47話 空中神殿
刹那――前方の景色が激しく歪み、視界の全てが渦のように舞い踊る。
衝撃に備えて強く目を閉じ、再び目を開けた時には――私たちは宙を舞っていた。
「アスト……これ……っ」
「あぁ……。ここが、空中神殿だ」
眼下に広がる光景に、私は一瞬言葉を失った。
雲海のさらに上、圧倒的な高度。そこに浮遊しているのは、白と金で彩られた、神殿というよりも巨大で幻想的な「天空の城」だった。
けれど、感嘆している時間は一秒すらない。
「フィナ! 圧倒されてる暇はないぞ! このまま真っ逆さまに落ちて死ぬ気か!」
アストの鋭い怒声で我に返る。凄まじい風圧が全身を叩き、私たちは神殿の庭園へと急速に落下していた。
「不定形――『変化』!!」
私は残された魔力を限界まで搾り出し、背中へと集中させた。
形を成したのは、タクトのそれとは対極にある、禍々しくも美しい、漆黒の大きな一対の翼。
その翼で激しい風を捉え、空中で姿勢を制御しながら、私たちは白い大理石の床へと力強く着地した。
「ようこそ、空中神殿へ! 君のその翼は、僕への当てつけかい?」
正面のテラスで待ち受けていたエリアノスが、面白そうに首を傾げる。その背後には、彼の神聖な威光を示すかのような、無数の光の術式がすでに展開されていた。
私は黒い翼を大きく羽ばたかせ、手元に『黒装』の剣を握り直した。もう迷いはない。ここが私の選んだ道の、最初の終着点だ。
「私は……『技極十席』、神災フィナ! やるべき事を成し遂げるために、全力であなたを越えてみせる!」
私の宣言に、エリアノスの金色の瞳が初めて不快そうに細められた。
「ムカつくなぁ……。僕は『技極九席』、神録のエリアノス。世界を狂わせるバグの分際で、調子に乗るなよ。人ですらない君を、その傲慢な座から引き摺り下ろしてやろう」
エリアノスが手をかざした瞬間、天空の城全体が鳴動し、無数の光の槍が私たちの頭上へと降り注いだ。
世界を修正しようとする神の眼と、運命を切り拓こうとする私の、本当の決戦が幕を開ける――!
「そうはいかねぇなぁぁ!!」
天空を切り裂くような聞き覚えのある大声が響き渡った。
「この声は……シド!?」
「風よ、道となれ ――『気流走』」
凄まじい風の塊が光の槍をいくつか弾き飛ばし、私の真横にふわりと一人の男が着地した。ボロボロのコートをなびかせ、不敵に笑う――シドだ。
「シド!? なんでここに……転移させられたのは私とアストだけのはずじゃ……」
「私たちを舐めすぎだ、神災フィナ」
聞き慣れた冷徹な声と共に、影から滑り出るように姿を現したのはユーズ。そしてその隣には、杖を構えて複雑な魔力計算を終わらせたばかりのライトが立っていた。
「援護に来ましたよ、フィナさん。勘違いで捕らえてしまったお詫び、そして――元教官の無茶に付き合うためです」
「ユーズ……とライトまで!?」
シドは肩をすくめ、エリアノスに向かって自身の杖を突きつけた。
「なぁエリアノス。魔法陣ってのはどれほど複雑だろうが、所詮は『記号の組み合わせ』だ。言語じゃねぇから、一度構造を理解しちまえば速射できんだよ。……特にうちのライトは、術式解析に関しては歴史に名が残るレベルの天才だ。お前の転移術式の残滓をコピーして追うなんて、朝飯前だぜ」
リリスが誇る最高の魔導士たちが、私の背後に並び立つ。
一人では届かなかった神の領域に、今、心強い仲間たちが集結していた。
「ははははぁあは……!」
私たちの前に立ちはだかる緑髪の少年――エリアノスは、狂おしい笑い声を上げて天空を仰いだ。その金色の眼(神眼)が、不気味に、より一層深く輝きを増していく。
「舐められてるのは、こちらかもなぁ……。僕の『神眼』に、君たちがここに揃うこの未来が、見えていないとでも思ったかい?」
エリアノスがそっと指先を天空へ向けると、空中神殿を取り巻く雲海が真っ黒に染まり、巨大な雷雲へと変貌していく。
「すべてのノイズをここで一括処理する。それもまた、確定された未来だ」
神の予知が勝つか、私たちの紡ぐ絆が勝つか。
空中神殿を舞台に、本当の決戦が始まった!
「フィナ、魔力の温存は絶対だ! それは手加減でもなんでもない。極限まで燃費を絞り、その上でなお『本気』で戦え。サポートは私がする」
アストは私の肩越しに、厳しくも冷静な声で諭した。やっぱりアストノストは頼りになる。さすがは私の師匠だ。
「フィナ! ここにいるのは4人だ! 一人で突っ走るな、パーティーでの戦いを意識しろ!」
「わかったわ!」
現在のパーティーは4人。私、シド、ライト、そしてユーズ。
私は剣と魔法のどちらも使うから、立ち回りは……。
「みんな、私が前衛に出るわ!」
「了解だ! ライト、俺とお前は中・後衛で術式支援と援護に回る。ユーズ、お前はフィナと一緒に前衛を任せるぞ!」
シドの指示が飛ぶと同時に、ユーズが私の横へと滑り込み、腰の柄から静かに刃を引き抜いた。
「ユーズさんは……剣士なんですか?」
私が尋ねると、ユーズは前髪の隙間から冷徹な視線をエリアノスに向けたまま、淡々とした口調で言った。
「あぁ。杖と剣、剣と杖……。要するに、杖を剣の形に削り出せば、それは『剣の形をした杖』と言える。逆もまた然り……」
え、いきなり何言ってるの……この人……?
緊迫した戦場で始まった謎の哲学に私が困惑していると、後ろからシドの怒鳴り声が降ってきた。
「ユーズ! こんな時にそんなややこしいバカ言ってんじゃねぇ! フィナ、そいつは『魔剣士』だ! お前と同じで、剣と魔法のどっちも超一級品で扱えるんだよ!」
「なるほど……! じゃあユーズさん、息を合わせて!」
私が黒装の剣を構え直すと、ユーズの『剣の形をした杖』――いや、魔剣に青白い鋭利な魔力が爆発的にまとわりつく。
「来るよ……! 神眼の予測を、手数の暴力で上書きしてあげる!」
空中神殿の白い大理石を蹴り、私とユーズは、不気味に微笑む緑髪の少年へと同時に肉薄した。
久しぶりに書きました。
息抜きに別の小説を書いていたので少しリズムが変わっているかも知れませんがよろしくお願いします。




