Ch3- Scammer./詐欺師(2)
しばらく、二人は言葉を交わさずに歩いた。進むにつれて、アカデミーの姿が近づいてくる。周囲には学生の姿が増えていた。ベンチで談笑している者。門を抜け、建物へ入っていく者。空気は薄く揺らぎ、張り巡らされた防護結界が秘術の光を帯びて脈打っている。実物を前にすると、悔しいくらい見事な光景だった。期待と不安が、同時に腹の底からせり上がってくる。
入口も、記憶どおりの威圧感だった。対になった黒曜石の扉には、輝くルーンが埋め込まれている。その上を、薄い光の膜が走っていた。近くではローブ姿の者たち――おそらくアカデミー職員――が数人、声を潜めて話している。
「ここまでだ」
アカデミーの入口手前で、クロウは足を止めた。振り返った彼の目は鋭く、そこにどんな考えがあるのか、エイミーには読めなかった。
「入学受付の広間はあそこだ。推薦状があるなら、最初に出せ。なければ、その場で適性を見られる」
エイミーは緊張を抑えながらうなずいた。
「分かりました」
ここだ。今しかない。彼が立ち去ろうと背を向けたところで、勝負の一言を投げる。物語ではいつだってそうだ。最後の一言が、いちばん印象に残る。なら当然、その瞬間を狙うべきだ。クロウが振り返ったら……。
クロウは一瞬だけ迷い、背を向けかけた。しかし、途中で思い直したように、こちらへ視線を戻す。
「君は……変わっているな」
エイミーは片眉を上げた。
ちょっと、タイミング潰さないでよ!
「それは褒め言葉ですか?」
間を空けずに切り返す。
「観察結果だ」クロウは平坦に言った。「だが――」
そこで一度、言葉を止める。迷っているというより、口にするべきかを見極めているようだった。体の脇で、また指先が動く。
「中では気をつけろ。アカデミーは、君のような異質な存在を歓迎するかもしれないが、敵までそうとは限らない」
敵、ね……。おそらく、物語に出てくる敵対勢力のことだ。とりわけ、邪神の復活を目的に動くオニキスの部族。連中はその目的のためなら、世界そのものを壊そうとする混沌の生物と手を組むことさえある。というか、その混沌の生物は、世界全体を相手に戦争しているような存在だった。
あのオニキス連中……ほんと、昔からめちゃくちゃイタいと思ってたんだよね……。
「覚えておきます」
そう答えながら、エイミーは、さっき狙っていた最後の一言をまだ差し込めるか計算していた。けれど、この流れならもう待つ意味はない。今言ったほうがいい。
エイミーは、何かを思い出したふりで、かすかに笑ってみせた。
「近いうちに、またお会いすることになりそうですね」
よし、ここだ。
クロウは足を止め、首を傾げた。
「どういう意味だ?」
エイミーはすぐには答えず、無言でクロウを見返した。それから息を整える。これ以上、引き延ばしても仕方がない。
「黄金の鍵……。理由までは分かりません。でも、あれが私たちの道をつないでいる気がするんです」
クロウの様子が一変した。全身を強張らせ、今にも剣を抜きそうな構えを取った。
怖っ……!
[やってしまいましたね]
クロウの目が剣呑に細まった。低く抑えた声には、刃のような鋭さがあった。
「誰の差し金だ?」
エイミーは返事を急がなかった。心臓はうるさいほど速く脈打っている。けれど頭だけは、妙に冴えていた。
数秒置いてから、ようやく口を開く。
「運命に遣わされました。そして私は、その呼びかけに応えただけです」
[女神様、私をここから出してください]
エイミーはそれ以上何も言わず、クロウをその場に残して歩き出した。本当は全力で走り出したかった。背中に突き刺さる視線だけで、寿命が縮みそうだった。
アカデミーの結界を抜けると、静電気の膜をくぐったような圧が肌に走った。エイミーはそのまま建物の奥へ進む。十分に距離を取ってから入口のほうを振り返り――そこで足が止まった。
やば。あれ、主要キャラじゃない?
その顔ぶれに気づいた途端、息が詰まりかけた。いて当然だった。漫画の序盤で、クロウと行動を共にしていた面々なのだから。
一人目は、背が高く優雅な少女。氷のように淡い髪と、刺すような銀の瞳――レイン・アークライト。氷魔法の使い手で、アークライト家の跡取り令嬢だ。冷たそうな雰囲気をまとっているが、漫画を読んでいるエイミーは知っていた。彼女は人前では数語話すのがやっとなくらい、極端に内気なのだ。
その隣にいるのは、跳ねた赤褐色の巻き髪と、活発そうな雰囲気が目を引く小柄な少女――治癒師のライラ・ソーンフィールド。とにかく怖がりなことで知られていた。要するに、いわゆる「守ってあげなきゃ」系の女子だ。
そして最後に、二人の後ろに立っているのが、日焼けした肌と短く刈った金髪、鋭い金色の目を持つ、背の高いがっしりした青年――アッシュ……なんだっけ。盛りすぎな怪力を持つタンク役だ。グループの実質的な良心で、クロウの親友でもある。二人は同じ孤児院で育った。
その三人が、今まさにクロウと話していた。
凝視していたことに気づかれる前に、エイミーは慌てて顔をそらし、ようやく建物の中へ入った。
アカデミーの内部は、想像していたとおり壮麗だった。高い石柱が広間に並び、複雑な意匠のシャンデリアでは、浮遊する結晶が幻想的な青い光を落としている。広間を仕切るように長い装飾机が置かれ、その向こうでは複数の職員が志願者を一人ずつ受け付けていた。手続きを済ませた者から順に、別室へ案内されていく。おそらく、そこで適性を見るのだろう。
よかった。ギリギリに来たのが自分だけじゃなくて、本当によかった。一人だけだったら恥ずかしすぎる。
よし。あとは、自分の仕込みがうまく効き、能力を手に入れられるかどうかを確かめるだけだ。
エイミーはすぐには列に並ばず、広間の端で様子を見ることにした。ほかの志願者を先に行かせて時間を稼いでいるあいだに、すべてがうまく噛み合えば、締め切り直前に次の話が更新されるはずだ。
あとは、運が味方してくれることを祈るしかない。




