27話 最悪の一人旅
――いろんな夢を見た気がする。
ある日は、街を崩壊させる夢だった。瓦礫の山の上で、泣き叫ぶ声を踏みつけながら、私は罪悪感に押しつぶされていた。
ある日は、名も知らぬ魔法使いに、骨すら残らぬほど粉々にされる夢だった。死の瞬間の痛みだけが、なぜか鮮明に残っている。
ある日は、黒い男が現れた。仲間を一人ずつ屠り、最後に私の喉を掴んで、笑いながら握り潰した。
夢のはずなのに、血の温度も、内臓が潰れる感覚も、やけにリアルで……最近はこんな夢ばかりを繰り返している気がする。
――私は、目を開いた。
まず感じたのは、湿った土の感触だった。背中を押し潰すように重い。
次に鼻を突いたのは、やな匂い。血と泥が混じり合い、時間が経った腐臭のようなもの。思わず吐き気が込み上げる。
「……っはぁ……っ」
荒い息が、勝手に漏れた。
生きている――その実感だけがそこに合った。
ぼやけた視界の端で、虫が這い、黒い土に人の影のようなものが横たわっている。
夢と現実の境目がまだ曖昧で、私はほんの一瞬、本当にまだ 夢の中に囚われているのではないかと思った。
震える指先を地面に押しつけ、必死に上体を起こす。
泥にまみれた目を拭った瞬間、広がった光景は――夢のような悪ふざけではなく、あまりにも現実的すぎるものだった。
そこにあったのは、動かなくなった黒い兵士。
槍も剣も、投げ捨てられたように転がり、死体の上に突き立っている。空気は鉄臭く重く淀み、肌を刺す。
「死んでる……」
喉から絞り出した声は、掠れて、途切れ途切れだった。
「殺すつもりじゃなかったのに……。」
視界がにじみ、涙が止めどなくあふれ出す。
「あぁ……あぁあぁぁああ…………ッ!」
声が裂け、嗚咽が喉を震わせる。泣きたいのは彼らの方なのに、未来を奪ったのは、私なのに。
何を守りたかった? 誰のために戦った?
……違う。私は、ダイルに言われたことばかりに縛られて、本当に自分がしたいことを、すっかり忘れて――ただ、意地になっていたんだ。
ふと脳裏に浮かんだ名前を呼ぶ。
「アスト……?」
必死に辺りを見渡す。血と泥と死臭の中に、あの金色の瞳も、白い体毛も――どこにもいなかった。
胸の奥に冷たい風穴が空いたような感覚に襲われたその時。
胸元から、何かがふわりと零れ落ちる。
泥に落ちて、赤黒く染まった一通の手紙。
震える指で拾い上げると、紙は血に沁み、指先に触れるだけで崩れそうに脆くなっていた。
――『フィナへ……』
その文字を見た瞬間、胸が締めつけられる。
『本来、アルマフィエルの力で蘇生が出来るため、これは使わないつもりだった。
だが、蘇生の力はまだ解放されていなかったため……使わせてもらった。』
読み進める指先が震える。
「……蘇生……?」
思わず、自分の脇腹へ手を当てる。
砕けた鎧の下――そこにあるはずの、抉られた傷口。
触れたのは、滑らかに再生した肌の感触だった。
信じられず、何度も確かめる。
……痛みはまだ残っているのに、そこには致命の穴が存在しない。
『死者蘇生。本来、キツネの姿では魔法を使うことはできない。
だが、そのキツネも元は魔力の塊。それを媒介にすれば、一度のみ使える。』
行間から滲むのは、淡々とした事実の羅列――けれどその裏に透けて見える覚悟。
一度きりの命の切り札。それを私に与えたという事実。
呼吸が震え、涙が零れた。
『すぐに再生・生成して追いつくつもりだが、まだ時間がかかる。
いい機会だ。目の前の景色と、自分のしたこと。そして、ダイルのこと。
全てには善悪が存在する。命と同義だ。
一つだけに目を向ければ……フィナも、ダイルと同じになるぞ。』
最後の行は、血に滲んで読みにくかった。
だが、確かに読み取れた。
警告。
――私への、最後のメッセージ。
そして、手紙はそこで途切れていた。
握り締めた手が震える。
胸の奥で渦巻くのは、生かされた安堵ではなく、取り返しのつかない重み。
「アスト……っ。」
嗚咽を堪えても、涙は頬を滑り落ちる。
どれだけ拭っても止まらない。けれど――立ち止まるわけにはいかなかった。
「……泣いてる暇なんて、ない。」
私は歯を食いしばり、涙を押し殺す。
血と泥にまみれ、破れた防具をまとったまま、重い身体を引きずるようにして立ち上がった。
足元に転がる、動かなくなった兵士を抱き上げる。
その身体はすでに冷たく、重さだけが確かな現実を突きつけてきた。
私は穴を掘り、土をかけ、棒を突き立てた。
それは墓標と呼ぶにはあまりに粗末だったが、せめてもの償いの形だった。
「ごめんなさい……。いつか蘇生の魔法を知ったら、その時は必ず――助けに来ます。」
そう呟き、胸の奥で誓いを刻む。
そして、振り返らずに歩き出した。
ただし、心の目だけは決して逸らさずに。
一人で歩く道――。
それは私がずっと通ってきたはずの道のり。
なのに今は、恐怖と不安で胸が張り裂けそうだった。
ほんのわずかな間に、アストノストは私にとって欠かせない存在になっていた。
「……どうして……いつのまに、こんなに……。」
孤独が、かつてないほど重くのしかかる。
私は歩いた。
時に兵士の気配に息を潜め。
時に魔物を切り倒し。
時に、堪えきれず涙をこぼしながら。
それでも、歩いた。
そして――数日後…。
ついに私は、ロサドの首都へと辿り着いた。




