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人様の命を握ってしまったという事実からしばらく。
社会復帰一日目。
私は役所で書類仕事と向き合っていた。
休んでいた二週間分と少し、きっちり残っている。
魔法課、通称なんでも課と呼ばれているここには、日々意見要望書が届く。鳥を追い払え、橋を作れ、日照りで水がないからなんとかしろ、畑を荒らす動物を捕まえてくれ、他色々。
これでも減らしたほうなのだと同僚に自慢された。ありがとう。
「号外号外! 号外よクララ! ハニー!」
同僚のミアが、黒髪を振り乱し扉を蹴破る勢いで部屋に入ってきた。
砂にまみれた紙をくしゃっと握って私たちに突きつけてくる。
作業机に向かっていた私とハニーは顔を見合わせた。
ここの役所の魔法課は、女性三人で回している。
魔法が使える人材は少なくはないが、男性のほとんどは魔法騎士になり、国の中枢へと入って上を目指していく人が多い。
外交官など城の役人には魔法が使えることが必須の職もあるので、高給取りになりたい人も当然そっちに行く。
そうして民間に残ったのはほとんどが女性で、人数もあまり多くない。なので、自ずとこういう魔法使いが重宝される部署は女性ばかりになっていた。
ここにいる三人の年齢は皆ばらばらで、私が二十歳、ハニーが二十一歳、ミアが二十三歳と、1個ずつ違う。
ここの役場は町長が一番上の上司となり、下はそれぞれの課に分かれている。
住民課、税徴収課、総務課他、いくつかある中のうちの一つが魔法課だ。
「ナイル王国とアルゲナが併合されるって!」
ナイル王国は隣国のこと。アルゲナとは、この国のこと。
ということはつまり。
「王様と女王が結婚ですって!」
「きゃー! すごいじゃない! 王様ついに腹を決めたのね、偉いわ!」
「もっと早くてもよかったのに不思議だわ」
「きっと~ほら、手順が色々あるんじゃない?」
恋文とかさ。
国を一つにするにはそれなりの段階があるのだろうから、時間がかかるのは無理もない。
二つの国が一つになるのは、300年ぶりだ。
だとしたら国名もそのときの名前になるかもしれない。
アルゲナイル王国。
300年前に二つに分かれてからは隣国がナイル王国、こちらがアルゲナ王国という名前だった。
国境にある地名からとっている。
「併合したらこの役所どうなるのかしらね。新しい君主は女王で、オルグ国王が王配になるそうだし」
ミアが不安そうに呟く。
国王様、王配になるんだ……。
隣国の女王は戦争時の話を聞く限り逞しいお方だと思うので、アルゲナの民から少し批判は出るだろうが心配はないだろう。
どうなるかは分からないけれど、侵略されたとかではないから、行政の仕組みはほぼほぼ変わらないんじゃないかな。たぶん。
でも公的な書類の扱い方は変わると思うので、上司の指示を待つほかない。
役所は国が置いている行政機関で、国民の生活を見守り助け、管理する場所だ。併合したからといってすぐに解体されるようなことはないだろう。
二人の恋文を届けていた身からすれば、結婚式いつかなぁとただそれだけが気になっている。
ミアから号外を受け取る。
さっき入れたばかりの苦い茶を飲みながら眺めた。
『アルゲナ王国とナイル王国が結びつき、晴れて一つの国になる。
再びアルゲナイルとしての門出を開き、君主同士が契りを交わし、民の結束力は増した。
女王が君臨することとなり、元アルゲナ王国国王オルグ・アルゲナは、王配となる。
新王国の宰相となるのはガリバン・ドグナー。
大魔道師の座にはミシェル・コンタスティが指名される。外交を兼任。』
「んっぐ、ゲホッ」
茶が喉で暴れる。
最後の文を見て固まった。
「クララどうしたの?」
「顔青いじゃない。まさかまだ回復してないんじゃない? ダメよ休まないと」
ゲホゲホいう私の背中をさすり椅子に誘導するハニー。
核の共有という魔術により私の身体の調子はほとんど戻っていて、ティンバー城の医師の丁寧な診察によれば健康体そのものですと言われている。大丈夫、回復してます。
しかし2人の心配をよそに、号外を持つ手はわなわなと震えた。
私、なに、つまり王国の大魔道師の命を握るってこと……。
大魔道師とは、王室魔術師という城勤めの魔法使いたちを束ねる責任者のことを言う。
命が繋がっているというのはコンタスティ外交官とお屋敷にいた門番と執事、外務大臣、あの医者だけが知っていることである。
他にも知っている人はいるかもしれないが、上司や同僚が何も言ってこないので、治癒魔法による重傷からの奇跡の回復劇みたいな話になっているんだろう。
私が死んだらあの男も死ぬ。あの男が死んだら私も死ぬ。
普通の日常を過ごしているが、定期的に襲ってくる恐ろしい事実。
いつまたどこかと戦争になり、魔法軍に入るよう徴兵されるか分からない。
うっかりそこで私が天に召されようものなら、もれなくコンタスティ氏まで引き連れていくことになる。
逆に戦場の一番危ないところへ行く確率が多いのは彼のほうだが(一国を滅ぼすような奴だし)、私よりうんと強い魔法使いに間違いないのでそこの心配はうっすらとしかしていない。
まずは私がやられないかどうかだけだ。
自分だけならまだしも、誰かを道連れに死ぬのは絶対に御免である。
それにもし、コンタスティ外交官を狙う人が私のことに気づいて、弱っちい方を始末しようと企んだら?
今回みたいに瀕死になり、最悪死に至って二人もろともこの世とはおさらばだ。
ということでまずは基本、健康に気をつけようと思って、私は毎朝苦い茶を飲み始めた。
近所のおばちゃんがこれいいのよ~と80歳越えのおばあさんに毎日飲ませているというお茶だ。
そのおばあさんは毎朝庭で腕立てふせをしていて、なかなかの効能があるに違いないと私は踏んでいる。
鼻の曲がる匂いと舌がもげそうなくらいの苦味さえなければ完璧なのに。
市場に売っている茶葉を混ぜ合わせていて、材料費はなかなかの値段になる。
これも未来への投資だと思えば安いものだ。
でも大魔道師かぁ。
あいつ悔しがるだろうなぁ。
三大魔法使いの一人にパーチス・マルゲオという男性がいる。その人には息子がいて、彼は王室魔術師として勤めていた。私より二つ上だ。
性格は傲慢で自信家、弱い人間は見下すという人としては出来損ないのアホだが、魔法に関しては文句のつけようがないくらい優秀な男だった。
三大魔法使いの集まりで強制的に家族参加させられるたびに私の成長を馬鹿にしてくるそいつは、会うたびにいつも『王室魔術師の長、大魔道師の座は私のものさ!』と酒を飲みながら語られる。
人格的にお前がなったら組織終わりだろと思ったが、まぁ頑張れよとは応援してやっていた。
あいつ、今息してるかな……。
「大丈夫! 早く仕事終らせよう」
号外をミアに返し、手元の書類に目を向けた。
魔法課に新しく入っていた要望書には『カガグンモを処理してほしい』という内容が書かれている。
カガグンモとは人に危害を加える害虫で、頭に生えた針に刺されると患部が焼けただれたように変形し、最悪の場合脱落してしまうという恐ろしい生き物だ。
近づくと攻撃してくるので巣を見かけたら近づかないようにするのが一番の対策なのだが、この依頼書によると公園の中の木に巣を作っているようなので、近づくなと言ってもそうもいかない。子どもたちが遊ぶ大切な場所だ。
はいこれ即処理治案件。
次の要望書は『道の真ん中にある大きな岩をどけてほしい』というやつだった。生活に必要な道の物であれば撤去してあげられるから、これはあとで調べに行こう。
はいこれ審議案件。
次の要望書は『おねえさんたちの住んでる場所教え……はいごみ箱行き。
課長であるミアに振り分けた書類を渡して、次の山を崩していく。
こうして復帰一日目は要望書に埋もれて終わった。




