48話 完全未来予測
「来い! 神災フィナ! 僕には全ての未来が見えている!」
高笑いをするエリアノスは、防御の姿勢すら取らず、大きく両手を広げていた。
これほど大きな隙を見せるのはそれだけの絶対的な自信があるからか。だが、アストが言っていた通り、私の存在によって彼の未来予測に狂いが生じているなら、私の未来も完全には見えていないはず。
「言葉通り、遠慮なく行かせてもらうわ!」
不定形――『黒装』――双剣
濃密な黒い魔力を練り上げ、両手に二本の黒剣を形成する。
背中の漆黒の翼を一はばたきさせ、一瞬でエリアノスの真上、頭上垂直の死角へと跳躍した。
速度を乗せたそのままの勢いで――一気に打ち下ろす!!
「上空からの切り落とし……だろう?」
エリアノスが私の動きに言葉を被せてきた。
読まれている! 全体的な未来予測が狂っていようと、この数秒先の直近の動きに関しては『神眼』の精度は完璧だ。
凄まじい斬撃の風切り音とともに振り抜いた刃は、エリアノスが寸前で体を半歩ずらしたことで空を切る。だが、私は最初から直撃だけを狙っていたわけじゃない。
斬り落とした二本の黒剣をそのまま手放すと同時に、翼を叩いて素早く後方へと跳躍。距離を取る。
不定形――『爆破』!!
手放し、エリアノスの至近距離に残された双剣の内部魔術を強制暴走させる。
高密度の黒い魔力が一気に膨張し、爆音とともに大爆風が炸裂した。白い大理石の床が砕け散り、激しい煙と衝撃波が空中神殿の庭園を駆け抜ける。
「君たちが何をしようと、結果は変わらない。……なぜ僕がこんなにも余裕そうにしているか、理由なんて簡単さ。僕は未来で、君たちに勝っているからだよ」
爆風の嵐の中、土煙を割って現れたエリアノスは、無傷のまま不気味に目を細めていた。彼の周りには、爆発の瞬間に展開されたであろう神聖な光の障壁がゆらりと揺らめいている。
「フィナ――下がれ!」
次の瞬間、ユーズが魔剣を地面に深く突き立てた。立ち込める煙と瓦礫を盾にし、影から滑り込むような奇襲を仕掛ける。
「どうした? ストックしたアンチマジックの術式で僕の結界を破り、その魔剣でそのまま刺し殺そうとでも……」
「チッ……!」
手の内を完全に読まれていることを察したユーズは、エリアノスの反撃が届く前に素早く一歩下がり、後方へと跳躍した。だが、エリアノスの金色の瞳は冷たく歪む。
「残念――すでにそこは、僕の結界の内部だよ」
「ユーズさん……っ!?」
「繋ぎ止めよ、聖なる一閃――『光輪』」
エリアノスが指先を天にかざした刹那。
空中神殿を覆う分厚い雲を突き破り、雷にも似た、しかし純白に輝く一本の太い「光の柱」が天から容赦なく垂直に降り注いだ。
「ぐぁぁぁっ……!!」
凄まじい衝撃波と神聖な光の威圧が、着地点にいたユーズを飲み込んで激しく爆ぜる。
「ユーズさん!!」
私が叫ぶと同時に、後ろからシドとライトの怒声が響いた。
直近の未来を完璧に視界に収め、避けた先すらも罠に嵌めてくる神の眼――その圧倒的な絶望を前に、私たちは歯を食いしばるしかなかった
「それでも、ユーズ・ブライヤは生き残る」
エリアノスが宣言する。
柱が消え去ると、煙の中から少し膝をつきながらも立ち上がるユーズの姿があった。
――これは……シドの防御魔法!
「感謝する、シド」
「礼には及ばねぇが……アストから詠唱の『省略法』を教わってなかったら、本当にお前、今ので死んでたぜ」
シドは額の汗を拭いながら、不敵に笑ってみせた。
一方、エリアノスは手応えがあったはずの攻撃を防がれても、驚く様子すら見せずに息を吐く。
「ハァ……戦闘とは、実に面白くない。僕にとって戦闘なんて、あらかじめ決まった動きをただなぞって繰り返している作業にすぎないんだよ。……ここで僕がこうして退屈そうに言葉を発することすら、神眼の未来にはすでに映っている」
エリアノスは終始つまらなそうに、まるで決まった劇を観賞しているかのような冷ややかな目で私たちを見下ろしている。
「ねぇ、アスト……」
私は背中の翼を羽ばたかせながら、肩の上のアストに小さく問いかけた。
「アストがシドに省略法を教えたのは、私の選択で狂ったはずの世界線での話よね? なのに、どうしてエリアノスの未来予測はあんなに完璧に機能しているの……?」
アストは鋭い眼光をエリアノスに向けたまま、低く唸るように答えた。
「おそらくだが……奴は未来を見る『対象の尺度』を切り替えているんじゃないか。世界、いや『運命』そのものを大きく俯瞰して未来視した時には、フィナ、お前の選択によって激しい歯車の狂いが生じる。……しかし、目の前の『個人』単位に絞って直近の動きを見れば、そこには物理法則に基づいた正しい未来がそのまま映っているのかもしれん」
つまり、世界全体の未来(大きな運命)は狂っていても、私たち個人の次の1歩、次の1打という「ミクロな未来」は、依然として神眼の支配下にあるということだ。
「なるほどね……。全体は見えなくても、目の前の私たちがどう動くかは丸見えってわけか」
つまり――そのミクロの予測の積み重ねの果てに、奴が「勝つ未来」を見ているのだとしたら。
「私たちに、勝ち目なんて……」
「じゃあ……ここに来た時点で、僕たちの死は、もう確定しているってことですか……!?」
ライトの手がガタガタと震え始め、構えていた杖がわずかに下がる。
「落ち着け、ライト!!」
シドの叱咤が飛ぶ。
「諦めるな! 手数だ! 奴の思考処理と『神眼』の理解を超えるほどの過密な魔法を叩き込めば、必ず穴は生まれる! やれる手は、まだ絶対にある!」
「あのさぁ……」
シドの叫びを遮るように、エリアノスが心底くだらなさそうに溜息をついた。
「自分たちに都合のいい胸熱な展開を想像してるのかもしれないけれど……あるんだよ、この世には『詰み』っていうものが。君たちがどれだけ抗おうと、ここで全滅する。そう決まってるのさ。君たちの未来には、死以外の選択肢なんて残されていない」
絶望を告げる冷酷な旋律が、天空の城に響き渡る。
その絶対的な「確定事項」を突きつけられ――全員の動きが、ぴたりと止まった。




