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「どうされたんですか?」
突然大臣がここへやって来た日から、もう彼がいつ魔法課に現れても驚くことはなくなった。
書簡という名の恋文を届けに行っていた期間は、ポーキンス、ポーキンスと魔法課の扉を叩いて何かと用事を押し付けられたものだ。
隣国であれを買ってこいこれを買ってこい。
どこそこの湖に亀がいるか見てこい。
あの山にきのこがあるのか知りたい。
他よく分からないところへついでに散々行かされた。
医務室での話の延長で、のちにそれが大臣夫婦の旅行の下見に行かされていたと知ったときの私の長い溜め息に文句をつける人は誰もいないだろう。
人使いの荒い爺め。外務大臣というのはよほど暇な職業に違いない。
今日もまた何か用か。
彼を見て思うことはそれだけである。
一方で城で療養できるよう取り計らってくれたし、世話になったことは感謝している。
私は恩を忘れるような薄情な女ではない。
けれどもう書簡は届けないし、本当に何の用事だろう。
手ぶらで部下も連れていない。
ミアの食べかけのピケごと布で机を覆い隠し、大臣を部屋へ通す。
革椅子に座ってもらって、今日はどんな用件かと促した。
「魔獣の件はたいへんでしたな。赤髪は君だったと聞いたよ」
魔獣についての事情聴取は城でされたから、普段からそこにいる外務大臣にも当然情報は入る。
なんだ、その件での用事なのか。
もう話せることはないと伝えると、そっちは別にどうでもいいんだよと首を振られる。
どうでもいいんだ。
「その~だね。どうかね」
なにが。
「我々もまだまだ知らないことがあるわけです。世界は広い。先日入ったばかりの部下たちも知識はあるが、てんで実務に弱く」
「……」
「魔法はできるが、いまひとつ足りない物があり、どうも私には補いきれぬところでね」
「……」
「とにかく本を読めと促してはいるんだが、なかなかこれがうまくいかないもので」
「……」
「それで~だね」
「……」
「……」
「……」
だからなによ。
「その~……語学を教えてやってはくれないかね」
「……語学?」
黙って話を聞いていた私に何を思っているのか、顔色を窺うようにチラチラ視線を合わせたり逸らしたりしている。
最初に伝令係を頼んできたときの威勢のよさはどこへいったのか。
どうですかねぇと若干腰が低くなっている。
たぶん書簡のせいで私が襲われたことに引け目を感じているのだろう。新たな頼み事をするのに気まずさを拭えないらしい。
だったら私に頼み事をするなという話だが。
「あの言語が分かるとはたいしたものだと、私は感激したんだよ」
「ルルグル語ですか」
承認会議のときにコンタスティ外交官が冗談で「先生になってくれる?」と私に言ったやつだ。
あの場限りの会話だと思っていたが、まさか外務大臣がそれを掘り返してくるとは。
語学を教えると言ったって、誰に? と質問すると、他の外交官にお願いしたいと頭を垂れる大臣。
外務大臣の名前はザカエル・フィーマ。
書簡のやりとりで関わってきて分かってきたのは、フィーマ様は優しくて人当たりのよい人間だけれど、これと決めたことは絶対に押し通す人間である、ということだ。
害のない子犬のような目でこちらを油断させて、後半一気に畳み掛けてくる。
野蛮な国への停戦交渉に行かされるほどの人だから、野蛮でない私なんてコロッと手のひらで転がされてしまうだろう。
ふん、絶対に頷いてなるものか。
仕事もあるしそんな余裕はない。手に負いきれない量の物事を引き受けるのは、逆に相手の迷惑にもなるんだ。
私は断る! 断るぞ!
「フィーマ様……助けになりたいのは山々ですが、私は読めて話せるだけで、教え方はぜんぜんわかりません。できないんです」
「学んだのならば、多少人にも教えられないものか?」
「学びとは少し、だいぶ逸れた方法だったので」
それではどうやって勉強したのかと聞かれたので、以前コンタスティ外交官へ説明したように、私がどうやって数十ヵ国もの言語を覚えたのかを話した。
フィーマ様の顔色が段々険しくなっていく。
「とんでもない詰め込み教育ですな」
「でしょう? だからできないのです。普通のやり方が分からないので」
一連を聞き、大臣ドン引き。
能力を褒められるのは凄く嬉しい。
褒められたいから魔法課で働いているようなものだから。
でも人の役には立ちたいが、語学を教えるということに関しては人一倍自信がない。
何故なら語学の勉強は母からの教わり方しか知らない。
魔法学校へ行くまで、皆この試練に耐えて来たのか……と勝手に胸いっぱいになっていた私。
けれどそれは自分だけで、外国語の授業で数十ヶ国語ができることを知った同級生たちに何かそういう魔法でも使っているのかと疑いをかけられた。
皆やってるんじゃないの!?
耳元で人形に囁かれて尻を叩かれる日々を送って来たんじゃないの!?
語学を習わされた背景を伝えると、皆が同情的な声を掛けてきた。
ホウキ星のポーキンスなんて呼んで悪かったと、それからからかわれていじられることもなくなった。
そこで思い直されるのも違うと思うが、ある意味怪我の功名だと思うことにした。
魔力が平均かそれ以下しかない私が魔法を習っていることを馬鹿にしてきた男子学生たちも、三大魔法使いってヤバいんだな……と学食を一度だけおごってくれた。
お金関係で誰かに借りを作りたくないので後日返した。
「そういうわけで心苦しいのですが、できません」
「っいいや……しかし、どうか考えておいてほしい!」
大臣はそう言い残して、魔法課から立ち去った。
え、私ハッキリ三回くらいできないって言ったよな……。
それからも、併合したらでいいから、ちょっとの合間でもいいから、月一でいいから、どーにかこーにか云々と書かれた手紙が家へ届くようになった。
ビリッビリに破りたい。
月一でなんて、逆に月に一回で何が得られるというのか。囁き教育甘くみるなよ。
フィーマ様が折れるのが先か、私が折れるのが先か。
しかし猛攻に耐えきれず月一でなら……と返事を出してしまった私の負けであることは、誰の目からみても明らかである。




