7
円になり顔を突き合わせて、あれでもないこれでもないと談笑している。
役所の広間より広い部屋。仰々しい照明、シャンデリアというやつだ。凄く綺麗である。
室内はざっと二十人程度。
私の次にも若い男性が入室してきたが、話しに夢中になっているからか誰が来ても目もくれずやいのやいのと騒いでいる。
ナイル王国は黒い服、アルゲナ王国が緑の服と分かれているらしい。母が用意してくれたのも、濃い緑の服である。
国王様と女王の臣下は仲が良いようだ。
戦々恐々していた自分が馬鹿みたいな光景である。
仲がよくてよかった。平和が一番。
終戦から半年以上も経っているから、それまでに色々なやり取りをしてきていたんだろう。
「花火はどうかね! どかんと!」
「いいですなぁ」
もはや親戚の集まりだった。
会議室の机にある出席用紙に印を押す。印は母から預かった物だ。
戦争に貢献した母へ、王様から与えられた特別な印。
アステリア王国というここから遠い国にある、空まで届く巨大な世界樹の幹から作られているらしい貴重な物だ。
世界樹は太陽と同じような存在で、動物や人間、植物、生きとし生ける全てのものにマナを与える役割がある。
誰でも生まれ持っているマナ、魔力は、世界樹という不思議な機能があるから成り立っているようなものだ。
魔力が多い人間は世界樹から愛されている、世界樹の愛し子、などとよく比喩される。
魔法使いであれば殆どの人がそう呼ばれた経験を持っているだろう。
……私?
ないです。
本会議の時間まで三十分以上ある。母以外の三大魔法使いはまだ来ていないみたいだ。
キョロキョロしていると、奥のほうでアルゲナの外務大臣とナイル王国の外交官(と呼んでいいのか分からないけど)ミシェル・コンタスティが真剣な面持ちで話し込んでいるのが見えた。
大魔道師としての承認を受ける立場だから、当然外交官もいる。
あの医務室の日以来、ひと月ぶりに見た。
ドキッとする。
言っておくがトキメクとか超美男子発見~とかとかそういう類いの心音ではない。
命の恩人!
なにか、なにかしなきゃ!
そういうドキッだ。
焦燥感に近いかもしれない。
時々笑い合っているのを見るに、ここもまた親しい様子。
二人にはたいへんお世話になったので挨拶に行こう。
婚礼衣装で盛り上がっている爺様方を避けて進む。楽しそうだなぁ。
「……おお! 来たかポーキンス。ハービー殿の代わりだろう、聞いているよ」
「その節はお世話になりました。代理ですが、本日はよろしくお願いします」
近づいたら、大臣が顔を上げてニカッと歯を見せた。小麦色の肌に映える白い歯が眩しい。
私は窓際にいたミシェル・コンタスティに向け、胸に手をあて屈む仕草をする。
彼は見舞いに来た時と同じ黒衣をまとっていた。
夕焼けの光が、茶髪を橙色に染めている。
「体調はどう? なかなか顔を見に行けなくてごめんね」
「コンタスティ大使、お久しぶりです。身体はとても元気です」
すまなそうな声色で言われるが、律儀に見に来なくても大丈夫である。
ご安心ください、死なないよう努力してます。
この人こそ私に命の魔法を使って今さら後悔していないかどうか気になる。
自分より何段階も弱い奴に心臓を預けたようなものだ。
本当なら首輪と紐を着けて庭の棒にでも繋いでおきたいだろうに。
健康と刺客には気をつけよう。
「では失礼いたします」
会議が始まるまで端っこで過ごしていよう。
少し離れた窓際の角に目を付けた。四隅大好き。
去り際、外務大臣が手にしている文書が目に入った。
東側にある国で使われている言語が書かれている。
いくつもの部族からなる、とにかく不思議な国。
クターニア国と名乗ってはいるが、いつも部族同士で争っていて、本当に国なのか疑わしいところではある。
数ある部族をまとめる長がいないのも特徴だ。
文書につづられているのはルルグル語だった。
東の国の中でも、さらに東にいる部族が使っている言葉。
こういうのは見ちゃいけないものだが、見えるとつい見てしまう。なんでもかんでも観察してしまっていただけない。
魔法学校や修行中に身に付いてしまった私の悪い癖だ。
ジロジロ見るというよりは、その一瞬を盗み見て視線を逸らす。そして目に見えた物を頭の中で整理していく。
ちなみに、すぐ逸らすのが重要だ。
あんまり見ていると相手にも失礼だし、何より、なにあの人~きもちわる~い、となどと言われたくない。
じゃあ見るなよと思うだろうが見ちゃうんだからしょうがない。
振り切って変態として生きていこう。
「狩る? 取る? なんでしょうね、ここの文字は」
「ハービー殿なら読めたかもしれんが……」
翻訳に手間取っているのか、ちらっと目線を寄越す大臣。
隅といえど三人分くらいしか離れていないから、会話が聞こえる聞こえる。
すみませんね私が来て。
頼まれたんだから仕方がないでしょうよ私のせいじゃない。
母は語学が堪能だ。
過去色んな国へ行って暴れまわっていた彼女は、その結果天才的な感覚でさまざまな地の物を習得している。
魔力だけでなく学習能力も異様に高い。
欠点があるとすれば生活態度と人への敬意の払い方くらいだろう。
言葉はもちろん、字、文化学、その国にしか伝わっていない魔法、錬金術、武術、鍛冶、ありとあらゆる知識と術を身に付けている。
知識人というには怠惰な人間だが、母を頼って家を訪ねてくる人は多かった。わざわざあんな田舎の谷までやって来るのだから凄い。
礼金もたっぷり貰っていた。
母はお金が大好きだ。
特定の職には就かずあの田舎の谷で私という娘と二人で暮らせていたのは、そういう背景があってのことである。
「クララちゃん、これ読めるかな」
文書を手に、コンタスティ外交官が寄ってくる。
くららちゃんんんン?!
いつから名前とちゃん付けで呼ぶようになったんだ。
今まで失礼なくらい散々ひよっこひよっこ言っていたくせに。大臣の前で呼ぶのはさすがに気がひけたとか。
だったら私もコンタスティと呼び捨てで呼ばせてもらう。
……心の中で。時々。
さすがにね、身分と立場ある人を堂々と親しげには呼べないから。
角っこの隅に移動していたせいで後ろに下がれない。徐々に近づいてくる高身長。
「何ヵ国語かできるって言ってたよね」
柔らかく問いかけられる。
使者としてもてなされていた時の雑談中に、今までで大変なことはなんだったかと聞かれたことがある。
修行のあれこれは人に言いたくないし、子狼の件は論外、魔法に関することはどれも大変だったからうまく話せる自信がない。
そこで話したのが語学に関してである。
母は私に数十か国の言語を叩きこんだ。
当然私は魔法が使えるようになるのに一杯一杯だったので、そっちまで頭は回らない。
だが母はそんなこと知ったこっちゃない。
寝ているときも耳元で知らない言葉で囁かれ、朝起きたらお世話人形が知らない言葉で私に話しかけ、意味が伝わっていなかったり返答できていないと人形が感じとったら箒で尻をどつかれた。
アホ。サッサトオボエルネ。
人形が喋るどの言葉も最初に覚えたのはそれである。
そうしてあらゆる言葉を学び、これはもしや魔法を使えるようになるのに必要な過程なのかと思っていたが、魔法学校に通い出して知る。
それはただの語学学習でしかなかったことを。
なぜあんなに言葉を覚えさせたかったのか不思議だったが、今日話されたことを振り返ると、なんとなく合点がいった。
いつか仕返しに来るかもしれないどこかの国の人間の言葉や字を覚えておけば、ちょっとは身を守れるかもしれないとでも思ったのだろう。
「おく……。履く、ですね」
「はく?」
「履くものが不足しているから、それを寄越してほしい、という文章なようです」
全体は読まず指定されたところだけを翻訳した。
どういう文書なんだか知らないが、履くものって靴とか下衣とか下着とか?
「本当かね?」
「私の知る限りでは、履く、です」
「なるほど。そうしたら次の服という文字に繋がると」
「あの国の字は見分けるのが難しくてかなわんよ」
「東はさっぱり相手にしたことがなかったから、俺も勉強しておかないとですね」
私のように無理矢理覚えさせられただとか、大臣のように必要に迫られて学ぶしかないという場合でなければ、数ある部族の集まりである奇妙な国の言葉を覚えてみようとはならないだろう。
「凄いねクララちゃん、語学の先生になってくれる?」
「先生って、ちょっと」
世辞か冗談か本気か分からず戸惑っていると、横から誰かに手をひかれて、窓際から離された。
おっと、転ぶ、危なっ!
急に誰!?
「この男が大魔導師? ハッ、笑えるな」
青色髪を乱し、私を後ろへ追いやるこの男。
名前はラビエル・マルゲオ。
職業は王室魔術師。性格、傲慢。
三大魔法使い、パーチス・マルゲオの息子だった。




