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寒い季節になってきた。
外套と襟巻きで防寒をして箒に乗る。
はぁ~寒い。
こんな日まで恋ぶ…書簡を届けなきゃいけないなんて、高貴な人たちの考えはよく分からない。
あれかな、楽しんでるのかな、この微妙な距離感を。
会えない日が続くほど気持ちは募るっていうやつだ。
私の頭には雪が積もっていた。
外交官たちのぎっくり腰ももう治っているだろうに私に任せてくるのを見ると、やはりただただ恋文を届ける役割を避けたかったようにしかみえない。
国内は落ち着いてきていて、王様の住む城では連日パーティーが開かれていた。
貴族ではない私も大臣が招待してくださったので、この間お洒落な格好をしてちょっとだけ顔を出してみた。
立派な椅子に座る王様を目にした私の感想は、なんか、達観してるな、だった。
酒を飲み駄弁る家臣たちを、これこれお前たち落ち着けハハハ、と穏やかな表情で見守っていた。
もうすぐ結婚し所帯を持とうと決意を胸に秘めた男のそれである。
「……?」
急に音がなくなる。耳が遠くなったような。
風の音も聞こえなくなり、箒の魔力がなくなって、みるみるうちに地面へ足がつく。
どうしよう、私どこに入っちゃったんだろう。
空を飛んでいただけなのに、もしかして罠かなにかか。いつもの方角、いつもの森の通り道。変わったところはない。
けれど周りの景色は見えるのに、どこかへ閉じ込められたみたいに空気が生暖かくて、息が詰まりそうだった。
呼吸もしづらくてゼェゼェ胸を押さえていると、ドゴっと地面から太ももくらい太い緑のツルがはえてきて、腕に足にぐるぐる巻きついてくる。
う……う、ごけない……。ギチギチいってる……。
ツルに大きなトゲもはえてきて、鋭い切っ先がみちみち音を立てて皮膚に食い込んできた。
これ死ぬやつだ。
痛いー!! 死ぬー!
だぁれか助けてぇぇえー!!
しかし叫んでも誰も来ない。
とはいえ、仕事はやり遂げなければ。
役所勤めの生真面目さを今こそ見せてやろうじゃないか。
「ふんっ」
身体に力を入れてブチブチと無理矢理ツルを振り切り、箒に乗った。
杖を箒に撫で付けて、魔力を流して元気を取り戻させる。
頑張れホウキお前ならできる。私を何回も流れ星にした罪をチャラにできるまたとない機会だぞ。
するとムクムクと箒が浮き上がり、なんとか乗れるようになった。
意識があるのか、私を追ってこようとするツルから急いで逃げる。
ひぃ! 気持ち悪い!
隣国に入るのを拒絶されるような透明の盾をなんとか破って、一気に飛んでいく。
いつもならこんなところに壁なんてないのに誰がやったんだ。はた迷惑すぎる。
しばらく飛んでいると男の屋敷が見えた。ツルももう追ってこない。
ここまで来れば、とりあえず大丈夫だろう。
「どうされたのですか!!」
箒から降りて、凄い顔で見てくる門番にいつものように身分証を見せて中に入れてもらう。
見ての通りこのざまだ。服は破けて髪はボサボサ、トゲに刺されたところからは出血。
経緯をくまなく説明したいところだが、落ち着ける場所までまずは連れていってもらわないと。
足取りは遅いが門番が支えてくれているから無事に玄関まで辿り着けた。
玄関から出てきた執事と外交官の男を見て、私は足の力が抜ける。
誰かに抱き止められて、仰向けにされた。
視界が砂嵐みたいに霞んでいてよく見えない。
コンタスティ外交官の綺麗な顔だけは、ぼやっとだけどなんとなく見えた。
「あ、よかった」
「目を瞑っちゃダメだ、誰にやられた」
「わから、ないけど」
これを、と懐にしまっていた書簡を付き出したところで、私はそのまま暗闇に引きずり込まれた。
もうなんにも見えないし、なんにも聞こえない。あーあ、痛い痛い。
でもだんだん楽になってきた。
私の人生、思ったより短かったな。
左腕、千切れちゃってたし。
でもお母さん、私、お仕事ちゃんとできたよね。
強くないけど、魔法ももうちゃんと使えるよ。
あのみそっかす状態からのこれなんだから、偉いでしょ。
でも最期が王様の恋文届けるっていうちょっと変な仕事だったのは微妙だな。
こんなふうになっちゃって悪いけど、怒らないで褒めてほしい。
あと葬儀の時は棺桶にお気に入りの杖と、相棒の箒を入れてほしいです。
といったような流れで安らかな気持ちで永遠の眠りにつこうとしていた私だが、なんと死んでいなかった。
「裸の絵……」
ここどこ。
起き上がってまず目に入ってきたのは、壁にかけられた裸婦画。片チチポロリしている。
残念ながら芸術に親しみのない人間であるからして、勝手に恥ずかしい気持ちになって顔を両手で隠した。友達のだって恥ずかしいのに!
……ん?
腕がある……はえてる!
ツルに引き千切られていた左腕が復活していた。
左手を握ったり開いたり繰り返す。
もしかして、夢? あれ、夢だったの!?
しかしそんなわけがなく、私は真っ白い寝台の上で簡易な寝巻着を身にまとい目を覚ましていた。
病人しか寝ない、病人しか着ないあれだ。
どこかの医療用天幕かと思ったが、絵画が飾られているし、壁は硬い壁だ。
窓にかかる赤い布は、分厚くて高級そう。
風になびく薄く透けたレースも、市井で見かけるものとはヒラヒラ感が違う。なめらかだ。
「気分はいかがですか?」
「ひゃああ!!」
横に医者みたいなのがいた。全然気づかなかった。
眼鏡をかけた白髪のおじいさん。
びっくりして肩を上げている私に、わたしは医師ですとおじいさんが自己紹介してくる。
ここはティンバー城の医務室らしい。
ティンバー城とは、王様が住んでいるお城の名前だ。
建物自体は遠目から眺めることが多く、城の中に入ったことがあるのは大臣に招かれて訪れたあのパーティーの一回だけだ。
お城はとにかく大きくて綺麗で豪華。語彙力が乏しいのでそんな表現しかできないが、調度品はおろか、医務室とはいえ城の寝台で横になるなんて一生ないと思っていた。
医者によると、私は二週間寝込んでいたらしい。
一瞬で目が覚めた間隔だったから、時間の経過に驚く。
にしても、町の診療所とかではなく城。
単純な疑問。なぜ平民の私が城にいるのか。
事情を知っていそうな医者に尋ねてみると、書簡のせいで(恋文ね)賊に襲われたも同然なので、外務大臣が城で丁重に治療を受けられるように取り計らってくれたのだと聞かされる。
書簡のせい?
「ポーキンス! 意識が戻ったか!」
しばらくするとお馴染みの外務大臣が見舞いにきて、危険な目にあわせてすまないとひたすら謝ってきた。
別にそれはいいけど、書簡が恋文だって隠してたのだけは許さないからな。
この二週間でなにがあったのか、大臣が私に色々教えてくれた。
まず一つ目は、隣国の隣国が滅んで、隣国の領土が拡大したこと。
この国も隣国の隣国だけど、ここでいう隣国の隣国はこちら側とは反対側に位置する国のことである。グレイナという国だ。
あの日身体を裂かれそうになった私は、なんとか罠から抜け出し外交官の屋敷まで逃げることができた。自分でいうのもなんだが、ほぼ死んでいた気がする。
そんな瀕死の私に治癒魔法を外交官が施してくれて、その後はこの医務室で治療。
治癒魔法はさっぱりだと言っていたのに、あの人謙遜していたんだ。
癒しの魔法を自慢げに語っていた自分が恥ずかしい。埋めたい。
私を襲ってきたのはグレイナ王国の刺客で、うちの国と隣国が手を組まないように、仲違いさせるのが目的だったらしい。
使者であった私のことを殺して、隣国に罪を被せようとしていたのだと。
短期な頭を持つ連中の幼稚な作戦だ。
そもそも一つの国を滅ぼすくらいの戦いが二週間でなせてしまったことが驚きなのだが、主導になって滅ぼしたのがほかの誰でもない、ミシェル・コンタスティという男だった。
「ミシェル・コンタスティ外交官ですよね? あの人外交官なんですよね!?」
「外交官ではあるが、それ以外にも色々」
「色々?!」
なんとコンタスティ外交官は、軍部の指揮権を女王より授けられた王国筆頭魔法使いだった。
女王の右腕、隣国最強の魔法使い。
それが彼の肩書きである。
私が倒れたあと両国が協力し犯人を炙り出すと、コンタスティ外交官は全権力を行使してグレイナへ攻め込んだ。
そして作戦が成功したと浮かれて宴を開いていたグレイナの王族の城を破壊し、そこにいた国王を締め上げたらしい。
起きたことを並べてみると、いやいやそんな破壊するとか締め上げるとか、そんなことやっちゃって大丈夫なの? と思うが、普段からの周辺国の野蛮さのほうが目に余るので、よく滅ぼせたなと感心が勝る。
なんで外交官やってるの。
ということで、私がかねてよりコンタスティ外交官にかけていた疑いは確信に変わった。
やっぱりあの男はただ者じゃなかった。
彼に野心があれば、今頃女王に下克上して魔王か何かにでもなっていたんじゃないだろうか。
女王に心から遣えているようだったからそんなことはしないんだろうけど、あな恐ろしや。
「ハービー殿が怒りのあまり独断で動いてな」
「いかりのあまり?」
ハービー・ポーキンスこと私の母は、私を大層心配し、手塩に掛けて育てた可愛い娘をよくもぉ! と怒りのあまりグレイナへ単身乗り込んでいったそうだ。
アルゲナスの大魔女が暴れていると大騒ぎになったらしい。
かわいいって……そこまで感情的になるほど私に愛情があったことに驚きだが、今はアルゲナス谷の家に謹慎中で閉じ込められているようだった。
当たり前ださすがに単身乗り込みはやりすぎだ。
隣国とうちの国は前以上に団結しているようで、こちらの国の人間がやられたというのに隣国が主導になって報復したことが国民感情をさらに好意的に高めたようだった。
国民同士がここまで腕を組んでいるのだから、そろそろ君主の二人も結婚時だろう。
「起きた? おはよう」
翌日、コンタスティ外交官が見舞いにきた。
黒衣を身にまとった外交官は、寝台の横に腰をかける。
ギシリと椅子の沈む音が響く。
とても一国を滅ぼしてきた人間とは思えない、穏やかな顔つき。
窓からの日差しに、茶髪が淡く透けている。
腰まである長い髪が風に揺られ、より一層この男の穏やかさを演出していた。
顔だけ見るとただの儚い美男子にしか見えないけど、国、滅ぼしたんだよね。
本当にこの人が……と凝視する私に、大丈夫かと声がかけられる。
「あの……ありがとうございます」
よく考えてみれば、この人は私の仇を打ってくれたも同然だ。
仇というよりは、自国を陥れようとしていた敵国を二度と起き上がれないように抹消しただけだとは思うけど。
まずはありがとうございますと、お疲れ様でしたを言わないと。
「俺と君は繋がってるから、死なないように気をつけてね」
「…………しぬ?」
唐突に言われた言葉を頭の中で反芻する。
つながる? 死なないように?
斜め上を眺めながら目蓋をぱちくりさせる。
死なないように?
意味を考えていたら、外交官の長い髪がサラリと揺れて、手元に落ちてくる。
睫毛の長さが分かるほど近く、顔を覗き込まれていた。
近い近い。
「ひよっこちゃんが瀕死だったから、命を繋ぐ魔術をかけたんだ」
「繋ぐって、その、私と……貴方を? っえ、いま命って」
「落ち着こうか」
鼻先をチョンとつままれる。
フガ、と鼻が鳴った。
喋っている途中で摘まむな。
首を振り、枕を抱き締めて顔を隠す。
気を紛らわせるため、この魔術についての記述を思い出してみる。
『核の共有』
瀕死の人間と健康な人間がいた場合。
健康な人間が瀕死の人間に心臓の契約を持ちかけると、瀕死の人間が健康な人間に引っ張られて、健康な人間と同じ状態まで回復する。
しかしそれ以降は、どちらかが命を落とした場合、健康である人間が引きずられて同時に死亡する。
……こんな危険な魔法を、他国の一時的な使者である女相手によく使おうと決心できたものだ。
もしかして知らない間に、私に対して友情が芽生えていたとか。
「これからは絶対に死んじゃ駄目だからね」
そう囁いてくる男に返すべき言葉が見つからず、私は枕を抱き締めたまま寝台に転がった。
友情がなんだ。
お礼を言うべきところなのは分かっているが、そんな簡単に感謝できることではない。
命をかけさせてしまった負い目が拭えない。複雑だ。
たぶんその魔法を使ったということは、それをしなければ治癒魔法でもどうにもならず、助けようのない状態だったんだろう。
死んでいたほうがよかったとは思わないし、感謝はもちろん、下僕に成り下がったって文句は言えないくらい救われたのは事実である。
でも、でも。
普通の魔女、役所勤め、クララ・ポーキンス、二十歳。
何故か隣国最強魔法使いの命を握ってしまったのだった。




