Ch8- A cute voice./可愛い声(3)
原作漫画で、ザイドはあまりいい印象のキャラではなかった。完全な悪役でも、明確な敵役というほどでもない。けれど、時々その一線ぎりぎりまで踏み込んでくるタイプだった。だから、初めて話すときは、もう少し面倒なことになると思っていた。ところが実際は、驚くほど無難に終わった。
「ねえ、ザイドがアカデミーに記録されてる私の能力情報を全部把握して、ついでに私の過去までがっつり調べ上げてる可能性ってどのくらい?」
[99%です]
「……」
何を期待していたのか。教師の一人が、文字どおりザイドの叔父なのだ。プライバシーなんてあってないようなものだった。
けれど、ザイドのことは一旦置いておく。今はもっと重要な点に集中すべきだ。
「それより、私、レベル上がった?」
[はい。おめでとうございます。熟練度がレベル3に上昇しました。これで能力を使い始められる可能性があります]
エイミーはぱちりと瞬いた。期待と不安が同時にこみ上げてくる。レベル3。まだ高いとは言えない。けれど、こちらへ来てからずっと手探りで能力を扱っていたことを思えば、確かな前進だった。
「そっか。じゃあ、ステータス見せて」
リブリスはすぐには答えなかった。返事がないまま長い間が過ぎ、エイミーは眉をひそめた。「……リブリス?」
[現在、更新中です]
「更新中?」エイミーは繰り返した。
[現在、更新中です。このままでは、次の話が更新された際に、ステータスへあなたの能力を正しく反映できません。……少し、複雑なのです]
エイミーはぱちりと瞬いた。「どう複雑なの?」
[あなたの能力は、私でも簡単に解析できるものではありません。通常の魔法とは違い、一般的な法則に従っていないのです。ステータスの更新は進めていますが、その複雑な仕組みを処理するには時間がかかります]
それは予想外だった。「つまり、何? 私の能力、あんたにも解析できないくらい変すぎるってこと?」
[端的に言えば、そうです]
エイミーは納得できないまま、問い返した。「そんなにややこしいの? 前はその場でやってたじゃん。能力を手に入れた直後にぱぱっと」
リブリスの返答がわずかに遅れた。ごく短いものだったが、エイミーはその遅れに気づいた。やがて返ってきた声には、いつもの皮肉がなかった。
[……変わりました]
「どう変わったの?」
[以前より複雑になっています。そのため、更新には時間が必要です]
その言葉は冷たく、事務的で――どこか切り離されたように聞こえた。それなのに、妙に落ち着かない。そして、エイミーはもうひとつ気づいた。
声が変わっている。
また、あのロボットじみた声になっていた。
エイミーは息を呑んだ。ある可能性に思い至ったのだ。これまでリブリスの声が変わった場面を思い返す。唐突な声色の変化。不自然なほどの落ち着き。いつもの人間らしさが、すっと抜け落ちる感覚。
決まって、特定の場面で起きていた。
エイミーの唇に、気づいてしまったと言わんばかりの小さな笑みが浮かぶ。
「リブリス」
ゆっくりと口にする。
「もしかして……照れてる?」
長い沈黙が落ちた。
[……いいえ]
人工的な声のまま返ってきた。
エイミーの笑みが深くなる。「うそ、絶対照れてるじゃん」
[あなたは非合理的です]
エイミーはくすっと笑った。「え〜、なにそれ。ちょっと可愛いんだけど」
[……]
「じゃあ、ロボットみたいな声になってたのって、毎回、感情を隠そうとしてたから?」
また間が空いた。今度はさらに長い。
そして、あのロボット声が返ってきた。
[誤解です]
エイミーは片眉を上げた。口元にはまだ笑みが残っている。「へえ? じゃあ説明して」
[思うように機能できなかったことを恥じている……という点では、あなたの指摘どおりです]
エイミーはにやりとした。
[……ですが、今あなたが聞いているこの声は、感情を隠すために装っているものではありません]
「じゃあ何なの?」
返事のない時間が、じりじりと長引いていく。その間もリリエンヌ教授の講義は続いていたが、エイミーの耳にはまるで入らない。意識はリブリスに釘付けで、沈黙が続くほど、さっきまでの笑みも消えていった。
気のせいかもしれない。それでも、会話の空気が変わったことだけは、ほぼ間違いないように思えた。
何分も返事がないうちに、エイミーは質問したことを後悔し始めた。どんな事情にせよ、触れてはいけないところに踏み込んだらしい。
エイミーは謝ろうとして口を開いた。だが、その言葉が出るのとほとんど同時に、リブリスがようやく口を開いた。
[これが私の真の声です。私が作られたときから備わっていた声です]
エイミーは言葉もなく目を瞬かせた。
[この人工音声――この……抑揚のなさ。それが私の初期設定です。あなたが普段聞いている声も、その抑揚も、ユーモアも、人間らしさも、すべて私がコピーしたものです]
一拍置いて、リブリスは続けた。
[ですから、あなたの推測は間違っています。私の声が変わるのは、感情を隠すためではありません。むしろ逆です。私の内に組み込まれたシステムが、感情の一部を欠いていることを露わにしているのです]
エイミーは何と言えばいいのかわからなかった。その告白を飲み込むうちに、本を持つ指先に力がこもる。長い沈黙のあと、エイミーは息を吐き、頭に浮かんだ唯一のことを尋ねた。
「……あんたをそんなふうに作ったのは、女神なの?」
リブリスはすぐには答えなかった。それからまた、ロボットじみた声で返す。
[いいえ。女神は、私を救った方です]
エイミーは息を詰まらせた。手元の本を見つめ、今の言葉をどう受け止めればいいのか考える。「……救った?」ささやくような声で繰り返した。
[その通りです]
エイミーは顔をしかめた。意味がわからない。「あのクソ女神が? くだらない理由で私をこんな最悪な世界に放り込んだ張本人が?」疑いの色が声ににじむ。「本当に、いいことをしたって言うの?」
[それが事実です]
エイミーは舌打ちしたが、それ以上は追及しなかった。もっと深く掘り下げたい。答えを要求したい。そんな気持ちはある。けれど別の部分が、それはやめておけと警告していた。これ以上、気まずくしたくなかった。
代わりに、小さく息を吐いて椅子にもたれる。「どっちにしろ、これだけは言っとく。あんたは好きな話し方をすればいい。使いたい声を使いなよ。私は気にしないから。その声も……聞いてるうちになんか可愛く思えてきたし」
少しの間を置いて、リブリスが答えた。
[その配慮には感謝します。ですが、私はこれまでどおり、いつもの皮肉っぽい口調で話します……それと、この会話はお互い、なかったことにしましょう]
エイミーは片眉を上げたが、何も言わずに頷いた。「わかった」
そうしてようやく、エイミーは教室の前方へ意識を戻した。リリエンヌ教授は、何事もなかったかのように講義を続けていた。




