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どんな人間でも、魔法使いになれる要素は持っている。
マナと呼ばれる、どの生き物にも宿っている自然の力。
魔法というのは、それを引き出し練り上げ摩訶不思議な現象を起こすことを言う。
魔法の源という意味で、マナを魔力と呼ぶ人もいる。
ちなみに私は魔力と呼んでいる。
その魔力がもともと多く宿っている人間と、少ない人間が世の中にはいる。
魔法を習い出してすぐに成果を出せるのは、魔力の量が多い人間がほとんどだ。
魔力が普通か少ない人間でも魔法使いになれることはなれるが、魔力が多い人間でさえ死に物狂いで修行しなければなれないのに、それより少ないとなれば幼少期から倍の努力をしなければいけないから、普通の人ならそう簡単になろうとは思わないのが『魔法使い』というやつである。
魔法使いは職業というより、資格や肩書きのようなものに近い。
お金を稼ぎたいのであれば修行に時間を割くのではなく、普通に働いたほうが全然効率はいい。
そんな常識の中、まず自分の魔力量を考えたら魔法使いなんて絶対に目指さない方がいいはずなのに、稀代の天才魔女である母親が必死になって私に修行を施した結果、とりあえず私は魔女になれてしまった。
魔力が平均かそれ以下くらいしかないのに、だ。
もちろん、文字通り血反吐を吐きながら頑張った私の努力の賜物でもある。
でも私は、母親みたいな天才じゃない。
魔法学校へ行って必死になって勉強しても知識ばかりがついて身体が追い付かない。
ホウキに乗るのだって苦労した。何回も高いところから落ちた。
落ちる姿が流れ星みたいだと、ホウキ星のポーキンスと一時期呼ばれていた。
この上ない屈辱である。
呼んだ奴全員に鼻の穴が大きくなる呪いをかけてやろうと思った。
というかやっぱり、根本的に魔法使いには向いていなかった。
成績は可もなく不可もなくて、どれだけ頑張っても中間を維持。
我ながらそこで心が折れなかっただけたいしたもんだと褒めてやりたい。
私に父親はおらず、生殖的に考えればいるはずではあるものの、その顔は知らない。
母親も絶対に話そうとしない。
幼い頃から魔法の勉強で頭が占められて知ろうとも思えなかったから、最近になってようやく考えるようになったけど、やっぱりそこまで気にならないのは母親と同じく薄情な血が流れているからなのかもと思う。
あの母親は本当に容赦がない。
修行にかこつけて人を人とも思わない無理難題を押し付けてくるんだから、絶対将来介護なんぞしてやるものかと決意を固めている。
まぁ人形を召使いみたいに動かせる人だから、介護なんて心配はこれっぽっちもないんだけど。
そんな害も益もない普通の魔法使いである私が、このたびなんと和平交渉の書簡を持って隣国へ向かわされることになってしまった。
「私が……?」
「ええ、貴女です。クララ・ポーキンス」
「書簡を?」
「はい。届けてください」
城下町と平民の住居地区の間に門を構える、背の高い木々と柵に囲まれた、石造りの町役場。
奥の部屋で同僚と書類の山に囲まれながら仕事をしていたら、いかにも地位のありそうな服装をしたおじさんが急に私を訪ねてやってきた。
私は今、戦争中に貯まった仕事を片付けている最中だった。
書類仕事というのはすぐ溜まる。
忙しいのに誰だこの白髭……と思っていたら、おじさんの横にいた若い男が「外務大臣であられます」と教えてくれた。
が、外務大臣!? なんで!? 仕事で何か失敗したっけ!?!?
それがまず第一に思ったことである。
覚えのない罪に顎を震わせつつとりあえず茶を出して話を聞いた。
すると隣国へ書簡を届けてほしいという内容で、また別の意味でビビった。
言っておくが、私はただのお役所勤めの普通の魔法使い。
大臣でも枢機卿でも貴族でも城勤めの役人でもない。
一般を極めた民間人。朝ごはんだって自分で作る。今日の夕飯は野草汁とブニブニ芋炒めの予定だ。
だから変というかなんと言うべきか、隣国に不快感を与えないために私を選んだと胸を張って言う外務大臣の人選術を疑うべきか……。
我が国には外国との交渉を円滑に進める立派な外交官がいたはずだが、その人たちは戦後処理での田畑の視察中に腰をやってしまって現在休養中だと言われた。
みんなぎっくり腰だってさ。
そんな馬鹿なことあるの。畑で何したんだよ。
いや心配だけどさ。労る気持ちもあるけど、みんな一斉は危機管理がなってないよね!
じゃあ大臣の貴方が行けばいいではないかと失礼にならない言葉選びで勧めてみたが、野蛮な国への停戦交渉へ向かうので自分は行けないのだと言われた。
野蛮な国と隣国を比べたら大臣だって隣国へ行きたいだろうにかわいそうにと思ったので、とりあえず引き受けてみた。
私を選んだ理由はこうだと言われた。
・外交官のように魔法が使える人間。
・けれど敵対の意思はないと伝わるような、そこそこな力しかない魔法使い。
・しかしあちらを舐め腐っているとも思われないために、大物に近しい人物を派遣したい。
・そこで自国の三大魔法使い、アルゲナス谷の大魔女の娘であるクララ・ポーキンス(つまり私)が該当。
・まともな社会人経験あり、役所勤め。
そこそこな力しかないは余計だが、理由としては母の娘であることが大きいのだろう。
母は有名な魔法使いで、若い時は周辺国をブイブイ言わせていたのよ、と昔からやたらめったら私に武勇伝を語っていた。
ブイブイの意味が分からなかったので誰かを豚にしたのかなとしか私は思っていなかったのだが、そういう意味ではなかったらしいと気づいたのは、魔法学校に通い初めてからのことだった。
なんと教科書に母が載っていたのである。
え、えー?! 有名人じゃん! ええー!
私は初めて母をたたえた。
母は北陸戦争で大活躍した英雄だった。
北から迫り来る魔獣や敵をその膨大な魔力と技でバッタバッタとなぎ倒し……話が逸れちゃうから母親のことは一旦横に置いておこう。
長いんだ、あの人の話は。
三大魔法使いというからには、他にも二人、国を代表するような魔法使いがいる。
その二人にも私よりちょっと上くらいの子どもがいて、彼らはそれぞれ魔道騎士、王室魔術師として目覚ましい活躍をとげていた。
私みたいに役所の隅っこ勤め、軍にたまに呼ばれて徴兵されるような下っ端魔法使いではなかった。
それらをふまえた上で今回の頼まれ事を考えるに、ようは、使い勝手のいい調度いい人材が私だったということでしかない。
戦争の後片付けで忙しいからと人がいないことを理由に、使者役を押し付けられたといっていい。
まぁまぁまぁ、役所勤めのぺーぺーの扱いなんて所詮こんなもの。
「これ着なきゃいけないんですか!?」
「腕のいい仕立て師でね」
隣国へ行くときは白いヒラヒラした衣装を着ていけと、大臣から高そうな服を渡された。神官が着るようなやつだ。
ヒラヒラしていても張りのある生地。
一日百回膝をついてお祈りしても簡単には破けなさそうな頑丈さ。
着てみると服はピッタリで、大臣を変態か何かかと疑いの目で見る。
しかしそんな勘繰りとは裏腹に、この服は裁縫が得意な魔法使いが作った物で、自然と身体に合うようにできているのだと教えてくれた。
ふーん。すご。
でも白って……汚れるし嫌だな。
行くまでに凄く気を使って動かなきゃいけない。黒じゃダメなのか。
少し不満を漏らした私に対し、こちらに何の裏もないことを意思表示するための白だとか大臣がおべんちゃらを並べ始める。
正直、隣国の女王にひざまづいて白旗を上げている王様の姿しか浮かばなかった。
もう書簡とかいいからさっさと結婚申し込めと思う。
「それで、君のようなひよっこちゃんが来たわけだ」
茶色の長い髪。でもよく見ると、黄みがかった薄桃色だというのが分かる。
翠の瞳を持つ鼻筋の通った、驚くほど綺麗な顔をした男。
若干垂れ目気味なのも相まって全体的に可愛らしい要素を網羅しているが、骨格も体格もれっきとした男だった。美人な男。
椅子に座っているのに大きく感じるのは、その立派な体格のせいなのか、魔力の圧倒的な量の差を肌に感じるせいなのか、とにかく私はその男を前に縮こまった。
男は隣国の外交官である。
ここは城ではなく、国境にある外交官の屋敷だった。
大臣が寄越した馬車に運ばれて立派な門をくぐった先には、広大な庭園が。
庭園を過ぎると、一段一段が幅広い数段の階段が。
階段の先には、白亜の城のような屋敷が。
建物の中は、見たこともないような調度品、絵画、ピカピカに磨かれた大窓に、鎧を着た兵士の模型がずらりと並ぶ廊下。
その圧巻の光景にだらしなく口をあんぐり開けた。
そうして通された部屋には、窓際の椅子に座る外交官だけでなく、どことなく生命力が弱そうな糸目のひょろひょろしい男もいた。
彼の横で突っ立っているのを見る限り、たぶん男の従者なんだろう。
他にも二人老い先短そうな爺様方がいる。
しかし正面にいる男の生き物としての絶対的な強者感に、私は目が離せなかった。
部屋に入った時から、男はずっとニコニコしている。
微笑みをたたえた優しい顔つきをしているから油断しそうになるが、あのとんでもない母親を持つ私には分かる。
この表情は強さからの余裕により出されているものだということが。
誰になにをされても相手をねじ伏せられる自信があるから穏やかでいられる、強者特有の凪いだ雰囲気。
笑顔が逆に怖い、あの感じ。
でもこんなに強そうな人、あの戦場にいたっけ。
戦場というか、皆相手を怪我させるつもりはなかったからわざと命中させなかったり、わざと転んだり、痛いフリしたり赤い木の実で血を演出したり、もはや戦場とうたった演劇場だったわけだけど。
こんなに強い人が出てくるような幕ではなかったから、見かけなかったのも当然かもしれない。
こっちの国も主戦力出さなかったし。
私は下っ端中啓で出ずっぱりだったからよく覚えている。
敵に届かない所で、えっさえっさと槍をブン回していた。
敵もわざわざ驚くフリをしてくれていた。
楽しかった。
「農作物の被害の保証はこちらでしよう。明日には遣いを送ると書いておくから。もともと女王の希望でね」
「……」
「また来てもらうことになると思うけど」
男は足を組んだまま、顔の横に浮かべた羽筆でスラスラ紙に文章を書き足していく。
チラっと名前が見えた。
この外交官の男の名前は、ミシェル・コンタスティというらしい。
「……」
どうしよう。どう振る舞えばいいの。
何か返事したほうがいいのかな。
でも宰相に、ただお手紙を渡すだけの簡単なお仕事だ、って言われたから余計なことを言わないほうが無難なような。
あくまで体裁を考えての人選だろうって母も言ってたし。
私、ひよっこちゃんだし。
普通の中の普通が普通として振る舞えと言われたとき普通がなんなのかを考え始めるともうわけが分からなくなってくる。
だってこの場所に来ること自体が普通じゃないんだから。考えたってムダか。
能力関係なく仕事はしっかりやり遂げることを評価されていたのか、貴女になら任せれられます、と大臣から根拠のない謎の信頼を向けられたら断ることもできなかった。
大臣と話したのは一昨日が初めましてだ。
ゆえに相手が私を認識したのも一昨日が初めてだ。
この人私のことを知りもしないくせに自信満々に何言ってるんだと正気を疑ったが、権力に逆らう度胸はなかった。
「うーん」
外交官の男は私をチラっと見て、何か考える素振りをする。
笑顔で考え事する人って怖い……。
先ほどひよっこちゃんと言われたのを地味に気にしている私。ひよっこってつまり、弱っちいということだ。
なけなしの私の自尊心だってそれなりに傷つく。
だが、もしかしたらこの外交官は大物の人物をお望みだったのかもしれない、とハタと気づく。うーん、なぜこんな小娘が、うーん、母親のほうがいいな。
そんな『うーん』に違いない。
これは……帰ったら不満そうだったと伝えれば、次からは私が行かなくて済むかもしれないぞ。
なんたって私、ひよっこちゃんなんだから。
しめしめと考えていたら、急に寒気が襲ってきた。
ふと前に意識を戻せば、男の後ろで化け物みたいな大きな影が、壁を這って動いているのが見えた。
鋭い指先を持つ両手がクワッと私を襲うような動きをしている。
しかし、しょせん影なのでこちらに実害はない。壁でモゾモゾ動いているだけだ。
……十中八九、この外交官が出したものだ。
これで違いますって言われたら、それではぜ貴殿の影からニョキっと生えているのですかと指を差して言い返す準備だってできている。それくらい確実だ。
男は微笑んだまま私を見ている。
従者も老人二人も。
ダラダラ冷や汗が流れてきた。
いったい全体私をどうしようっての。
逃げたいけど、それじゃあ仕事を投げ出すことになる。
もし襲われたら攻撃したいが、隣国の外交官にそんなことしたら今度こそ本気の戦争が勃発してしまうかも、と、直立不動でいることしかできない。
……でも私を脅そう? としてくるあっちが悪いんだから、もしやられたらやり返しても文句を言われる筋合いはなくないか。
視線をあちこちさ迷わせていると、シュルルと影が男に吸い込まれて威圧感がなくなる。
バクバク鳴っていた心臓を落ち着かせている私とは反対に、影を出していたであろう張本人は、相変わらずニコニコしていて不気味だった。
「うん。これからどうぞよろしく」
「……」
よ、よろしくねぇぇぇ!
何今の必要な儀式か何かだったりするの!? こわっ!
うちの王様が若干ヘタレだからって舐めてるんだ!!
ねぇちょっと王様私たち馬鹿にされてますよ!!
「次は美味しい甘いお菓子持ってきてね」
次!? 甘いお菓子!!?
経費で落ちれば買ってくるよ!!
と口に出さないで叫んでも仕方がない。
これでいいのなら、私は言われた通りこれからもこうして書簡を渡しに……。
絶対嫌だもう今日この仕事終わったら地方の魔法商で魔道具作る工場にでも勤めよう。
大臣に、こんなことされたんです……と今のをチクれば今日限りの役目で終わらせてもらえるはずだ。
……いちおう帰りに街の菓子店寄らなきゃ。




