49話 旅人
全員が動かなくなる中、私は、何かが腑に落ちてしまった。
そうして口を開く。
「ねぇ……エリアノス。あなたは今から私が言おうとしてることも、わかるんでしょ?」
「もちろん……」
「『なら当ててみて』だろ?」
いちいち言葉を被せてきて、本当に嫌な奴だ。
「はぁ、因果とはややこしいな。君が話す未来を見てるからこそ、今僕が喋るという未来が見えている……。そうだな、神災フィナ……君は、君を旅へと誘った旅人について…………知りた……」
言葉の途中で、エリアノスの動きがピタリと止まった。
「どうしたの? そんな驚いた顔して」
なんとなく、エリアノスと戦っていて分かったことがある。それは――私が「未来を狂わせている原因」そのものではないということ。エリアノスの神眼は、数秒後を予測して映像を処理しているわけじゃない。最初から「すでに決まっている完璧な映像」を再生して見ているだけなんだ。
そして……それは根性や強い感情、ちょっとした魔法の力
なんかじゃ決して覆せないはずのもの。
「誰だ……」
エリアノスがガタガタと震え出した。金色の目を見開き、顔に手を当て、顎からポタポタと冷や汗が滴り落ちる。
「おい……フィナ、こいついきなりどうしちまったんだ!? 今なら攻撃が当たるんじゃないか!?」
シドが叫び、ユーズとライトが速射の体勢に入る。
「待って! エリアノスは……本当の敵なんかじゃないよ」
「おいフィナ……私ですら今の状況が理解できん。一体何が起きているんだ!?」
肩の上でアストが困惑の声を上げる。
「私……自分の意志だけで旅に出たわけじゃなかったんだわ。私は、あの時出会った『旅人』にもう一度会うために村を出た。ねぇ? エリアノス」
「誰だ……!!! 誰なんだお前は……!? お前の言う……その『旅人』とは、一体誰のことなんだ……!?」
エリアノスが絶叫した。
世界のすべてを記録し、すべての未来を見通してきたはずの『神録』の少年の視界(映像)に――その「旅人」という存在だけが、最初から何一つ映っていなかったのだから。
「もう……私をどれだけ観測しても、正解の未来は映らないよ」
「フィナ! どういうことだ……なぜ、ここで『旅人』が出てくる!?」
アストが耳元で困惑を露わにする。
「アストは、私が旅に出た理由を知ってるでしょ? ずっと考えてたの。これほど絶対的な力を持つ神眼の予測を、私程度が狂わせられるわけがないって。アルマフィエルにだって、世界の理そのものを壊すような力はないわ」
「……確かに辻褄が合わない。フィナ、私も密かにそう思っていた。お前の存在だけで運命が破綻するのはおかしいとな」
「そう……辻褄が合うとしたら、未来を壊している本当の原因は、多分……私の探している『旅人』だと思うの」
「じゃあなにか、フィナ……その旅人って奴が、最初から『神眼』の管理下から完全に外れてる規格外ってことかよ……!?」
シドが頭を抱え、急展開する事態のややこしさに呻き声を上げる。ライトもユーズも、二人の対話に息を呑んで固まっていた。
「これで……私たちを殺す理由はなくなったでしょ、エリアノス」
私が静かに問いかけると、俯いて震えていたエリアノスがゆっくりと顔を上げた。その表情からは先ほどまでの余裕が消え失せ、狂気じみた探究心が渦巻いている。
「おい……神災フィナ……。そいつの特徴を言え……! たとえ因果の糸に結びつかず、未来に映らなくとも、私は世界の観測者だ……! 全てを照らせば、視界という現実にだけは必ず映るはずだ……!!」
私は大きく息を深く吸い込み、あの日、私の世界を広げてくれた「彼」の面影を言葉に乗せて伝えた。
黒い外套、風に揺れる漆黒の髪、そしてどこか哀愁を帯びた佇まいの――エルフ。
「――よろしい」
次の瞬間、空中神殿の空気が凍りついた。
エリアノスが両手を天へと掲げると、彼の両眸から眩く不気味な金色の光が爆ぜた。
少女のように可憐だった少年の背後に、幾重もの巨大な「光の眼輪」が、空間を削り取りながら展開していく。
「万象を記録せし神の瞳よ――全世界を巡回し、因果の外なる影を捉えよ!!」
カチ、と世界中の時計が同時に止まったような錯覚。
エリアノスの開かれた両眼が、金色の光を放つだけの器官から、無数の文字や星々が高速で流れる「世界の観測窓」へと変貌する。
眼球の虹彩が幾重にも重なって回転し、レンズのように幾何学模様を描いて拡大していく。
ドクン、と空間が脈打つ。
空中神殿を覆う雲海が全方位へと一瞬で吹き飛び、空そのものが巨大な「目」となって世界を見下ろしているかのような錯覚。
彼がただ一瞥するだけで、東の果ての砂漠、西の深海、北の極寒の地、そして南の密林――この瞬間に生きる全人類、全生物の営みが、彼の脳内に膨大な情報流として雪崩れ込んでいく。
「見ろ……全てを見ろ……! 世界のあらゆる粒子を、過去から未来に至る全フレームを精査しろ……!!」
エリアノスの目から血の涙が零れ落ちる。神の領域を行使する代償すら無視し、彼は世界の「今」を、指名手配犯を探すように貪欲に舐め回す。
そして――数秒の無音が世界を支配した。
「やつを……発見した」
エリアノスの血の滲む金色の瞳が、一点を凝視したまま凍りつく。
旅人が……見つかった。
その一言が落ちた瞬間、胸の奥で熱いものが爆発しそうになった。私の旅の目的のゴールが、ついに見えた。たとえ彼が世界の理から外れたどんな人間だろうと関係ない。私に外の世界の広さを、旅の愛おしさを教えてくれた、私にこんな幸せな道を見せてくれた……彼に、もう一度会える。
「場所は!? エリアノス、旅人はどこにいるの!?」
私は黒い翼を大きく広げ、身を乗り出すようにしてエリアノスに詰め寄った。
「――オルトゥスの森……。お前の生家がある……その、小さな……村だ」
――――は?
オルトゥスの森……? 私の生まれた、あの村?
なんで……?
彼はあの時、旅立ってどこかへ行ったはずじゃ……。
どうして今、私の故郷にいるの……?
思考が真っ白に染まり、理解が追いつかない。
問い詰めようと口を開かけた――その刹那。
「――ガハッ……!?」
全身の骨が内部から一斉に砕け散るような、凄まじい激痛が私を襲った。
「フィナ―――っ!?」
アストの叫び声が、遠く聞こえる。
胸の奥、アルマフィエルの意識が存在する場所から、どす黒い魔力が制御を失って暴走し、内側から私の肉体を破裂させようと吹き荒れ始めた。
「ぐ、あぁぁぁぁぁっ……!!」
激痛と不快な浮遊感。
黒い魔力が私の体を包み込み、視界が真っ赤に染まっていく。
「何が……起きているんだ……!? フィナの体内で、アルマフィエルの共有意識が拒絶反応を起こして暴走している……!?」
アストの悲鳴のような解析と、シドやユーズが叫びながらこちらへ手を伸ばす姿が、歪む視界の中でゆっくりと遠ざかっていく。
「やつ…を………殺す」
そして私の意識は飛んでいった。




