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Ch10- Sus./あやしい(2)

 エイミーは表情を変えず、何かを聞いているそぶりも一切見せなかった。


「話すと少し長くなるんですけど――」

[クロウが気づきました。あなたのコピーが私を無視した瞬間、おかしいと判断したようです。もちろん、それ自体はそこまで驚くことではありません。なんといっても主人公ですから]


 エイミーの心臓が一拍跳ねた。それでも平静を保ち、なぜ急にレインと行動を共にするようになったのか説明を続ける。話を振られるたび、レインは黙ってうなずくだけだった。


[問題はそのあとです。彼は三つ目の能力――生命体を探知できる、あの力を使いました。あなたたちのコピーから……何か、おかしな気配を拾ったんです。ただ、それだけでは決め手に欠けたようで。そこで彼が何をしたと思います? 人目につかない場所で、まずあなたのドッペルゲンガーを始末しました。真っ先にあなたの偽物を、です! あまりに迷いがなくて、笑いが止まりませんでしたよ。本当に、一切ためらいなしでした]


 顔が引きつるのを抑えるだけで、エイミーは意志力のすべてを使い果たしそうになった。信じられない思いで頭がいっぱいになり、浮かんだのはただ一言――


 は? ふざけんな!


 その衝撃を、微笑みの奥へどうにか押し込める。クロウが二人のコピーを排除してくれたのは、間違いなく朗報だ。助かったと言っていい。だからといって、真っ先に自分の偽物を迷いなく始末されたことに腹が立たないわけではない。


 本当に、ためらいゼロだったわけ……?


「そろそろ行った方がよさそうですね」エイミーは会話を自然に続けた。「このままだと授業に遅れてしまいます」


 怪物たちは互いに顔を見合わせた。その動きは、人間には決して真似できないほど、すべてぴたりと揃っている。それでも模倣は完璧だった。『アッシュ』が、本物とまったく同じ角度で肩を落として立つところまで再現している。


「分かったよ」


 『アッシュ』が芝居がかったため息をつく。


「今日は飯抜きか……」


 別れようとしたところで、『クロウ』がエイミーのそばへ近づいた。主人公の顔をした怪物が迫ってくる。エイミーは後ずさりしたい本能をねじ伏せた。


「本当にここで合っているのか?」


 声も口調も、クロウがいつも使う、あの斜に構えた調子そのものだった。


 エイミーは『クロウ』に向かってうなずき、表情を保った。


「はい。あなたが『君は……その鍵で開く先まで、俺たちを導けるということか……?』と聞いたとき、私は『おそらく』と答えたはずです」


 怪物は少し苛立ったように見えたが、結局はうなずくだけだった。


 エイミーはようやく息をつけるような思いで、レインと一緒にその場を離れる。二人の足音は、柔らかすぎる床にまた吸い込まれていった。


 それから数分、二人は無言で歩いた。一見すると適当に角を曲がっているだけだが、廊下は二人が目を離した隙に、わずかに形を変え、ずれていく。建物は道をたどれる程度には見慣れた構造を保っていた。だが細部に目を凝らしすぎると、その歪みのせいで頭が痛くなってくる。


[我らが物憂げな主人公様からの続報です]


リブリスの声が響いた。


[あなたたちのコピーを処理したあと、彼は二人を探しに出ました。そして、偽物の存在に最初に気づいた、亡くなった生徒の記録を見つけています。事態が深刻だと判断し、ライラはエリンドラ学長を呼びに行き、クロウとアッシュはさらに調査を続けています]

「つまり……今のところ順調ってこと?」


 エイミーは小声で尋ねた。


[順調すぎるくらいです。不気味なほどに。気をつけてください]


 人けのない廊下に出ると、エイミーは足を緩めた。目の奥に、覚えのある圧がじわじわと溜まっていく。クロウが現実世界で事態に対処していると、リブリスが確認してくれた。なら、こちらはこちらでやるべきことに集中できる。このナイトメアに閉じ込められた他の生徒たちを救うのだ。


「少しだけ、休ませてください」


 エイミーは壁にもたれながら、何気なく言った。声は軽かったが、レインへ向けた目には明確な意図がこもっていた。


 レインはうなずき、彼女のそばに立つ。


 エイミーは目を閉じた。息を整えているふりをしながら、実際には意識を内側へ集中させる。


 力を使う必要があった。


 目に見えない運命の糸をたどるための、あの奇妙な新しい能力だ。頭の中で目的を明確に定め、エイミーは集中する。


 閉じ込められた生徒たちへの道を示して。


 負荷はすぐに襲ってきた。本を読むのとも、記憶にアクセスするのとも違う。能力を使う感覚は、本来なら存在しないはずの、長く使われずに衰えきった筋肉を無理やり動かすようなものだった。


 目の奥の圧迫感が強まっていく。まるで、ナイトメアそのものが彼女の力に逆らっているかのような抵抗を感じた。


 お願い。一つでいい。何でもいいから。


 カメラのピントがゆっくり合っていくように、エイミーはそれを捉えた。


 ごくかすかな引力のようなもの。


 映像ではない。そこにあるべきではない何かを察知する感覚だった。


 廊下の先にある壁――


 負荷が耐えがたいものになっていく。頭の中の血管が締めつけられるようで、圧が鋭い痛みに変わった。それでもエイミーは、確証を得ようともう少しだけ踏み込んだ。


 すると、一瞬のイメージが流れ込む。


 そのロッカーの向こう側にある空洞――本来、存在するはずのない通路。


 目を開けると、鼻から温かい液体が伝っていた。


 血だ。


 エイミーは何食わぬ顔で、袖で鼻血を拭った。


 レインは血に気づき、わずかに目を細めた。銀の瞳が鋭く光ったが、彼女は何も言わない。何を考えているのか、エイミーには見当もつかなかった。


 エイミーはふらつきをこらえながら、壁から体を離した。


「この廊下をもう少し調べましょう」


 そう言って、能力が示した壁際のロッカーへ向かう。


 近づくにつれ、エイミーは廊下を調べているふりをしながら、実際には壁へ意識を向けた。近くで見ても、そこは完全に普通だった。能力が示した違いは、通常の知覚では見えない。


「この壁、ずいぶん古そうですね」


 エイミーは石壁に手を滑らせながら、さりげなく仕掛けを探った。


「いつ頃のものなんでしょう」


 レインはすぐに察し、彼女の近くへ寄って同じように壁を調べ始めた。


 エイミーの指が、壁の端にあるごく小さな違和感を拾った。石の表面にあるわずかな凹凸。何気なく触れただけでは気づけないほどの歪みだ。


 能力の導きは正しかった。


「見てください。校舎にこんな傷をつける生徒もいるみたいです」


 エイミーは壁についた適当な引っかき傷を指さし、そこへ注目している理由を作った。


 傷跡をなぞるふりをしながら、見つけた凹凸へかすかな力をかける。ほとんど聞き取れないほど小さく、カチリと音がした。


 隠し扉がほんの1ミリほど内側へ沈む。目に見えるほどではないが、エイミーの指先には確かに伝わった。


 レインは、廊下からエイミーの手元が見えないよう、さりげなく立ち位置を変えた。


 エイミーは平然としているように見せながら、隠し仕掛けの操作を続けた。能力を使った反動で手は震え、鼻血もまだほんの少し滲んでいる。それでも諦めず、力の導きに従って指を動かした。


 これ、普通に壊れ性能では……? そのうちナーフされるやつでしょ……?


[確かに、かなり壊れ性能に見えますね……読者好感度が十分に上がらないまま汎用性まで増したら、ナーフ案件になるかもしれません]

「……」


 こいつ、私の思考読んでない……?


 もう一度、小さくカチリと音がして、ロッカーの扉のロックが外れた。エイミーはゆっくりと扉を開ける。その向こうには、暗い通路が口を開けていた。


「面白いですね」


 隠し通路を見つけることなど日常茶飯事だと言わんばかりに、エイミーは平坦な声で言った。


「調べてみる価値はありそうです」


 レインはうなずいた。発見の重大さにもかかわらず、その顔には何の表情も浮かんでいない。


 道は見つけた。


 だが、エイミーが足を踏み入れようとしたその時、事態が一気に悪化した。扉の向こう側から何かが落ち、どさり、と鈍い音が響く。金属音の混じった、いやに大きな音だった。


 エイミーは凍りつき、レインと目を合わせた。数拍のあいだ、何も起こらない。


 やがて遠くのどこかから、何かが異様な速さで這い回る音が聞こえてきた。不自然にねじれた手足が、ありえない速度で床を這う音だ。


 廊下の反対側から、怪物の影が現れた。


 そして、二人と目が合う。


 束の間、誰も動かなかった。


 直後、レインがエイミーの腕をつかみ、通路の中へ引っ張った。もう芝居を続けている場合ではない。背後では這い回る音が大きくなり、カチカチと歯を鳴らすような不快な音が重なっていく。


「行って!」


 レインは鋭くささやき、ほとんど突き飛ばすようにしてエイミーを入口へ押し込んだ。続けざまに背後へ氷を放ち、全力で扉を閉める。


 扉が閉じる直前、レインはその姿を捉えた。


 黒く、いくつもの手足を持つ影。人ならざる速度で動くせいで、その姿はおぞましい残像のようにぶれている。


 ロッカーの扉は、最後に硬い金属音を響かせて閉じた。


 エイミーとレインは、ほぼ真っ暗な通路の中にいた。目の前には狭い道が伸びている。背後の壁の向こうからは、追手が爪を立てて引っかく音がすでに聞こえていた。


「走って!」


 レインがもう一度叫ぶ。


 二人は未知の暗闇へ向かって一気に駆け出した。追手の音を、ひとまず背後に置き去りにして。

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