 いつの日か樹海につるし上げてやろうと心に誓っている。



 しかしこれだけ騒いだのに、結婚式の衣装で盛り上がっていた大臣たちはまだその話題でガハハハしていた。

 この国、大丈夫かな。

 







 その後国王様が出席し、会議は滞りなく進んだ。体調不良により、女王は来ていなかった。

 三大魔法使いの最後の一人も、ちゃんと時間に間に合って来ていた。時間に緩い女性なので心配していたが、会議中は眠そうにあくびをしながらも目は開いていた。


 アルゲナやナイルにも貴族はおり、数名の伯爵、侯爵、男爵が出席していた。

 アルゲナの貴族の数自体はそう多くなく、公爵に至っては王族の血筋で国王の親戚にあたる人がいたものの、五年前に下克上しようと謀反を起こして、あえなく散った。

 なので今、この国に公爵はいない。

 

 国が併合されるのは二年後なんだそうで、まだまだ準備期間であることを会議で知った。

 各部署、国民の理解、商業関係の決め事、国境の整備、軍事や他、併合するために必要な山を片付けてから、婚礼にも取りかかるのだという。

 宰相と大魔道師の承認は、ラビエルも機嫌良く認めたことで全員一致となり、滞りなく進んだ。

 あのラビエルを大人しくさせるなんて、やはりあの外交官は侮れない。



 


 会議が終わり、私は谷へ帰って母に印を返した。

 夜も遅く、今日はそのまま実家に泊まり、明日は仕事に行くことにする。


 昔使っていた子ども部屋に入るとどことなく埃臭く、家具や床に被っているゴミや塵を自分の箒ではたく。

 纏まったごみは魔法で燃やす。夜は寒いので、暖炉の火つけにちょうどよかった。


 勉強机のそばにある椅子に腰かける。

 ……ふぅ、疲れた。

 会議からの帰り際、コンタスティ外交官に渡された物を懐から出す。


「綺麗……」


 コロッと片手に握れるほどの大きさの、緑色の宝石がついた首飾り。

 無償でそんな物をくれるなんて駄目ですと突き返したら、例の魔法に関する重要な宝石だと言われた。

 核の共有が何者か、第三者に解かれてしまった時用の保険らしい。

 どちらかが死ぬまで解けることはない魔法だが、万が一だと言って持たされた。

 この宝石の部分が胸の近くに常に置かれている状態が好ましいようで、それを考えた結果の首飾り。


 細い鎖で派手さはないが、宝石台に使われている金は恐らく本物の金である。

 私が五年働いて全額を貯金してつぎ込んでも買えない値段の、金。


 宝石も高いけど首飾りだけでも高いから売らないで失くさないでねと念を押された。 

 もし魔法が解けてしまったら、私は再び瀕死の状態に戻る。


「よし」


 首飾りを胸にさげ、眠りについた。

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