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神災フィナの黙示録  作者: 鳩ポ
第三章 神殿編
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41話 エンジェル

アストノスト、説明しろ! 何が起きた! 確かに魔力の波長は感じたが、詠唱も、魔法陣の光も一切なかった。……あんたと同じ『全略』の使い手か!?」

暗闇の中で、シドの切羽詰まった叫びが響く。フィールドを維持する杖を握る手が、微かに震えているのが伝わってきた。

「違う……。わからない。私ですら知らない魔法の形態だ。千年以上生きてきて……初めて見る」

あの、この世のすべてを知り尽くしているはずの第一席が、声を震わせている。その事実に、私の背筋に冷たい氷が押し当てられたような戦慄が走った。

「魔法陣とも、魔術言語とも違う……。新しい『フィルター(回路)』ってことか」

「状況を考えるに……『音』だろうな。特定の周波数に魔力を乗せ、鼓膜を通じて脳の術式中枢を直接焼き切る。……『音階魔法スケール・マジック』とでも呼ぶべきか」

真っ暗な空間で、三人の声だけが激しく飛び交う。

外ではまだ、あの重々しい鐘の音が鳴り響いているはずだ。シドの『暗転』というフィールドの膜が、物理的な音波を遮断しているおかげで、私の頭を割るような激痛は辛うじて引いている。だが、一歩外に出れば、またあの「死の旋律」に晒されることになる。

「……リリスの街中で、自国民を皆殺しにするような真似を、一体誰が……」

シドの呟きが、闇に重く沈んだ。

「シド、フィールドを解くな。そのまま移動はできるか?」

「……無茶言うな! この密度を維持しながら歩くなんて、魔力が空っぽになっちまうぞ!」

「だが、ここに留まればいずれ捕まる。……フィナ、聞こえるか。君の『黒装』でシドを担げ。視界はシドの暗視魔術共有する」


「了解だ、フィナ。俺を担いで魔法管理局に向かってくれ。鐘の音は管理局の塔から鳴っている……おそらくそこに術式を乗せた。敵はあそこだ!」

シドの切迫した声が、闇の膜を震わせる。私は迷わず魔力を練り上げた。

「不定形――『黒装こくそう』」

「ストック――『暗視あんし』」

私の影が意志を持つように身体を覆い、同時に、閉ざされていた真っ暗な視界がふわりと光を取り戻した。モノクロームに変換された世界。そこには、石畳の上に折り重なって倒れる、無数の街の人々の姿があった。

……でも。

「死んでない。みんな、眠らされてるだけだ……!」

脈動と微かな呼吸。最悪の事態は免れている。けれど、この広域魔法が「眠り」だけで終わる保証なんてどこにもない。術者がその気になれば、この鐘の音を「死の旋律」に変えることだって容易いはずだ。

「止める……絶対に!」

私はシドの軽い体をひょいと肩に担ぎ上げると、爆発的な脚力で地面を蹴った。

『黒装』による身体強化と『暗視』のサポートにより、障害物を紙一重で回避しながら、巨大な管理局の塔――音の源流へと突き進む。

「……アスト、上見て! 塔の回廊に、魔力の残滓が見える!」

管理局の白い尖塔が、夜の帳の中で不気味に聳え立っている。その頂、巨大な鐘が揺れる場所……。



そこに――奴は、いた。



『暗視』によってモノクロームに染まった世界で、その存在だけが異質な光を放っていた。

この3人の中で、今、明確に視界を確保できているのは私だけ。シドを担いだまま足を止め、私は息を呑んだ。

純白の、あまりに巨大な翼を背に携えた、一人の男が塔の回ロップの上に静かに降臨していた。

その瞬間、街を支配していた重々しい鐘の音が、ピタリと止んだ。

世界から音が消え、鼓膜を圧するような静寂が辺りを包み込む。

だが――。

静寂を切り裂くように、奴の声が、直接脳内へ雪崩れ込んできた。鼓膜を通さず、精神に直接響くような、重く、底知れない声。



『流石は技極……これを凌ぐか』



白亜の塔の上、月光を浴びて輝く純白の翼。

その男は、眼下に広がる物言わぬ街を見下ろしながら、ゆっくりと私たちの方へ視線を巡らせた。


「くそっ、すまん……! フィナ、もうもたねぇ!!」

シドの限界だった。張り詰めさせていたフィールド『暗転』が、まるで硬いガラスが砕けるような音を立てて霧散する。

同時に、私のモノクロームだった視界に鮮烈な夜の色が戻り、静止していた世界が再び動き出した。

「アスト……あれは……」

塔の上にいた「純白の翼」が、重力を無視するようにゆっくりと宙へ踏み出した。そのまま、私たちの真上――数メートルの高さで静止する。ハラハラと舞い落ちる白い羽根が、月光を反射して不気味に美しい。

「『神災』フィナに、『原初』のアストノスト……」

男は、感情の消えた瞳で私たちを見下ろした。その声は先ほどと同じく、脳の内側を直接撫でるように響く。

「お前は……『天使族エンジェル』か……」

肩の上でアストが低く唸った。その体毛が、怒りと警戒で逆立っているのがわかる。

「いかにも。私は天使族の王、エリアノス様の部下。貴様ら『歴史の改変者』に引導を渡す者――タクトだ」

エリアノス。

その名を聞いた瞬間、私の心臓が大きく跳ねた。

旅人への手がかり、技極九席にして、神眼を持つあのエリアノス……。

なぜ私たちの居場所がわかったのか、なぜ今リリスを襲ったのか、疑問は山ほどある。でも、目の前にいるのは、あの手の届かない空の玉座へと繋がる、唯一の手がかりだ。

「……ちょうどいいわ。あんたを捕まえれば、エリアノスの居場所がわかるってことね」


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