Ch6- Gaspards./ガスパール家(1)
エリンドラ学長によるアカデミー案内は……とても勉強になった。
もっとも、その「勉強になった」が、アカデミーの敷地内で死ぬ方法を次から次へと思い知らされるという意味なら、だけど。
「……それからもちろん、東棟4階は立ち入り禁止です。時空転位を体験してみたい方は別ですが」
そう説明するエリンドラ学長の声は、妙に明るかった。つい今しがた、どう考えてもろくでもない末路をさらりと語った人物とは思えないほどに。
エイミーは1年生の集団から一定の距離を保ったまま、その後ろについていった。ほかの六人はそわそわと視線を交わし、学長の注意がそれたと思った隙に、こそこそ囁き合っている。
すでに、二人の女生徒がどこかぎこちなくエイミーに自己紹介を済ませていた。一人はアルバ。ふんわりした雰囲気のピンク髪の少女で、エイミーも漫画で見覚えがある。もう一人は漫画で見た覚えがない。名前はステラ。赤い髪に赤い瞳の少女で、アルバとはかなり親しいらしい。ほかの生徒たちの立ち居振る舞いを見れば、平民なのはこの二人だけだろうとわかる。入学早々、もう1年生の間にもグループらしきものができ始めている。その様子を眺めているのは、なんだか面白かった。
「王立魔術学院は、複数の次元面に同時に存在しています」歩きながら、エリンドラ学長が説明する。「皆さんが目にしているものは、より巨大な魔法構造体が物質世界に表れた一側面にすぎません」
新入生の一人――褐色の肌に、こめかみのあたりへ複雑な紋様を刻んだ長身の少年が手を上げた。
「学長、この学院自体に自我があるというのは本当ですか?」
エリンドラ学長の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
「厳密には違いますよ、タレンさん。もっとも、その点について異論を唱える者もいますけれど」
角を曲がると、廊下は七つの扉が並ぶ円形広間につながっていた。それぞれの扉には、異なる元素の印が刻まれている。
「ここが七元素の間です」学長はそう言った。「皆さんの実技訓練の多くは、ここで行われます」
彼女は扉を一つずつ指し示した。
「火。水。土。風。光。闇。そして精霊。各自の適性に関係なく、皆さんにはこの七つすべてを学んでもらいます」
エイミーは扉を見つめた。漫画で見覚えのある場所だ。それぞれの扉の向こうには、特定系統の魔力を集め、増幅するために設計された専用の訓練室がある。なかでも精霊の部屋は覚えていた。予見系の能力を持つ生徒たちが、何時間も瞑想に費やす場所だ。
案内はさらに続いた。訓練場、外観からは想像もつかないほど奥へ広がる図書館、上級生たちが勉強したり談笑したりしている共用スペース。その間、エイミーはずっとほかの1年生たちと距離を置き、会話に加わるよりも、ひとまず観察を優先していた。
「クラスSの生徒には、学院内の制限区域へ入る権限が与えられます」エリンドラ学長は、案内を続けながら説明した。「天文観測所、遺物庫、そして記録庫などですね。ただし――」
彼女はそこで言葉を切り、新入生たちを見渡した。
「――特権には、それに見合う責任が伴います。権限を乱用すれば、即座に謹慎処分となります」
[場を引き締めるのがお上手ですね]
肩掛け鞄の中から、本が囁いた。
「ちょっと黙って。今、話を聞いてるんだから」
エイミーは声を落としてつぶやく。
「何か言いましたか、ミス・ステイク?」
学長が、射抜くような視線をエイミーに向けた。
「いいえ、学長」
エイミーはすぐに背筋を伸ばして答えた。
学長はしばらく彼女を見ていたが、やがて何事もなかったかのように案内を再開した。
学院の常識外れな幾何構造の中を、何時間も歩き回ったように感じられた頃、一行はまた別の円形の部屋へ到着した。そこにも、異なる魔術記号が刻まれた七つの扉が並んでいる。部屋の中央には、厳格そうな禿頭の老人が立っていた。銀の混じったひげに、鋭い青い目。深紫のローブには、見るからに高価そうな宝飾品がいくつもあしらわれている。
「ああ、ヴァンハイム。時間どおりですね。では、この子たちを任せます」
エリンドラ学長はそう言ってから、生徒たちの方へ向き直った。
「1年生の皆さん、こちらはヴァンハイム教授です。皆さんの主任教官であり、クラスSの責任者でもあります。相応の敬意をもって接するように」
ああ、この人か。式典にいなかったの、なんでだろ。
「お預かりします、学長」
二人は互いに頷き合う。それを合図に、エリンドラ学長は今来た方向へ歩き去り、あっという間に視界から消えた。
「アカデミーへようこそ」ヴァンハイム教授が言った。低く、よく通る声だった。「私の指導下に入った以上、諸君には限界を超えてもらう。学期末までクラスSに残れない者もいるだろう。だが、乗り越えた者は、今の諸君にはまだ想像もつかない形で変わることになる」
[ずいぶん陽気なお方ですね]
本が茶々を入れた。
エイミーはまた黙らせたい衝動を抑え、無表情を保つことに集中した。
「ほかの主な担当教官も紹介しておく。式典で顔を合わせた、プロフェティック・アーツ(予言術)を専門とするカエレン教授。元素顕現を担当するリリエンヌ教授。そして戦闘応用を担当するドレイク教授だ」
まるで合図を受けたように、部屋を囲む三つの扉が同時に開き、紹介された教官たちが入ってきた。白髪に、底の知れない黒い目。あの不気味なカエレンだ。その隣を歩くのは、水のように揺らめく鮮やかな緑髪の小柄な女性。おそらくリリエンヌ教授だろう。三人目は、顔の半分を覆う火傷跡、狼の耳と尻尾、機械仕掛けの義手を持つ肩幅の広い男。彼がドレイク教授に違いない。
「これより、諸君の基礎能力を個別に査定する」ヴァンハイム教授が告げた。「この情報は、各自に適したカリキュラムを組むために用いる」
「でも、能力は秘密扱いだと――」
1年生の一人が口を開いた。猫耳の生えた細身の少年だった。
「本人が明かすことを選ばない限り、能力は機密扱いだ。そこは間違っていない」ヴァンハイム教授が言葉を遮った。「だが、教官が指導する力の性質を知らずに、適切な訓練を施せるはずもない。査定内容は機密とし、教員間でのみ共有される。そもそも、諸君は入学試験を受けている。こちらはすでに諸君の能力を把握しているのだ。覚えているな? 今回の目的は、その力をより詳しく知ることにある」
少年は少し気まずそうに黙り込んだ。
「では、一人ずつ査定を行う」ヴァンハイムは続けた。「呼ばれるまで、ほかの者はここで待機するように」
ヴァンハイム教授はローブのポケットから小さな水晶球を取り出し、ちらりと覗き込んだ。
「まずはアルバ・シルバームーンから始める」
さっきエイミーが目を留めていたピンク髪の少女が前へ出た。肩を目に見えて強張らせている。リリエンヌ教授は穏やかに微笑むと、七つある扉の一つ――光の印が刻まれた扉へと彼女を案内した。
「待っている間は、なるべく肩の力を抜くといい」残された生徒たちに、ドレイク教授が声をかけた。恐ろしげな見た目に反して、その声は驚くほど穏やかだった。「この査定は、合否をつける試験ではない。ただ情報を得るためのものだ」
1年生たちは不安そうに顔を見合わせたが、誰も何も言わなかった。エイミーは柱に寄りかかり、平然を装っていたが、頭の中では思考がめまぐるしく巡っていた。またしても、自分の能力をどう見せるべきか考えなければならない。
アルバが査定から戻るのを待っていると、先ほどアルバと一緒に自己紹介してきた赤髪の少女ステラが、人懐っこい笑みを浮かべて近づいてきた。
「こういう場所って、初めて?」ステラは豪奢な広間を見回しながら言った。「なんか、すごすぎて圧倒されるよね。今にも誰かが肩を叩いて、『すみません、手違いでした』って言いに来るんじゃないかって思っちゃう」
彼女は緊張気味に笑い、真紅の髪を一房、耳にかけた。
「ええ、夢を見ているみたいですね」
エイミーは慎重に返す。
ここでもミステリアスキャラを続けた方がいいのかな。それとも、もう普通に喋っていい……? 念のため続けておこう。キャラ崩壊なんて危ない橋は渡れないし。
「だよね!」ステラの目がぱっと明るくなる。「だって、時空転位? 複数の次元面? 私なんて、朝食に行く途中で迷わないようにするだけで精いっぱいなのに、変な魔法事故で死なないようにしろって言われても、頭が追いつかないよ」
エイミーは頷いた。
「学長の歓迎は、なかなか強烈でしたね」
「それでさ」ステラは声を落とし、少し身を乗り出した。「あなたの能力って何? 聞いても大丈夫ならだけど。ほら、私たち全員クラスSだし、ちょっと気になって」
エイミーがどう答えるべきか判断する前に、近くから別の声が割り込んだ。
「相応の家柄に生まれた魔術師なら、相手の能力を面と向かって尋ねるのがどれほど無作法か、教わっているものなんだが」
そう言ったのは、こめかみに紋様のある褐色の肌の少年、タレンだった。彼は人を見下すような薄笑いを浮かべ、こちらへ歩いてくる。
「家の資産や寝室の事情を聞くのと同じくらい、品のないことだよ。もっとも、平民には正しい礼儀などわからないのだろうけど」
ステラの顔が、髪の色に負けないくらい赤くなった。
「わ、私は、そんなつもりじゃ――」
「エイミー・ステイク」
扉の一つから戻ってきたヴァンハイム教授の声が、会話を断ち切った。後ろにはアルバが続いている。少しぼうっとしているが、怪我はなさそうだった。
「次は君だ」




