Ch8- A cute voice./可愛い声(2)
「さて、本日は」リリエンヌ教授が告げた。澄んだ旋律のような声が、広い教室にすっと行き渡る。「特殊能力のチャネリングを、実践面から学んでいきます」
エイミーは席に着き、鞄からリブリスとペンを取り出した。ノート代わりに書き込ませてほしいと頼み込み、長々と続いた反論と理屈の応酬の末、ようやく了承をもぎ取ったのだ。
「効果的なチャネリングの鍵は、自分の能力の性質、そしてそれがマジカルコア(魔力核)とどう結びついているかを理解することにあります」
リリエンヌ教授が手を振ると、教壇の中央にきらめく図が現れた。虹色に脈打つ、複雑な光の網だ。
「あなた方のマジカルコアは――」リリエンヌ教授は、図の中心にある明るい球を示した。「あらゆる力の源です。ですが特殊能力は――」
光が移ろい、コアから枝分かれする一本の道筋を形作る。
「――この源から、それぞれ独自の形で力を引き出します」
気づけば、エイミーはもう講義に飽きかけていた。特殊能力の使い方を教える授業で退屈しているなんて、普通ではない。自分の脳はどこかおかしいのではないか、とさえ思えてくる。
エイミーは軽く頬を叩き、集中しろと自分に言い聞かせた。これは役に立つはずだ。少なくとも、リブリスはそう言っていた。命が懸かっているのに、面倒くさがったせいで死ぬなんて笑えない。それに、授業自体が悪いわけではなかった。投影映像のようなものまで出てくるし、内容もかなりしっかりしている。問題はどう考えてもエイミー自身だった。
「本日は、二人一組で取り組んでもらいます」リリエンヌ教授の言葉に、ぼんやりしていたエイミーの意識が現実へ引き戻された。「2年生が1年生を導き、基本的なチャネリングの演習を行います。目的は能力を完全に発動させることではありません。能力がマジカルコアからどのように力を引き出しているのか、それを自覚することです」
ああ、神様……さっきの発言、撤回。この授業、最悪!
エイミーの中に、嫌な予感がどっと押し寄せた。グループワーク。人生の天敵である。
[うっかり誰かを燃やさないよう、お気をつけください]
「黙って」エイミーは小声で吐き捨てた。「そもそも能力のチャネリング方法なんて知らないし」
[その方法を教わるための演習でしょう]
エイミーが言い返す前に、リリエンヌ教授が組み合わせを読み上げ始めた。
「ステラ・ブライトヘイブンさんはアッシュ・ロックウッドさんと。アルバ・シルバームーンさんはライラ・ソーンフィールドさんと。タレン・ブラックウッドさんはクロウ・ソーンさんと……」
この流れでは、自分はほぼ間違いなく――。そう悟った途端、エイミーの気分は沈んだ。
「エイミー・ステイクさんはザイド・ガスパールさんと」
当然、クラス内の予見者二人を組ませるわけだ。筋は通っている。だからといって、エイミーが喜べるはずもなかった。あの不気味な叔父が、二人について意味ありげなことを口にしていたのも、まだ頭に引っかかっている。
まあ、まだマシか……リリエンヌ教授が組み合わせを決めてくれただけよかった。自分で相手を探せと言われていたら、気まずいことになるのは目に見えていた。
エイミーは教室の向こう側へ目をやった。
黒髪の少年は一人で席に座っていた。無表情のまま、手元の古びた本を閉じる。顔を上げた彼と目が合った。ほんの一瞬だったのに、妙に居心地が悪い。それから彼は立ち上がり、こちらへ歩いてくる。
[今日はずいぶん面白い展開になってきましたね]
「面白いどころか、面倒でしかないんだけど……」エイミーは、優雅で無駄のない足取りで近づいてくるザイドを見ながらつぶやいた。
ザイドはエイミーの机の前で足を止めた。人を落ち着かなくさせる琥珀色の瞳を、彼女へ向ける。
「エイミー・ステイク」声は柔らかいが、はっきりしていた。「どうやら、君と組むことになったようだ」
エイミーは当たり障りのない表情を貼りつけた。「そうみたいですね」
ザイドは読めない顔のまま隣の席に座り、手にしていた本を小さな音を立てて机へ置いた。エイミーには、彼の探るような視線が妙に重く感じられた。それでも、気づかないふりを押し通した。
リリエンヌ教授が両手を打ち合わせると、頭上のきらめく図が再び形を変えた。今度は組になった生徒同士を結ぶ、繊細な線を形作っている。エイミーは、淡い金色に光る細い糸が自分とザイドの間に伸びるのを、つい目で追った。
「1年生は目を閉じてください。2年生は、相手の手首のすぐ上に手をかざして。優しくですよ。これはエネルギーの流れを感じるためのもので、無理に引き出すものではありません」
エイミーはわずかにためらい、それから目を閉じた。隣でザイドが動く気配がする。続いて、肌に触れない距離に、ほのかな温もりが生まれた。
「では、1年生は意識を内側へ向けてください」リリエンヌ教授が続ける。「あなた方のマジカルコアは、常にそこにあり、絶えず動いています。自分の能力がそのどこにつながっているのか、感じ取ってみてください」
エイミーは少し顔をしかめつつも、言われたとおりにした。変な感覚だった。魔法は確かに自分の中にある――手に入れたのはつい先日のことだけれど――。しかし、本当の意味でそれを感じようとしたことは一度もなかった。
[なんともロマンチックですね]
リブリスの声が思考に割り込み、エイミーの肩がぴくりと跳ねた。
「集中して」ザイドが静かに言った。
反射的にムッとしたが、エイミーはゆっくり息を整え、邪魔になるものを意識の外へ追いやろうとした。リブリスの役に立たない茶々。ザイドの存在感。周囲の生徒たちの小さなざわめき。意識を内へ向け、リリエンヌ教授が言う「マジカルコア」らしきものを探る。何でもいい。何か、それらしいものを。
最初にあったのは、いつもの思考のざわめきだけだった。けれど、やがて――
一瞬の明滅。意識の届くぎりぎりの向こうで、何かが脈打った。形あるものではない。水面下を走る流れのようで、意識を向けても手の届かないところへずれていく。
奇妙で、つかみどころがない。つかもうとした途端、指の間を抜ける霧のように逃げていった。
「……ふむ」
ザイドの小さな声に、エイミーは片目を開けた。彼の視線はこちらに向けられている。手は相変わらず彼女の手首のすぐ上にかざされ、指先は静かで力みがない。普通に相手の様子を見ている目ではなかった。演習に参加するというより、エイミーの反応を分析しているように見える。
「どうかしましたか?」警戒心が声に出ないよう抑えながら尋ねる。
「今、肩が跳ねた」
エイミーはきょとんとした。そうだっただろうか。自分ではまったく気づかなかった。
「感じ取れたか?」ザイドの声からは感情が読めない。
エイミーは一拍置いて、ぼそりと答えた。「たぶん、感じました」
リリエンヌ教授へ視線を向ける。彼女はまだ組の間を歩きながら、穏やかな表情で様子を見守っていた。
ザイドは、何かを自分の中で確かめるように頷いた。「もう一度。だが、追うな。向こうから来るのを待て」
エイミーはひとつ息をついて、もう一度目を閉じた。今度は魔力をつかもうとしない。ただ、その流れを見守るようにした。
脈打つ感覚は、まだそこにあった。けれど追うのをやめると、さっきよりはっきりわかった。温かい。一定の鼓動ではなく、予測できない波のように動いている。皮膚の下で潮のように満ち、引いていく。
そこに――別の何かがあった。空気よりもさらに軽い糸が、その感覚につながっている。自分のものではない。
ザイドのもの?
[熟練度がレベル3に上昇しました。おめでとうございます。これで多少は能力を使えるかもしれません]
エイミーはぱっと目を開いた。二人の間に伸びる金色の魔力の糸が、ほんの少し明るさを増していた。ザイドはまだエイミーを見ている。表情は落ち着いているが、その琥珀色の瞳に、何かがよぎった。
「感じたな」
問いかけではなかった。
エイミーは答えなかった。自分たちの魔力が互いに反応したらしいことを、素直に喜べる気分ではない。不可解だし、ザイドの家のことを考えると――あまり気持ちのいいものでもなかった。
リリエンヌ教授が手を打った。「はい、そこまで。1年生は、今経験したことを少し振り返ってください。2年生は接続を解いて構いません」
ザイドが手を引くと、エイミーの手首の近くにあった温もりが消えた。
ザイドはエイミーをしばらく見てから、小さく頷いた。「悪くない」それだけ言うと、自分の本を取り上げ、席へ戻っていった。
[拍子抜けですね]
エイミーはリブリスを見た。そして意外にも、自分も同感だと思った。




