Ch6- Gaspards./ガスパール家(2)
エイミーは姿勢を正し、ステラに詫びるような視線を送った。
「行かないと」
「がんばって」
タレンに割り込まれたせいでまだ動揺しているのか、ステラが囁く。
「ありがとう」
ヴァンハイム教授へ向かって歩き出すと、背後でステラがタレンに向き直る気配がした。けれど重い扉が閉まってしまい、その先の言葉までは聞き取れなかった。
ヴァンハイム教授は、精霊の印が刻まれた扉を示し、エイミーについてくるよう促した。ほかの扉が明るい部屋へと開いていたのに対し、この扉の先には、薄暗く細い廊下が続いていた。
「こちらだ、ミス・ステイク」彼の口調は簡潔で、事務的だった。「君の査定はカエレン教授が行う。彼は予見術を専門としているからな」
エイミーは後についていった。廊下は空間の常識を無視するようにねじれていて、歩いているだけで少し目眩がする。
[空間操作ですね。なかなか見事です]
「……なんでこの世界って、何もかも無駄に変で大げさなの……?」
エイミーは小声でぼやいた。
[格好いいからです。それ以上の理由が必要ですか?]
やがて廊下は、天井に埋め込まれた結晶の淡い青色の光に照らされた円形の部屋へとつながった。先ほどまで案内された壮麗で威圧的な空間とは違い、この部屋はこぢんまりとしていて、むしろ簡素なまでに飾り気がない。中央には奇妙な印が刻まれた石の台が置かれている。壁際の棚には、さまざまなアーティファクトが並んでいた。水晶球、古い書物、そして液体の星明かりのように見えるものが入った容器。
カエレン教授は、すでにそこで待っていた。青い光を反射するのではなく吸い込んでいるような、あの不気味な黒い目でこちらを見ている。その隣にはリリエンヌ教授が立っていた。水のように流れる緑髪は、今は凝った編み込みにまとめられている。
「ミス・ステイク」
カエレンの声は柔らかい。けれど、その底にはエイミーの腕の産毛を逆立たせる何かがあった。
「予見者の間へようこそ」
エイミーはそれに応じて軽く頭を下げた。内心では自分の能力をどう見せるか必死に組み立てながら、表向きは落ち着きと自信を装う。
「当初、あなたの査定にはヴェリタスの鏡を使う予定でした」
カエレンは、部屋の奥の壁に立てかけられた見覚えのある装飾鏡を示した。入学登録時の試験でエイミーが目にした、あの鏡だ。
「ですが、入学試験の内容を詳しく見直したところ、別の方法の方がより……多くを明らかにできると判断しました」
「ヴェリタスの鏡? 具体的には何をするものなんですか?」
前回尋ねたときは、やけに丁寧な言い回しで遠回しに突っぱねられた。とはいえ、好奇心が消えたわけではない。
「少々複雑なものです」カエレンの唇が、面白がっているとも取れる形に動いた。「簡単に言えば、対象者の魔力に宿る本質――いわば真実を映します。多くの者にとっては……直視しづらいものですが。とはいえ、今日の本題はそれではありません」
彼は棚へ向かい、銀の象嵌が施された小さな木箱を取り出した。蓋を開けると、中には滑らかな黒い石が螺旋状に並んでいる。
「ネクサス・ストーンです」
エイミーの視線に気づいたリリエンヌ教授が説明した。
「時間の乱れと予見の力に反応します。予見者の能力を測るには最適ですね。ただし、それはもう、とても、とても高価ですけれど」
カエレンは箱を石の台に置き、エイミーへ向き直った。
「あなたの入学試験の記録によると、あなたの能力は収束点――選択が意味を持つ瞬間――を見通し、さらに時間に縛られない兆しを辿りながら、選択の先へ進む道を見定めるものだとされています。相違ありませんか?」
エイミーは頷いた。頭の中で、ここまで練り上げてきた『能力設定』をもう一度なぞる。
「あなたは実に興味深い存在ですね、エイミー」
カエレンは低くつぶやいた。黒い目が、微動だにせず彼女を捉えている。
うわ、マジで無理。この人、気味悪すぎる……。
カエレンはリリエンヌ教授と視線を交わしてから、またエイミーに向き直った。
「では、台の前へどうぞ」
エイミーは前へ出た。心臓はうるさいほど跳ねているが、呼吸だけは乱さないようにする。
「箱の両側に手を置いてください」カエレンが指示する。「そして目を閉じ、自分の能力に意識を向けてみてください。石に集中するのです。あなたの予見の力を導く助けになるでしょう」
エイミーは言われたとおり、冷たい石の台に、木箱を挟むように両手のひらをぴたりと伏せた。目を閉じると、集中しているふりをしている自分が少し馬鹿みたいに思えた。
で、ここからどうすればいいわけ? 演技する?
[自分の内側を見てください。あなたがまだ理解していないだけで、力はそこにあります]
エイミーはため息をこらえ、頭の中を空っぽにしようとした。昨日はあれだけ試して何ひとつできなかったのだから、今さら何か起きるとも思えない。
だが予想に反して、両手から台へとぬくもりがじわりと伝わっていく。まるで石が、彼女から何かを引き出しているようだった。
「これは……面白い」
カエレンの声が、遠くから聞こえる。
「続けて」
感覚が強まっていく。最初はかすかな引力のようだったものが、次第に強く、抗いがたいものへと変わっていった。目の奥に奇妙な圧が溜まる。痛くはない。ただ、視野の外にあるものへ無理やり焦点を合わせようとしているようで、ひどく感覚が狂う。
「何が見えますか?」
リリエンヌ教授の声は、水の中から届くようにくぐもっていた。
「私は……」
エイミーはためらった。何かでっち上げるべきか、それとも何も見えないと認めるべきか、判断できなかった。
そのときだった。
閉じたまぶたの裏の暗闇が、揺らいだ。
細い光の筋が芽吹くように伸び、枝分かれし、絡み合っていく。やがてそれは、巨大でまばゆい網のような形を成した。交差する点は、そこをつなぐ線よりも明るく輝き、可能性を孕んで脈打っている。
「……つながりが、見えます」
気づけば、エイミーはそう口にしていた。自分の声なのに、どこか遠くから聞こえる。
「特定の糸を辿れますか?」
カエレンが促す。
エイミーは、光る交点の一つへ意識を向けようとした。途端に、こめかみを鋭い痛みが貫く。けれど、それに応えるように、一本の糸がいっそう明るくなった。
「できます」強まる圧に耐え、歯を食いしばって答える。「ですが……辿ろうとするだけで、かなり消耗します」
警戒よりも好奇心が勝ち、彼女はさらにその糸を辿ろうとした。目の奥の圧が痛みに変わりかけ、額に汗が浮く。
糸は別の結節点へ続いていた。そこは形を捉えるのも難しいほど眩しく燃えている。何か重大な意味を持つ場所だと、なぜかわかった。しかも、何かが切迫しているように感じる。けれど焦点を合わせようとした途端、頭の中で、ぱきんと音がしたかのように、そのつながりが断ち切れた。
エイミーは息を呑み、目を見開いた。石の台からよろめくように後ずさる。部屋がぐるりと回った。リリエンヌ教授が思いのほか強い力で支えてくれなければ、そのまま倒れていたかもしれない。
「大丈夫。無理をしないで」
リリエンヌ教授が囁く。
[能力:フェイツ・サイト(運命視)がレベル2に上昇しました]
本の声が、完全な機械音声となって頭の中に響いた。
エイミーは困惑して瞬いた。
レベル2? こんなあっさり……? 昨日は一晩中これをやろうとして、全然ダメだったのに……。




