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私の実家は、アルゲナス谷という国境の集落にある。
山に挟まれた平地で、気候は穏やか。
暖かい季節でも夜は凍えるほど寒く、雪は降らないが毛布は年中必須。寒い季節はもちろんドカ雪が降る。
ええ、ド田舎です。
村は魔女を多く輩出していて、魔力量も比較的多い人たちが集まっている。
男性もいるけれど、比率でいうと女性のほうが多い村なので、魔女の村とも呼ばれている。
そんな村を一刻も早く出ていきたくて、役所で働くことになった18歳の時から、私は街に降りて静かに一人暮らしを始めていた。
母が天才で私が普通だから周りから比較されることが嫌で……という理由で出ていったのではない。
もちろん比較されることは何回もあった。でも、あーはいはいと聞き流せるくらいその辺りはどうでもいいと思っていた。
ただそれ以上に、村にいると嫌でも母との修行のことを思い出し、憂鬱な気分になる。
それがしんどくて家を出たというのが一番の理由だった。
その村にだ。
私が今日わざわざ帰ってきたのは、頼み事がある、という手紙が母から送られてきたからだった。
しおらしく、ちゃんと王様の命令通り謹慎している母の頼みなので、仕方がないなと思って。
私のせいで暴れまわったと聞いていたから罪悪感もある。
……ついでに聞きたいこともあるし。
雪が積もり、谷の景色は銀世界。
村に入ると、懐かしい顔がちらほら。
いつも怪しい薬を作っているおばさん、鳥獣狩りが得意で鳥の足を集めては天日干ししているお姉さん、魔法陣を家の壁一面に書いているおじさん、まじない売りのおばあちゃん。
同年代もわずかにいた。多種多様。
天日干しのお姉さんとは戦争で徴兵された時に何回か会っている。
昔から仲良くしてくれている愛しい愛しい近所のお姉様。
目が合って、この間ぶり~とお互いを讃え合った。
かじかむ指先にふぅっと息を吹き掛ける。寒い寒い。
手を振ったり笑顔を見せたり、相変わらずのどかな雰囲気にほっこりしつつ、脳裏にチラつく修行の数々を追いやる。
ここの環境はね、悪くない。
悪くないんだけど。
やっぱり帰りたいかも。
ただ広いだけで、何もない庭に小さな池。
世話のされていない雑草生えまくりの花壇。今は雪が積もって埋もれている。
よく遊びまわった、懐かしい森。
赤い屋根のこじんまりとしたお家。
村とは少し距離を置いた場所にある、私の生まれ育った場所。
玄関扉に手を掛ける。
雪が下に積もって開けにくく、足でサッサと払った。
「ただいま」
「おかえり~。ちょっとそこゴミあるわよ、違うわ左よ左! だっから、……んもー使えない人形ね」
二人掛けの革椅子にだらしなく寝そべりながら、木彫りの人形に掃除をさせている母。
頭ボッサボサ。
寝起きだなこの人。金髪がピョンピョン跳ねている。
相変わらずな様子に気が抜けた。
人を呼びつけておいて呑気な親め。
早く用事を終えたいので、頼み事ってなに、と簡潔に問いかけた。
さっさと済ませてさっさと帰るぞ私。
母のことは嫌いというより、苦手だ。
砕けて話すけど、臆病な私が心の奥に常にいる。
「あ~……今日の夕方に、城に行かなきゃいけないの」
ふーん。
だからなに、ご飯でも作っておけと。
じゃあさっきの村の市場で芋でも買ってこようかな。
「宰相だとか大魔道師を最終決定するのに、三大魔法使いの承認も必要なんだってさ」
「へ~。それで」
「謹慎中だからクララが代わりに行ってきてちょうだい」
はいはい……は……。
母を二度見する。
城に行けって、代わりに?
「適当でいいわよ。承認承認~」
酒とツマミを魔法でポンと出し、くっちゃくっちゃと貪り出す母。
やっぱり、やっぱり来るんじゃなかった!
また変な役目押し付けられる!!
謹慎しててちょっと可哀想だなと思って来ちゃったけどやめだやめ!
食うなツマミを! クチャラーめ!
「承認っていったって、私じゃ代理にもならないよ!」
「じゃあ謹慎破って死刑にでもなりましょうか」
「謹慎にしたのは王様なんだから、要請されてるなら正式に解除ってことなんじゃないの?」
「行くの面倒くさ~い」
「行かないよ……私は無理だからね。役不足で笑われる」
「私の子どもなんだから十分でしょう。なに、文句がおあり? 決闘する?」
「遠慮しますぜひ行かせていただきます」
私の扱いがよ~く分かっている母。
決闘なんてしたくない。どうせ捻り潰されて終わりなんだから。かないっこないって分かってて言われているのが余計に腹が立つ。
今日の夜こそ母をちょんけちょんに倒す夢が見れますように。
「じゃあさ、行くけど、その……」
「なに?」
「あの」
「なによ」
思ったより口が動かなくて緊張する。
私はあれが、あれが知りたい。
「その……かわいい娘って、私のこと?」
「な、なんのことかしら」
「大臣から聞いたの」
聞いてみたいこととは、まさにこれである。
大臣から手塩にかけて育てた~の台詞を聞いた時から、ずーっと気になっていた。
かわいい娘? 手塩に掛けて育てた?
独断でグレイナにかち込んだ?
嘘だと思ったけど、本当に謹慎されているので、事実なのかどうなのかを一刻も早く知りたかった。
来るのには勇気がいったけど。
私以上にドギマギし始めた母は、ツマミを口から離して、机から足を下ろした。
私は知っている。
いつもはチャランポランちっくな母親が真面目な話をし出す時は、私を真正面から見据えて、両手を握るということを。
話したくないのか、それとも言葉を選んでいるのか、しばらくお互い無言でいた。
無理矢理にでも聞き出したいことではなかったから、まぁでも知りたかったけど、話したくないなら別にいっか。
帰ろう。
「待って」
と思った矢先、母が口を開いた。
「違うの、違うのよ。国外に、母さん、いっぱい恨まれ事を作っちゃっててね」
恨まれ事?
「若い頃……神殿の宝を盗んだり、池の魚を全部消したり、王族の寝室に忍びこんだり、東の部族の長を張り倒したり、あと」
「わかったわかった! もういい!」
これ以上聞くと心臓に悪い。
池の魚はともかく、盗みや忍びに族長張り倒し……?
自分の母親、思ったより百倍奇想天外な奴だった。
「いつか……そう。誰かが仕返しに来るかもしれないわ。娘を狙ってくるかもしれない」
だから子ども自身を強くして、身を守れるようにしないと。
そう決意したのだと、うつむきながら言われた。
「冷たく、厳しくあたって悪かったわ。強くしなきゃって。……でもあれはないわよね、ほんと」
「今さら気づいたの?」
「クララが死ぬかもって聞かされた時に、貴女のことを思い出したら、苦しそうな顔ばかりが浮かんで。……ええ、ええ。非情な女よ私は」
非情な女。
そうだ、彼女はとてつもなく非情な女だ。
私が昔、山で拾ってきたかわいい子犬。途中で、しまった、これ狼かも……と思ったがとてもよく懐いてくれたのでそのまま山でひっそり飼っていたのだが、それを知った母親が、そいつを殺せと言ってきた。
母が私の秘密を知らないわけがないので、一年くらいお世話できたのは飼うのを許してくれているからだと思っていた。
だからびっくりした。
殺す? こんなかわいい子を?
反抗などしたことがなかった私は、さすがにこれは聞けないと拒否したが、母は私が言うことを聞かないと分かって、狼の子どもをその場で滅多打ちにした。血がほっぺに飛んできた。
人間の臭いがつかなければ、この狼も群れに戻れたかもしれないのに、お前がそれをできなくしてしまったのだと説教もされた。
自分の考えが足りていなかったと気づいたのと、でも殺すことは違うのではないかという思いが私の頭の中をぐちゃぐちゃにした。
なんであれ、私があの子を酷い目に遭わせてしまったのだ。
私が構わなければ、あんなことにはならなかったのに。
ぐったりとした子狼を、私は泣きながら山へと運んだ。
それからのことは記憶があいまい過ぎて覚えていない。
指先に土がついていたから、おそらく土に埋めてあげたんだと思う。
他にも嫌な修行はいっぱいあったけど、心にいつまでも残る苦い思い出は、この瞬間が一番最初に蘇るのだ。
「許してとは言わないわ。ただ、ごめんねって、そう言いたかっただけよ」
私は何も返さなかった。
謝罪は受け入れるけれど、そう簡単にうんと頷ける二十年ではなかったから。
それでも、母が私のことを「手塩にかけて育てたかわいい娘」だと思っていてくれたことだけは、知れてよかったと思う。
本人から聞かされたのではなく、他人の口から聞かされたのもよかったのかもしれない。
「とりあえず、時間がないから急ぎなさい」
手を叩いて、はい切り替え! と母が立ち上がった。
「いい? 承認の会議にはパーチスのとこの馬鹿息子がくるだろうから、思い切り鼻をあかしてやりなさいよ」
「あいつくるの? 関わるのやだよ……」
「行く前に飾りを髪につけて、もっといい服を着なさい。そこに礼服用意したから。靴はその机にあるやつね。化粧は口紅塗っときゃ十分よ」
母は魔女だが美魔女でもある。
今も美しく輝いていて、ただの質素な部屋着なのにドレスを着ているみたいに綺麗だった。
昔は数多の男を虜にして求婚殺到、私という子どもができてからも花束を持って家に来る男の人が後を経たなかった。
でも母はそれをいつも追い返していて、ため息を吐いたあと必ず私に言った。
『二人で生きて行くわよ』
正直言って、あの修行の日々を終わらせてくれる救世主を求めいていた私はガッカリしていた。
父親ができれば修行が終わるんじゃないかと思って。
でも、母は怖かったけど、母が綺麗だと友達に言われるたびに、私は誇らしかった。
私のお母さん綺麗でしょって自慢だったのだ。
「貴女の真っ赤な髪の毛にはこれが似合うわ。青い瞳にはこの首飾りね。華奢だから、腰紐はキツく結ばなくてもいいわよ」
「お母さんには似合うけど、私はちょっと」
「何言ってるの?? 私にそっくりじゃない!」
私の髪はくすんだ赤。華奢というよりガリ子。
親のひいき目も大概である。
私の親、親バカだったらしい。
実家からそのまま、ティンバー城まで飛んでいった。
承認会議はアルゲナの王城で行われるらしい。
もしこのまま無事に国が一つになれば、王都はこちらに置いて、本城はアルゲナの城になるようだった。
女王、大魔道師がナイル王国側、王配、宰相、首都と城はアルゲナ王国側。
均衡は、私から見ればうまく取れているなという感想だ。もちろん、国王様が王配になってしまったアルゲナの民からは、反発する人が出てくるとは思う。
しかし首都も城も宰相もアルゲナ側だと考えれば、強く批判する人間はいないだろう。
反発する人たちはたぶん、国王様が君主にならない限り認めない勢だ。
まぁ仕方がない。私も少し残念に思ったのは事実だから。
でもコンタスティ外交官の屋敷で女王様を間近で見たことがあるおかげで、この人の国で暮らしてみたい気持ちになれたのも、また事実。
城の会議室が殺伐とした雰囲気になっていないといいけど。
なにせ国というのは生き物だ。
人間が動かしている以上、今日は穏やかでも明日は嵐のような争い事が巻き起こるかもしれない。
いったい会議はどうなるのだろう。
城の使用人に通された部屋へと、足を踏み入れた。
「それで、いかがですかな? オルグ様の婚礼の衣装は!」
「ワシの知り合いにミンリィの羽を使った反物で服を作るやつがいてのぉ、そこに任せようかと」
「あのミンリィですと?! おお……ぜひティティ様のドレスもお任せしたい!」
「ホッホッホ、お任せあれぇ!」
「季節柄、花の手配が難しく。装飾はいかがしましょうかね」
「そんなもん南のベヤージュ草原の魔法使いに頼めば一発じゃい」
臣下のおじいちゃん達が楽しそうに語らっていた。




