28話 戦争をしよう
丘の上に立ち、眼下に広がるロサドの街並みを見下ろした。
瓦屋根が連なる家々、細い路地を縫うように走る川、そして――街のど真ん中に突き立つかのような巨大な闘技場。
その闘技場を境に、街はまるで二つに割られていた。
白壁の立ち並ぶ一方には、商人や貴族が栄える豊かな街区。
黒い影を落とすもう一方には、労働者や兵の暮らす無骨な街並み。
そして二つを仕切る厚い石壁。
それはただの防衛施設ではなく、シャルムとザックス――二つの国の果てしない戦争を象徴する、冷酷な境界線そのものに見えた。
分断を忘れさせるどころか、逆に毎日突きつけてくるような。
この景色を見て思った。
私は、この街を知らない。
この国のことも知らない。
ここで暮らす人々の喜びも、悲しみも、何ひとつ分かっていない。
なら、本来は関わるべきではないのだろう。
互いに譲り合い、歩み寄ろうとしてもなお、どうにもならずに始まってしまった戦争。
それはこの国の人間が背負うもので、外から来た私たちが口を挟むべきではない。
……そう、分かっている。
それでも。
関係のないはずのダイルが、この街を暴力で塗り潰そうとしている。
その愚行を止められるのは、同じく「外の者」である私しかいない。
無関係だからこそ、私が立つしかない。
「だから……止めるのは、私なんだ。」
胸の奥で静かに呟き、視線を街に向けて立ち尽くした。
その瞬間、もう後戻りはできないと悟った。
――戦争がなぜ起きたかなんて、知る必要はない。
理屈も大義も関係ない。
私がすべきことは、ただ一つ。ダイルを止めること。
そして…街に足を踏み入れた。
血を含んだ土煙はやでも私の鼻を抉る、視界に入るのは、死体、死体、死体、間に合わなかった事は考えなくともわかった。
戦争は終わった、いや、消えたというのが正しいだろうか。これでまた軍神マルクの名は世界に刻まれる。
私は早足で中心に向かう。
街の中心――巨大な闘技場から感じるこの気配――ただの混乱じゃない。
闘技場の真ん中に、「あいつ」がいる。
胸の奥に黒い熱が灯る。
「……黒装。」
呟いた瞬間、全身を覆うように黒き魔力が走った。
足元の地面が爆ぜ、土煙を巻き上げた。
「ダイル。」
薄暗い中心の闘技場、そのさらに真ん中でただ1人立っている者がいた。
「フィ……」
低くよく通る声。
服は返り血に幾度も染まり、乾いては新しい血が上塗りされ、布地は重たく汚れている。
だがその腰には、余計な装飾もない細身の剣が静かに下げられていた。
そこにあるのは、誇示でも虚勢でもない――質素な強さだった。
「ダイル……私は、あなたを止めに来た。」
「また感情論か?」
口元にわずかな笑みを浮かべながらも、声は冷え切っていた。
「お前の正義の押し付けは、いつも空虚だ。」
「お互い様……だよね。」
私は静かにそして重く答える。胸の奥では抑えきれない熱が爆ぜていた。
「ダイルは 戦争を止めると称して人を殺す。
私は 人を殺させないためにダイルを止める。
違いはそれだけだ。」
ダイルは肩を落とし、深い溜息を吐いた。
「……付き合ってられない。もういい、フィ。お前は戦争には関係ない。早くここから消えろ。」
そう言い捨て、彼は私の横を素通りしようとした。
だが私は一歩、強く踏み出す。
「――なら、無視できないようにしてやる。」
「……何を?」
彼の足が止まる。
私は大きく息を吸い込み、全身に力を満たした。
「私は――技極の十席のひとり。十席《神災》フィナ。」
その声は闘技場の壁に反響する。
「お互いに意見が合わない時、どうするか。……知ってるだろ?」
ゆっくりと、静かに振り向く。
目の前の男は、すでに剣の柄に手をかけていた。
「……戦争をしよう、ダイル。」
長い沈黙ののち、私は低く呟いた。
「やはり……すでに気づいていたか。」
そして、ダイルは己の名を告げる。
「俺は――技極の十席のひとり。第五席、軍神マルク。」
その瞬間、空気が凍り付いた。
互いの名乗りが終わった時点で、逃げ道はもうなかった。
こうして、二つの正義が激突する戦いの火蓋が、静かに切って落とされた。




