Ch3- Scammer./詐欺師(3)
鐘が鳴った。現実離れした音色が、広間全体に染み渡る。受付机の向こうで、ローブ姿の職員が一人立ち上がった。頭上に浮かぶ結晶の光を受け、銀糸の刺繍が施された袖がきらりと光る。
「入学受付、最終案内です」女性の声は、広間の隅までよく通った。「1分後に結界が閉じます」
「能力、まだ来ないの……!?」
エイミーは思わずつぶやいた。
[まだ次の話が公開されていません。少し遅れているようです]
「冗談でしょ……! じゃあどうしろっていうの?」
最終案内の声が広間に残る中、焦りで喉が詰まりそうになりながら、エイミーは本に顔を寄せ、声を押し殺して詰め寄った。
[まもなくです。待っている間に、列へ加わることを推奨します]
本は、まるで危機的状況ではないかのように、エイミーの隣で平然と浮いている。
エイミーは声を殺して悪態をついた。追い詰められた感覚が、胸の内で膨れ上がる。
「やばいやばいやばい! つまり私、能力ゼロのまま、適性試験をハッタリで乗り切れってこと?」
[おおむねその通りです。ただ、そこまで心配する必要はありません。次の話はもうすぐ更新されるはずです。……おそらく]
「おそらく!?」
エイミーは声を潜めた。
「全然安心できないんだけど!」
ほかに選択肢はなかった。エイミーはしぶしぶ、残り少なくなった志願者の列に加わる。前に並ぶ者たちが一人ずつ受け付けられていくのを見ているあいだ、心臓が肋骨の内側で暴れ続けた。大半は浮かれた顔で奥へ進んでいくが、何人かは肩を落として戻ってくる。
「次!」
エイミーが列の先頭に来たところで、銀糸の刺繍が施されたローブの女性が呼んだ。
エイミーは前へ出た。ありもしない自信をかき集め、どうにか平然として見えるように振る舞う。女性が顔を上げた。はっとするほど鮮やかな紫の目が、すぐに細くなる。
「ずいぶんと、ぎりぎりの到着ですね」
職員は短く言った。声には、はっきりと非難がにじんでいる。
「あと1分遅れていれば、来年の入学受付までお待ちいただくところでした」
「すみません」
エイミーはどうにか答えた。反省しているように見せながら、同時に、たかが43秒で何を偉そうに、と喉まで出かかった文句を飲み込む。
「その、道に迷ってしまって」
職員の目がさらに細まる。しかし次の瞬間、その視線がエイミーの隣に浮かぶ本へ移り、苛立ちは一気に興味へ変わった。
「アーティファクト?」
女性は身を乗り出し、触れないまま本を観察した。
「入学希望者が、すでにこのようなものを所持しているとは珍しいですね」
エイミーは、謎めいた有能そうな人物に見えるよう、必死に表情を取り繕った。どうか、何をしているのか全然分からないしストレスで吐きそうです、という顔にだけは見えませんように。
「この本が、私を見つけたんです」
あえて曖昧に答える。
「そうなのですか」
[ここまで謎めいた人物を演じる必要はありませんよ。このやり取りまで本文に載るとは思えません]
エイミーも同じことは考えていた。だが念のため、続けておきたい。それに、少し楽しくなってきていた。
職員の紫の目が、エイミーと本のあいだを行き来する。
「それで、そのアーティファクトには何ができるのですか?」
まずい。
エイミーは返答に詰まった。何を言えばいいのか分からない。本に自我があると言えば、余計な質問を山ほど招く。だからといって、普通の魔法道具だと言い張れば、実演を求められるかもしれない。まだ持ってもいない魔法を。
[ここは私が引き受けます]
本の声が、エイミーの頭の中で楽しげに響いた。
エイミーが答えるより早く、本が空中で小さく傾いた。琥珀色の表紙が淡い金の光を帯び、ページがぱらぱらと開く。そこへ、文字がひとりでに書き込まれていった。浮かび上がったのは、ついさっきエイミーたちが交わした会話だった。
職員の目がわずかに見開かれる。
「自動記録型の魔導書ですか?」
女性職員は本へ手を伸ばした。だが指先が触れる寸前、ページがばたんと閉じる。
[感謝してくれてもいいですよ]
本が、得意げに頭の中へ語りかけてきた。
職員のほうは、感心したように微笑んでいた。
「興味深いですね。このような品を見るのは何年ぶりでしょうか。学者の間でも希少なものです」
エイミーはゆっくり、意味ありげにうなずいた。
「……役には立ちます」
かなり不本意そうな言い方になった。
[今、ためらいました?]
「ええ、そうでしょうね」
女性職員は微笑み、それから改めてエイミーへ向き直った。
「お名前は?」
「エイミー・ステイクです」
職員は、星明かりを溶かしたようなインクに装飾的な羽ペンを浸し、羊皮紙へエイミーの名を書きつけた。インクが乾くにつれ、文字が淡く揺らめき、色を変えていく。
「推薦状はお持ちですか、エイミー?」
エイミーは首を横に振った。
「分かりました。では、あなたの特殊能力は?」
来た。ずっと恐れていた瞬間が、とうとう来てしまった。次の話は、いったいいつ公開されるわけ!?
もう言うしかない……。どうか、嘘発見器みたいなものがありませんように……。
「予見です」
職員の紫の目が見開かれた。羽ペンが途中で止まる。
「予見者?」
声には、はっきりと疑いが混じっていた。
「大きく出ましたね、お嬢さん。予見の才は、ガスパール家を除けば極めて珍しいものですよ」
「承知しています」
内心とは裏腹に、返した声は驚くほど落ち着いていた。
女性職員は羽ペンを置き、立ち上がった。
「よろしい。予見の才があると主張するなら、通常の試験では不十分です。より詳しく確認する必要があります」
あ、詰んだ……。
職員は脇の扉を示した。




