Ch12-Better than none./ゼロよりはまし(2)
漫画の場面は、開講式で友人たちと再会するクロウへと移った。夏休みに入ってから、彼らとはほとんど顔を合わせず、まともに話す機会もなかったらしい。アッシュは孤児院時代にクロウと経験した冒険を楽しげに語り、ライラは故郷から持ち帰った土産を恥ずかしそうに差し出す。レインはその隣に黙って立ち、時折、淡い笑みを浮かべていた。
そこへ、もう一人がコマの中に入ってくる。褐色の肌に、背が高く引き締まった体つき。堂々とした立ち姿の少女だ。
アイリス・ライト。エイミーは漫画で知っていた。作中にもたびたび登場する、クラスSの戦闘要員だ。
『今年も実家を生き延びたか?』
クロウが珍しく片頬を上げて尋ねる。
アイリスはふんと息を漏らし、編み込んだ髪を肩の向こうへ払った。
『かろうじてね。戻るまでに新しい武器を三つ習得しろって父に言われたわ。下位クラスを受け持つ教官の大半より、もう私のほうが上だっていうのに』
彼女の視線が一同を流れ、レインのところで少しだけ止まる。
『元気そうね、アークライト。休みのあいだ、大事なものを凍らせずに済んだ?』
レインの銀の瞳がちらりと揺れた。それが、親しげなからかいに対する唯一の反応だった。
会話はそのまま続いた。過去に共に危険を乗り越えてきた友人同士の、気安いやりとりだ。昨年のトーナメント、北部遺跡遠征、ブラックソーン橋での対峙。エイミーにも原作で見覚えのある出来事が、さりげなく話題に上っていく。
会話の途中で、アッシュが例の金髪の新入生との仲を何度かからかったため、クロウはだんだん苛立っていった。結局、彼はエイミーのこと、茶館での出会い、そして彼女について自分が知っている限りのことを仲間たちに話してしまう。
「いや、口軽っ。人のこと、そこまでべらべら喋るの普通にアウトって知らないわけ?」
エイミーは渋い顔でこぼした。
続く数ページでは、開講式がクロウの視点で描かれていた。中でも、エイミーが正式にクラスSの一員として紹介されたときの彼の反応に焦点が当たっている。作画では、広間を進む彼女をクロウの目が追っていた。その表情は、当初は疑念よりも思案に近い。
テキストボックスには、彼の内心が綴られていた。
予想どおり、クラスSか。ガスパール家の伝統に縛られない予見者候補。なら……
「やっぱり最初から私を利用する気だったんだ」
エイミーはつぶやいた。自分でも意外なほど、その事実に失望していた。
「主人公なら、もう少しこう……あるでしょ……」
[それは少し不公平では。彼は助けを求めていて、あなたはその助けを提供できる人物に見えたのです]
「あんた、あいつの広報か何か?」
エイミーは不満げに次のページをめくった。
話は続き、クロウが鍵の件でエイミーに接触し、取引を持ちかけようと決める場面から、エリンドラ学長の視線を感じ取ってその場を離れる場面までが描かれた。
その後は、退屈な講義と、ヴァルティやケインといった2年生たちとの再会。さらに、ザイドとの、どこか他人行儀で、ぎこちない挨拶。エイミーには、やはり二人の関係性がいまいち掴めなかった。
やがて1年生たちが到着し、授業が始まり、終わる。そしてクロウはようやくエイミーに近づき、取引の話をした。途中で彼の仲間たちが割って入り、クロウを少し苛立たせたものの、最終的には引き下がった。
続いて描かれたのは、エイミーが彼に協力すると決めたバルコニーでの会話だった。作画は、ライラの警戒、アッシュの好奇心、そして黙って観察するレインの様子をよく捉えていた。とりわけレインの目には、エイミーを値踏みするような慎重さがあった。
エイミーが「その鍵が開くものを見つけられる」と宣言したとき、コマの中のクロウは心から驚いたようだった。けれど、その驚きはすぐに計算するような色へと変わった。小さなテキストボックスが、彼の思考を示した。
はったりか。あるいは、本当にそれほどの力を持っているのか。どちらにせよ、すぐに分かる。
取引は続き、クロウは報酬を申し出る。けれどエイミーはそれを断り、代わりに、貸しを一つ求めた。その条件に、クロウは明らかに動揺していた。それでも最終的には受け入れる。会話が終わると、彼らはそれぞれの場所へ戻った。
そして場面が変わる直前、家路につくエイミーが1ページ丸ごと使って描かれていた。添えられていた台詞は、たった一つ。
『私に、止められるのかな……』
そこを読んだエイミーは、驚きを抑えきれずに声をあげた。
「私、めちゃくちゃ美人……!」
[……気にするところはそこですか?]
エイミーは咳払いし、当時自分が口にした台詞へと意識を戻した。
「作者がここを入れてくるとは思わなかった。でもこれ、危なくない?」
[なぜ危ないのですか? 意味が分かりません]
「素が出てるところを描かれたらどうするの?」
[その場合、読者に届く前に検閲します]
「そんなことできるの?」
エイミーは片眉を上げ、目を見開いた。
「なんで先に教えてくれなかったの?」
[あなたの素が作中人物の前で直接出ていない場面、またはそれに準ずる状況でしかできません。これまで伝えなかったのは、あなたがこの規則を悪用する嫌な予感がしたからです]
「そんなことするわけないでしょ!」
そう叫びながらも、エイミーはそれをどう有利に使えるか考えていた。
[申し訳ありませんが、あなたよりはピエロのほうを信用します]
「なんでピエロ……?」
[それより、まだ読み終えていない話があるのでは?]
エイミーは無言でリブリスを見た。なぜ比較対象がピエロなのか考え込んだものの、数秒で諦め、漫画へと意識を戻す。
場面は翌日の放課後へ移った。クロウと仲間たちがB棟の外で待っている。クロウは指先で黄金の鍵を転がし、視線をアカデミーの敷地へ巡らせていた。
ここは……どうも嫌な感じがする。
彼のモノローグにはそうあった。
前から、こんな感覚だったか? それとも、今の俺がこういうものに敏感になっただけか?
ほどなくしてエイミーが到着する。彼らは短く言葉を交わし、建物の中へ入った。
続くページでは、一行が手分けして捜索する様子が描かれた。とりわけ、エイミーからリブリスを受け取ったクロウが、困惑した表情を浮かべるコマが挟まれている。彼の頭の中では、彼女の意図を見極めようと、いくつもの考えが駆け巡っていた。
さらに、レインとエイミーが互いに視線を外さない、奇妙なにらみ合いも描かれていた。
レインの銀の瞳は、いつもの無表情のままエイミーの一挙手一投足を追っている。小さなテキストボックスが、彼女の思考を示した。
何かがおかしい。突然現れたこともそうだし……クロウが必要とした、まさにそのタイミングで、あまりにも都合よく現れたなんて。私が見ていないと。
不安が強まるにつれ、レインの指先にうっすら霜が浮くコマがあった。彼女の能力が無意識に現れる描写で、過去の話でも感情の揺れを示すために使われていたものだ。レインはすぐに拳を握り、誰にも気づかれる前に氷の結晶を散らした。
「なんで私に声をかけてきたのかと思ったら、そういうこと? ていうか私、何したらここまで警戒されるわけ……?」
[思い当たる節なら、いくらでも――]
「ねえ、その皮肉と妙な茶々、そろそろ飽きたんだけど。あんたの人格ってそれだけ?」
[ええ。実は、そうです]
「……」
エイミーはため息をついた。ここしばらく、ため息ばかりついている気がする。軽く頭を振り、再び漫画に目を戻した。
長い沈黙のあと、ようやく誰かが口を開いた。
『レイン、どうかしましたか?』
エイミーが単刀直入に尋ねる。
コマの中のレインはためらっていた。銀の瞳が一度だけ横へ逸れ、それからまたエイミーを見返す。彼女が口を開くと、吹き出しと文字はいつもより小さく描かれていた。声が小さいことを示しているのだ。
『……一緒に、行ってもいい……?』
その一言を口にするだけでも、かなり勇気が要ったようだった。
エイミーは少し考えるそぶりを見せ、それからただうなずいて歩き出した。レインがその後ろに続く。
漫画の視点は再び切り替わり、今度はクロウがあちこちを捜し回る場面になった。生徒たちにも話を聞いていたが、手がかりは得られない。
約束した10分が過ぎると、全員が戻ってきた。二人を除いて。
エイミーとレインだ。
アッシュは少しも気にしていなかった。むしろ、心配と焦りで落ち着かなくなり始めたライラを何度もなだめている。ライラの頭の中では、最悪の展開ばかりが膨らんでいるようだった。
一方、クロウはただ黙って本を見つめていた。表情は険しい。
なぜ、これを俺に渡したんだ?
彼は考える。
何かが起きると分かっていたのか……?
その不穏な言葉とともに、視点は最後のコマへと切り替わった。
エイミーとレインが、血まみれの生徒を見つめている。生徒は縄で拘束され、何らかの呪術によって臓器をつなぎ留められていた。
[第152話、終了]
エイミーはゆっくり息を吐いた。
「だいたい実際に起きたことどおりだね。クロウ視点で見ると……少し新鮮ではあるけど」
[第153話へ進みますか?]
エイミーがうなずくと、ページが再び変化し、次の話の扉絵が現れた。
今度はかなり動きのある構図だった。戦闘中のクロウが、歪んだ生徒の姿をした何かを剣で斬り裂いている。背景では、さらに多くの怪物が襲いかかり、混乱が広がっていた。下部の小さな差し込みコマには、闇に囲まれたエイミーとレインが描かれている。二人は見えない恐怖に立ち向かうように、決意を宿した表情をしていた。
「盛りすぎでしょ」
エイミーはそう言った。けれどその声に温度はなく、怯えの色がわずかに混じっていた。




