Ch7- The red looming on the horizon./迫る赤の兆し(2)
エイミーは長いため息をつき、何でもないような表情を取り繕った。
クロウは適度な距離を空けて立ち止まった。黒い瞳が、エイミーを見定めるように注がれる。「エイミー」彼はその名を、一音ずつ確かめるように口にした。「君とは、まだ話の続きが残っていると思う」
エイミーは眉を上げ、平然と応じた。「この前の取引の話ですか?」
「ああ」彼の視線が、部屋の中を一瞬だけ巡る。「だが、ここでは話しづらい。あの扉の先にバルコニーがある」クロウは、吊るされた蔦の幕に半ば隠れたガラス扉のほうへ顎を向けた。「そちらのほうが人目につきにくい」
エイミーは軽く肩をすくめた。「案内してください」
「待った、クロウ!」アッシュが小走りでやってきた。金色の瞳が好奇心に輝いている。「ちゃんと紹介してくれないのか?」
クロウはそっけない目を向けた。「しない」
「冷たいなあ!」アッシュはにかっと笑い、当然のように彼らの横へ並ぶ。「いいだろ? 俺も後輩と話してみたいんだよ」
クロウはため息をついたが、それ以上は何も言わなかった。クロウ語に直すなら、『好きにしろ』に近い意味なのだろう。
アッシュは、人懐っこい笑みをエイミーへ向けた。「やあ、やっと会えたね。俺はアッシュウィン。みんなからはアッシュって呼ばれてる」
エイミーが返事をする前に、さらに二人が一行に加わった。特徴的な赤褐色の巻き毛を揺らしながら、ライラがレインの手を引いて前へ連れ出す。
「これで待ち伏せは完成か」クロウが乾いた声で言った。
「アカデミー内で、アカデミーに関わる話をするだけでしょ。待ち伏せでも何でもないわ」ライラがぴしゃりと返す。エイミーへ向けられた視線には、隠しきれていない疑念がにじんでいた。「はじめまして。私はライラ、こっちはレイン。よろしくね」
レインは、何の感情も読み取れない顔で小さくうなずいた。もし彼女が、数語つぶやくだけでも大仕事なくらい内気だと知らなければ、エイミーはその美貌と冷たい空気に気圧されていたかもしれない。
「エイミーです」エイミーは感情を抑えた笑みを浮かべた。「こちらこそ、よろしくお願いします」
[『主人公一行とは適切な距離を取る』と言っていましたね。それを自分で選べると思っていたあたり、なかなか笑えます]
エイミーは鞄を叩きたい衝動をこらえた。
クロウに導かれ、彼らはガラス扉を抜けて広い石造りのバルコニーへ出た。午後の日差しがバルコニーに長い影を落とし、穏やかな風が見知らぬ花の香りを運んでくる。ここからは、アカデミーの広大な敷地が見渡せた。見ているそばから色を変える植物の庭園。上級生たちが戦闘技術を磨いている訓練場。そして遠くには、天文観測所の輝くドーム。
疲れ切って腹が立っていなければ、きっと綺麗だと思えただろう。
クロウは石の手すりにもたれかかった。一見、気楽そうな姿勢だった。背後では、アッシュが危なっかしいほど無造作に欄干へ腰かけている。ライラは腕を組んで扉の近くに立ち、レインはその隣に無言で控えていた。銀色の瞳はすべてを観察しているのに、何一つ感情を明かさない。
「これはまた、ずいぶん面白い状況ですね」エイミーは内心では警戒しつつも、余裕のある立ち姿を装った。「四対一ですし、少し心配したほうがいいでしょうか?」
アッシュが笑った。「脅すつもりならアイリスを連れてくるよ。あいつが一番怖いから」
「アッシュ」クロウの声には、軽い警告がにじんでいた。
「何だよ。ただ仲よくしようとしてるだけだって」アッシュは笑みを崩さず肩をすくめる。「それに、新入りの言うこともわかるだろ。これじゃ昼飯を巻き上げようとしてるみたいに見える」
クロウは気まずそうに頭をかき、咳払いした。「ただ、話が外に漏れないようにしたかっただけだ。話す内容が……慎重に扱うべきものだから」
エイミーは眉を上げた。「では、聞かせてください」嫌な予感が、じわりと広がった。
彼が何を求めているのか、心当たりはあった。自分が予見者だと認識されたことで、すでに多くのことが変わってしまっている。だとすれば、彼がここに来た理由にも見当はつく。そしてエイミーはそれが気に入らなかった。悪いことだからではない。それが意味するもののせいだ。
ライラが一歩前に出る。茶色の瞳が細められた。「彼が話を進める前に聞かせて。あなたは何者なの? 気を悪くしないでほしいけど、これっていくら何でも偶然が重なりすぎていない? 茶館でたまたまクロウに出会って、そのうえ都合よくクラスSに合格した。ちょうど私たちが、あなたみたいな能力を持つ人を必要としている時期に」
「ライラ」クロウがため息をつく。
「いや、もっともな疑問だよ」アッシュが割って入った。いつもの笑みは消え、顔つきは真剣になっている。「ライラの言うとおり、エイミーを責めたいわけじゃない。ただ、君は疑われても仕方ない立場にいるってことはわかってほしい」
[まあ、妥当ですね]
蒔いた種は自分で刈り取れってことか……。ミステリアス路線なんかやめて、脳みそ空っぽの後輩キャラでいけばよかった……。
「どう答えれば納得してもらえるのか、私にはわかりません」エイミーは、わざと困った顔をした。「私の名前はエイミー・ステイク。あなたたちと同じように、試験を通過してクラスSに入りました。私の能力が必要という話については……」そこで一拍置き、薄く笑みを浮かべる。「もしかして、私の予見のことを言っているんでしょうか?」
アッシュは目を丸くした。「え、言っちゃうんだ? そんなあっさり? 少しくらい否定するとか、意味深に匂わせるとかすると思ってた」
エイミーは落ち着いて彼を見返した。「もう知っていたでしょう。否定しても、全員の時間を無駄にするだけですから」
ライラの疑念は、さらに深まったようだった。「ろくに知らない相手に、そんな簡単に認めるの?」
エイミーは肩をすくめる。「できるだけ隠しておきたいだけで、必ずしも秘密というわけでもないので。どうしても誰にも知られたくなかったなら、そもそもこの会話は成立していないでしょう」
「みんな、本題に集中しよう」クロウの声が、張り詰めた空気を断ち切った。
彼はポケットに手を入れ、黒い布に包まれた小さなものを取り出した。慎重に布をほどく。午後の日差しの中で、黄金の鍵がきらりと輝いた。
やっぱり、それか。最悪……。




