第8話 容赦のない女
約束の時間になり、研ぎ屋ジンまで戻ってきた。
いつの間にか扉に『店仕舞い』という看板と、ナイフが突き立てられていた。
俺らの後に来た人が、仕事の邪魔をしたって判断されたんだろうな。
申し訳ない、見ず知らずの人。
けどこれ、入っていいのか? 刃物とか、投げつけられたりしない?
一先ず、ルーフェンを見る。
同じことを思ったのか、同時に目が合った。
「……ディーレル、先入る?」
「レディーファーストで」
「ぐっ。学がないクセに変なことばかり覚えて」
学がないは余計だ。
「大体、ルーフェンが連れてきたんだろ……!?」
「ナイフ飛んできたらどうすんのよっ。男の子でしょ、守ってよ……!」
「ひ弱な運動不足男子舐めんなっ。一発であの世行きだわ……!」
ルーフェンと俺で背中を押し合う。
悪目立ちしようと関係ない。怖いものは怖いんです。
「あ、そうだっ。建物、建物に聞こうっ」
「そ、そうね。ナイスアイデアだわ」
今入っていいか予め聞けば、仕事の邪魔をしなくて済む。
もしまだ仕事中だったら、出直せばいい。
「よし……あのぉ──」
「じゃかあしぃわボケェ!! どこのどいつだ、俺ん家の前で騒ぐアホンダラはァ!!」
ヒェッ!?
思わずルーフェンと抱き合って飛び跳ねた。
けど、俺たちを見たジジイは直ぐに怒りを収め、ムスッとした顔になった。
「あ? あーなんだ、ルーフェンちゃんとガキンチョか。さっさと上がれ。出来てるぞ」
おい、このジジイの情緒どうなってんだ。
ルーフェンと顔を見合わせて、中に入る。
と……テーブルの上に、一際目を引く光沢を持ったナイフが、並べられていた。
「おぉっ……!? すっげぇ……!」
錆びが目立っていた刃が、鏡みたいに磨かれている。
汚れていた持ち手部分も、新品の木材に変わっていた。
同じナイフとは思えない。
まさに神業だ。
『いきかえったきぶんですなぁ』
『ぼくら、きれるないふゆえ~』
『びしばしきったるでー』
どことなく声も上擦っているように聞こえる。
そうかそうか。君たちも綺麗になって嬉しいんだな。
愛おしくなって見つめていると、ジジイが俺の顔を覗き込んできた。ちょ、何、近いんだが。
「な、なんすか……?」
「……ガキンチョ、刃物は好きか?」
……何、その質問。
けど、好きかどうか、か……。
「剣とか槍とかは怖いと思うし、料理人の使うナイフや包丁は綺麗だと思う。そこに好きっていう感情は……考えたこともない」
まあ、『会話』スキルを覚えてからは、広義で言えば、好きってことになる。
だって人間より話が通じるもの。
俺の解答に、ジジイは無言で黙る。正解なの? 不正解なの?
「……名前は?」
「え? お、俺の……?」
「他に誰がいんだ、バカタレ」
悪かったな、学が無いもんで。
「……ディーレルっす」
「ディーレルか。覚えておく」
戸棚にしまっていた用紙を手に取ると、サラサラと書き出した。
何を書いてんだろう……?
「ルーフェンちゃんから聞いた。ディーレル、お前さん商人になりたいんだって?」
げ、話したのかよ、ルーフェン。
ジト目を向けると、口笛を吹いて顔を背けられた。くそ、覚えてろよ。
「まあ、はい。そっすね」
「こいつは俺からの餞別だ。ナイフを料理人に売るなら、この紙を見せろ」
「は、はぁ……?」
ど、どゆこと?
訳も分からず、丸められた紙を受け取る。
頭にハテナが浮かんでいると、ルーフェンがパンッと手を叩いた。
「それじゃ、お会計しましょうか。ジンゴさん、いくら?」
「金貨10枚」
「「ぶーーーーっ!?」」
金貨!? 10枚!? いくらなんでも高すぎじゃない!?
ルーフェンも想定外だったのか、めちゃめちゃ慌ててるし!
まずいぞ、俺たちにそんな大金はない。
このままじゃ、殺されるんじゃ……!?
「と、言いたいところだが、今日は銀貨1枚でいい」
「……え? い、いいの、ジンゴさん?」
「ああ。ルーフェンちゃんの可愛さで割引。あと、久しぶりに、良い審美眼を持ったガキンチョを見れたことだしな。今時の若造にしては、いい目利きだ。誇れよ」
にやりと口角を上げるジジイ。
これ、スキルってこと言わない方が良さそうだ。言ったら、何を言われるかわかったもんじゃない。
「つー訳で、話しは終わりだな。ほれ、さっさと行け。俺の気が変わらん内にな」
「あ、ありがとう、ジンゴさん! ほら、ディーレルも……!」
「あ、あざっした!」
おまけで付けてくれた革の袋にナイフを入れ、頭を下げる。
ジジイは後ろを向いたまま手を振り、もう別の仕事に取り掛かっていた。
変なクソジジイかと思ったけど……なんだかんだ、面倒見のいい人なんだな。
店を出ると、ルーフェンは深く息を吐いて、めちゃくちゃほくほく顔になった。
「想定より、お金が超浮いたわ。やっぱり私の可愛さって、罪なのね」
「はいはい可愛い可愛い。それよりさ」
「それよりとか言うな」
だって見慣れてるし、こいつの顔面。
「このナイフ、どうやって売るんだ? いきなり料理人に会いに行って、買ってくれるもんか?」
「大丈夫よ。その為のジンゴさんの手紙なんじゃない」
これ? こんなものが役に立つなんて思わないけど……どうなることやら。
「とっ……研ぎ師ジンゴが手入れしたナイフ!? そ、そそそそそんな貴重な物を私の店に持ってきてくれたのかい!? い、いくらだ!? 銀貨50枚……いや80枚は出すよ!!」
嘘ん。
手紙を読んで、大興奮気味に鼻息を荒くする、町でも有名なレストランの総料理長。
即売れた。しかも超高額で。
が、しかし。額に納得していないのか、ルーフェンは少し前かがみになり、上目遣いで頭を下げた。
「もう少し上乗せ出来ませんか? あのジンゴさんが、他の予約を後回しにしてまで研いだ、最高級品ですよ?」
「ぐっ……き、金貨1枚……」
「私の可愛さを上乗せすると?」
「2枚! 金貨2枚でどうだ!」
「毎度あり~♪」
え……マジ? 古道具屋で銅貨3枚で売ってたボロナイフが、金貨2枚に化けたぞ。
金を受け取ったルーフェンは俺に振り返り、悪い顔で耳打ちしてきた。
「さ、あと4本……一体いくらになるのかしらね~」
「お前、容赦ないな……」
頼りになるけど……今日ほどこいつが怖いと思った日はないです、マジで。
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