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神災フィナの黙示録  作者: 鳩ポ
第二章 戦争編
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29話 軍神マルク

「お前も結局は、ただ 五席という地位が欲しかっただけか……!」


血走った瞳に黒い隈を刻み、マルク――かつて ダイルと呼んだ男は、乾いた笑みを浮かべた。その笑顔には誇りなどなく、削られた魂の影が滲んでいる。苦しみを隠すように笑う姿は、むしろ痛々しかった。


「信念を貫く若者だと、勝手に思っていた。…だが俺の目も、節穴だったらしい。」


私は息を詰めた。胸の奥が熱くなる。

「…こうでもしなきゃ、マルクは止まってくれないでしょう?」


彼の瞳が揺れる。わずかな逡巡が、その奥で炎のように瞬いた。

「あぁ…そうだな。フィ。お前を見ていると、自分が間違っているような錯覚を覚えるんだよ。」


重苦しい声。吐息ににじむ疲弊。

それでも彼は口元を歪め、余裕を装って手招きをする。


「来い、相手になってあげる。」


心臓が打ち破るように脈打つ。私は腰の剣を静かに抜いた。

覚悟を決めろ。――マルクは私にとって、人を殺すという最も重い罪を犯した相手だ。

けれど、私に彼を裁く権利などない。だから 殺すことはできない。

けど、手加減など通用しない相手でもある。


矛盾に満ちた思考が頭をかき乱す。

それでも一歩を踏み出す。呼吸を殺し、私は彼の手招きに飛び込んだ。


踏み込み。刃の振り切り。

黒装が反応し、腕と足へ五対五の出力を走らせる。

その力は爆ぜるように全身を押し上げ、腰から振り上げた剣は空気を裂き、圧を生む。

地を穿つ勢いで放たれた一撃――。


しかし、マルクは未だ剣を抜かぬまま、微動だにしない。


刹那。

体が浮いた。


振り抜いたはずの力が、自らを裏切るように反転し、全身を打ち上げた。

自分の斬撃が、そのまま自分へ跳ね返ったかのようだった。

視界が反転し、私は宙を舞い、次の瞬間には闘技場の側壁に叩きつけられていた。


息が詰まり、骨が軋む。

理解が追いつかない。

だが、当たる直前まで彼が剣を抜いた気配すらなかった。

ただ、確かに全てを逸らされた。


立ち上がろうとする意志すら、圧倒的な実力差に押し潰される。


「……いい剣だな。」

マルクの声が響く。

「叩き折ったつもりだったが……全く傷すらついていない。」


私は咄嗟に手の中の刃を見つめた。

その輝きは未だ揺るがない。

――さすがだ。アストノスト、私の師匠が鍛えた剣。

折れるわけがない。


なら、呼応しろ。答えろ。

師匠の――この剣で。


「黒点!」


突き出した指先五本。その一点に魔力を凝縮し、圧縮し、焼き潰す。

指先から生じた黒い球体は、空気を焦がしながら震え、次の瞬間、弾けるように放たれた。


 音が遅れてくる。

世界がねじれるほどの衝撃。

圧縮された圧を孕んだ黒点が走り抜け、マルクの周囲を削り取り、破壊し尽くした。

地面が抉れ、瓦礫が宙に浮かぶ。

その全てを、爆風が巻き上げる。


土煙が視界を覆い尽くした。

だが、わかる――気配が消えていない。


「―黒装、潜伏。」


装甲が肌に溶け、黒のヴェールが体を包み込む。

呼吸を潜め、私は影となる。


瓦礫を蹴り上げ、音を殺して踏み込む。

煙の中へ。

剣を構え、ただ一撃を――。


…しかし、刃が空を裂いた。

何かに はじかれた感触が走る。

見えない壁に斬撃が吸い込まれたように、軌道が逸れる。


受け流された?


目を凝らすが、そこに 誰もいない。

土煙の中、マルクの気配は確かにある。

けれど、位置が定まらない。

まるでこの空間全体が、彼の領域であるかのようだった。


もう一度、踏み込む。

斜め上から、突き。左下から、切り上げ。回転をかけた振り抜き。


連撃。連撃。連撃。


しかし――当たらない。


どこを斬っても、当たらない。

土煙の中で、確かに何かが 動いているのに、触れられない。

感覚が狂う。自分の剣筋がすべて 先読みされているようだった。


「……見えてるの、マルク?」


返事はない。

でも確信した、マルクに潜伏が効いていない。


煙の向こうで金属の音が小さく鳴る。

それだけで、全身の毛穴が開く。


息を荒げながら、私は後退した。


煙が、ゆっくりと晴れていく。

そこに立つのは、やはり彼だった。

傷一つなく、剣を肩に担ぎながら、冷たい笑みを浮かべて。


「 潜伏とは悪くない。でもなぁお前の刃筋は真っすぐすぎる。」


彼は足元の土を払った。

黒装の防御すら掠め取るような静けさで、ただ一歩、前へ出る。

それだけで空気が震えた。

世界そのものが、彼の歩調に合わせて呼吸を止めるようだった。


「さらに言うと――」

低く淡々とした声が響く。


「何がしたいのかわからない。」


マルクは、呆れたように眉をひそめながら、手の甲についた土を払っていた。

その仕草にさえ、圧倒的な余裕があった。


「何もかもが中途半端だ。」

彼の言葉は、剣よりも鋭く心臓を抉る。


「お前の攻撃、どれも芯がない。黒点も黒装も、ただ 出しただけ。意志も、狙いも、ない。

ハングバッドを倒した時の動きは、どうした?」


――その名前を出されて、胸がひりついた。


確かにあの時の私は、自分の力を理解して冷静に戦っていた。

迷いも恐怖もなかった。

けれど今の私は……。


……新しい力ばかりに頼ってる。


黒点、黒装。

どれも強力な力。けれど、それに引きずられて本来の 私の戦い方が消えていた。

幻影――いつもなら敵の視線を惑わせ、間合いを乱すために張るはずの術式。

潜伏―さっきからこれが効かないのは、魔力を消す潜伏と黒装の魔力が相反しているからだ。

忘れていた。

まるで自分の体の一部を失っていたみたいに。


「……っ!」


私は咄嗟に跳び退いた。

距離を取って、呼吸を整える。

冷たい空気が肺に刺さる。

心臓の音が、鼓膜の奥で鳴り響く。


もう一度、自分を見つめ直せ。

マルクの言葉は、敵としてではなく、師としての 叱責にも思えた。

そう感じてしまう自分に、苛立ちが走る。


だが――。

このままでは勝てない。


刹那、初めて、マルクが動いた。

瞬きと同時に一瞬土煙が舞う。


認識できたのはそれだけ、気づけば私の首に細身の剣が添えられていた。


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