51話 計画的犯行
「ァァァァアァァァァア!!! ぐぅぅ!!!」
頭蓋を直接叩き割られるような激痛とともに、脳内に雪崩れ込んできたのは――耐え難いほどの怒り、悲しみ、激痛、そして苦しみ。
それだけじゃない。信じたくない「情景」までもが、私の意識へと直接流れてくる。
「おかぁさん!! やめて! やめ―――おとぉさぁぁぁぁぁぁあん!!!」
焼き付いて離れない、故郷の凄惨な光景。
拷問、刺殺、撲殺、焼殺―――。
愛する父母が、村のみんなが、生きたまま肉体を刻まれ、絶望の叫びを上げながら死んでいく。その一つひとつの末期の苦痛が、アルマフィエルの共有意識を伝って、全て私一人の中にリアルタイムで流れ込んできた。
「いやぁぁぁぁぁっ! 見たくない! 見たくないよぉぉぉっ!!」
私は狂ったように自分の両目を爪で深く抉り、視界を潰した。
ボトボトと血が滴り落ち、両目の奥が焼き切れるような痛みに包まれる。
――なのに。
暗闇になんて、なるはずもなかった。
目なんて壊しても意味がない。この惨劇は、私の「目」で見ているんじゃない。私の中に息づく、死んでいく家族たちの「記憶」そのものが直接脳裏に焼き付いているんだ。
血の匂い。皮膚が焼ける臭い。助けを求める母の声。最後に私を呼んだ父の途切れ途切れの声。
「あ……あぁ……あ…………」
黒い魔力が、私の内側から暴風となって噴出し、空中神殿の大理石を粉々に砕いていく。
耳の奥で、アストの悲鳴のような叫び声も、シドやライトの呼ぶ声も、もう何も聞こえない。
壊れていく。私が、フィナという存在が、膨大すぎる「死」の濁流に飲み込まれて、消えていく。
涙と血でぐしゃぐしゃになった顔を歪め、私はもはや声にもならない掠れた悲鳴を漏らした。
「もう………………殺して………………っ」
そのまま黒い魔力の濁流へと沈んでいく。
アルマフィエルが…、、、、いや、これでいいんだ。もう「フィナ」なんて自我はいらない。
忘れていた。私は最初から、人間を殺し、国を滅ぼすために創られた破壊兵器だったんだ。
……もう、私の意思なんて、いらない。
意識の糸がぶつりと切れ、私は底のない暗闇へと消えていった。
「フィナァァァァア!!!」
「逃げろ! アスト、このままじゃ全員死ぬぞ!!」
俺――シドは、狂乱する黒い魔術の渦から間一髪でキツネ(アスト)を引き剥がし、崩落を始めた空中神殿の出口へ向かって全速力で走り出した。
「シドさん! どこまで逃げればいいんですか!? だってあれは……国一つを瞬時に消し飛ばす大魔法兵器『アルマフィエル』の暴走なんですよ!?」
「黙れライト! それでも逃げる以外に……って、チッ!」
崩れゆく大理石の瓦礫の中、視界の端に膝をつき、力なく項垂れるエリアノスの姿が映った。
黒幕の掌の上で狂わされ、全てを失って絶望に呑まれた哀れな少年。
「おい! エリアノス! あんたも早く立て! 逃げるぞ!」
「未来が……何も見えない。神眼が指し示す運命はもう……元には戻せないんだ……」
「クソッ!!」
追いつかない。アルマフィエルが真の姿を現し、内部の魔力を全開放して爆発すれば、この空中神殿はチリすら残らず蒸発する。逃げ切れるはずがない。もう......死ぬしか。
覚悟したその刹那――どこからか、澄んだ音が聞こえた。
絶望の風音を掻い潜り、優しく繊細な「音楽」が俺たちの耳へと届く。
「まさか…………タクト!?」
見上げると、黒い魔力が暴風となって旋回する中心、その真上へと一人の男が舞い降りていた。
「エリアノス様……そしてみなさん、私たちどもの手違いで……大変なご迷惑をおかけしました」
タクトは静かに目を閉じ、指揮棒を優雅に構えた。その表情には一切の迷いも、死への恐怖すらない。
「そしてシドさん。最後の戦いは、久しぶりに心から楽しかったですよ。……ではみなさん、お元気で」
次の瞬間――フィナの体が、眩い黒と銀の光とともに爆発した。
「くっ……!!」
大気を焼き尽くす圧倒的な熱量と衝撃波が、全てを飲み込んでいく。
俺は咄嗟に腕で顔を覆い、固く目を瞑った。
――――
――――――――
……静かだ。
凄まじい衝撃も、身体を切り刻む痛みも、何も来ない。
ただ、ほのかに暖かく、草の匂いを含んだ風が優しく頬を撫でていた。
そっと目を開けると――そこは、どこまでも続く地上の青々とした草原だった。
「ここは……地面……? 僕たち、生きてる……の……?」
ライトが力なく膝をつき、震える声で呟く。
空を見上げると、遥か上空にあったはずの空中神殿は影も形もなく、ただ澄み渡る青空が広がっていた。タクトが自らの全存在と音階魔法を賭して、アルマフィエルの爆発の爆発から、俺たちを地上へと逃がしたのだ。
「タクトの野郎……最期に格好つけやがって……」
俺は、下を向き苦々しく吐き捨てた。
だが、安堵の時間は一秒たりとも続かない。
「……フィナは……? フィナはどこだ!?」
アストが草原を狂ったように見回す。
俺たちの少し離れた場所に、緑髪の少年――エリアノスが、地面に伏せたまま虚ろな目で空を見つめていた。その傍らには、魔剣を握りしめたまま無言で佇むユーズの姿。
世界を巻き込む大惨事は回避された。
だが、旅人の悪意によって故郷を奪われ、心を壊された彼女の姿は――どこにも見当たらなかった。




