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Ch1- A mistake./ミステイク(3)

 エイミーの血の気が引いた。さっきから頭の奥にちらついていた単語が、とうとう思考を塗りつぶす。


 異世界転移。


 ありえない。馬鹿げてる。こんなこと、起こるわけがない。よりによって『クエスト・フォー・アヴァロン』? バッドエンドと悲劇の詰め合わせみたいな、あの物語に?


 冗談じゃない。


 金の糸がさらに締まり、エイミーの体を持ち上げた。足元の世界が迫るにつれ、風がごうごうと唸る。


「待って、待って、いったんストップ!」


 エイミーは金の糸に逆らって暴れながら叫んだ。


「こんなの不公平でしょ! 私はただのレビュアーで、別に何も――」

「あなたのような批評家は、自分が厳しく裁いた世界を、自らの足で歩いてみるべきです。そうすれば、自分の言葉が何をもたらすのか、少しは理解できるかもしれません」

「いや、人が死ぬじゃん、この話! しかも最悪の死に方で! アッシュのこと覚えてないの!? 生きたままネズミに食われたやつ!」


 恐怖で、エイミーの声が裏返った。


「本気で私をあそこに送るつもり!?」

「登場人物の運命を気にしているのですね。彼らの死には何も感じなかったと言っていたわりに、ずいぶん鮮明に覚えているようですが」

「いや、そ、それは――」


 女神は首を振り、エイミーの顎から手を離した。


「なんと哀れで、不遜な生き物でしょう。これから自分がどれほど苦しむのか知っていたなら、その口は今ごろ百万回でも謝罪していたはずです。ですが、幸運でしたね。私にも慈悲がないわけではありません」


 エイミーは顔を上げた。瞳にかすかな希望が宿る。


「じゃあ……送らないの?」


 女神は笑った。


「いいえ。もちろん送ります」


 エイミーの顔から希望が消えた。


「ですが」


 女神は続けて、優雅に一本の指を立てる。


「『クエスト・フォー・アヴァロン』のどの登場人物も持たなかったものを、あなたに与えましょう」


 女神は滑らかな動作で手を伸ばし、エイミーの額に手のひらを押し当てた。熱い蜂蜜を血管へ直接流し込まれたような温もりが、全身へ広がっていく。


「希望」


 女神が囁く。


「あなたを支持する者が増えるほど、強くなる力です」

「……意味が分からないんだけど」


「仕組みは単純です」


 女神は獲物を品定めするように、エイミーの周りを歩いた。


「あなたがどんな特殊能力を得るのか。その力がどれほど強くなるのか。そして、この世界で生き残れるかどうか。すべては、あなたが読者にどれだけ好かれるか、そして読者があなたにどんな力があると信じるかで決まります」


「読者?」


 エイミーは言葉につまった。


「何の読者?」

「『クエスト・フォー・アヴァロン』は、あなたの世界では創作物です。つまり、読者がいる。あなたがあの世界へ足を踏み入れた瞬間、あなた自身も物語の一部となり、その行動も読者の目に触れることになります。読者が『エイミーにはこういう力がある』と信じれば、その力は実際にあなたのものになる。読者に好かれるほど、力はさらに強くなる」


 女神の瞳に、かすかな愉悦の色が宿った。


「そして、嫌われれば……どうなるかは、言わずとも分かるでしょう?」


 エイミーはごくりと唾を飲み込んだ。


「つまり私は……読者たちに好かれなきゃいけないってわけ……?」

「その通りです」


 エイミーは不満げに問い返した。


「なんで私がこんな目に遭うの? 不公平でしょ……」

「ええ。不公平です。ネット荒らしへの罰としては、まったく釣り合っていません」


 女神は穏やかに微笑んだ。


「ですが、皮肉としてはよくできているでしょう? 残酷で辛辣な言葉で名を上げてきたあなたが、今度は愛されることを学ばなければならない。あなたほど悪意に満ちた生き物には、これ以上ない試練となるでしょう」


 失礼すぎる……。


「もうひとつ、エイミー・ステイク。あなたも誰よりよく知っているはずです。『クエスト・フォー・アヴァロン』は悲劇です。どの道も悲しみに至り、英雄はみな倒れ、恋物語はすべて涙で終わる」

「そうだね、だからゴミなんじゃん」


 エイミーはぼそりと呟き、女神に睨まれた途端、慌てて口をつぐんだ。


「あなたに課す試練はひとつ。結末を変えなさい。悲劇を勝利へ変える道を見つけるのです」


女神が顔を近づける。


「それを成し遂げれば、あなたを元の世界へ帰してあげましょう」

「うそ、本当に?」


 エイミーの声は震えていた。


「もちろんです」

「本当に? ちゃんと帰してくれる?」

「そう言ったでしょう」

「本当の本当? 神に誓える?」

「ええ! 帰すと言ったでしょう、人間。何度も同じことを聞くのはやめなさい!」


 エイミーの手足に巻きついた金の糸が、さらにきつく食い込んだ。足元の世界がどんどん大きくなる。


「いや、待って! まだ準備できてないってば! 話だって全部知ってるわけじゃないし、大半は山場だけ適当に流し読みしただけなんだけど!」


 エイミーは無駄と分かっていながら暴れた。


「あのレビューだって、数字稼ぐために書いただけだから! ね、お願い!」


 女神は小首をかしげた。


「ならば、なおさらこの教訓が必要なのでしょう――」


 そう言って笑みを浮かべると、その瞳が黄金に輝き始める。


「学び、成長しなさい、エイミー。自分の罪と向き合えるようになったとき、あなたはようやく休息を得るでしょう。それが死によるものか、自ら命を絶つことによるものか、あるいは勝利によるものか。どの道を選ぼうと、私には関係ありません。ただ、せいぜい私を退屈させない道を選びなさい。そうでなければ……この馬鹿げた茶番は、本当にただの時間の無駄になってしまいますから」


 その最後の言葉を口にするうちに、女神の表情は変わっていった。微笑みが消え、何の感情も浮かばない顔になる。まるで、先ほどまでの感情をすべて削ぎ落としてしまったかのようだった。


 やがて女神が手首を返す。


 金の糸がぷつりと切れた。


 エイミーは眼下の世界へ落ちていく。耳元で風が唸り、悲鳴は世界と世界の狭間へ吸い込まれて消えた。


 最後に見えたのは、女神の顔だった。そこにはもう、何の表情もなかった。つい先ほどまで見せていた感情は消え去り、ただ空白だけが残っている。それでも瞳の奥には、なぜかまだ何かが見えた。……希望に似た、何かが。


 そして、闇がふたたび彼女を丸ごと呑み込んだ。


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