表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神災フィナの黙示録  作者: 鳩ポ
第二章 戦争編
27/38

27話 最悪の一人旅

――いろんな夢を見た気がする。


ある日は、街を崩壊させる夢だった。瓦礫の山の上で、泣き叫ぶ声を踏みつけながら、私は罪悪感に押しつぶされていた。

ある日は、名も知らぬ魔法使いに、骨すら残らぬほど粉々にされる夢だった。死の瞬間の痛みだけが、なぜか鮮明に残っている。

ある日は、黒い男が現れた。仲間を一人ずつ屠り、最後に私の喉を掴んで、笑いながら握り潰した。


夢のはずなのに、血の温度も、内臓が潰れる感覚も、やけにリアルで……最近はこんな夢ばかりを繰り返している気がする。


――私は、目を開いた。


まず感じたのは、湿った土の感触だった。背中を押し潰すように重い。

次に鼻を突いたのは、やな匂い。血と泥が混じり合い、時間が経った腐臭のようなもの。思わず吐き気が込み上げる。


「……っはぁ……っ」


荒い息が、勝手に漏れた。

生きている――その実感だけがそこに合った。


ぼやけた視界の端で、虫が這い、黒い土に人の影のようなものが横たわっている。

夢と現実の境目がまだ曖昧で、私はほんの一瞬、本当にまだ 夢の中に囚われているのではないかと思った。


震える指先を地面に押しつけ、必死に上体を起こす。

泥にまみれた目を拭った瞬間、広がった光景は――夢のような悪ふざけではなく、あまりにも現実的すぎるものだった。


そこにあったのは、動かなくなった黒い兵士。

槍も剣も、投げ捨てられたように転がり、死体の上に突き立っている。空気は鉄臭く重く淀み、肌を刺す。


「死んでる……」

喉から絞り出した声は、掠れて、途切れ途切れだった。

「殺すつもりじゃなかったのに……。」


視界がにじみ、涙が止めどなくあふれ出す。


「あぁ……あぁあぁぁああ…………ッ!」


声が裂け、嗚咽が喉を震わせる。泣きたいのは彼らの方なのに、未来を奪ったのは、私なのに。

何を守りたかった? 誰のために戦った?

……違う。私は、ダイルに言われたことばかりに縛られて、本当に自分がしたいことを、すっかり忘れて――ただ、意地になっていたんだ。


ふと脳裏に浮かんだ名前を呼ぶ。

「アスト……?」

必死に辺りを見渡す。血と泥と死臭の中に、あの金色の瞳も、白い体毛も――どこにもいなかった。


胸の奥に冷たい風穴が空いたような感覚に襲われたその時。

胸元から、何かがふわりと零れ落ちる。


泥に落ちて、赤黒く染まった一通の手紙。

震える指で拾い上げると、紙は血に沁み、指先に触れるだけで崩れそうに脆くなっていた。


――『フィナへ……』


その文字を見た瞬間、胸が締めつけられる。


『本来、アルマフィエルの力で蘇生が出来るため、これは使わないつもりだった。

だが、蘇生の力はまだ解放されていなかったため……使わせてもらった。』


読み進める指先が震える。

「……蘇生……?」


思わず、自分の脇腹へ手を当てる。

砕けた鎧の下――そこにあるはずの、抉られた傷口。

触れたのは、滑らかに再生した肌の感触だった。


信じられず、何度も確かめる。

……痛みはまだ残っているのに、そこには致命の穴が存在しない。


『死者蘇生。本来、キツネの姿では魔法を使うことはできない。

だが、そのキツネも元は魔力の塊。それを媒介にすれば、一度のみ使える。』


行間から滲むのは、淡々とした事実の羅列――けれどその裏に透けて見える覚悟。

一度きりの命の切り札。それを私に与えたという事実。


呼吸が震え、涙が零れた。


『すぐに再生・生成して追いつくつもりだが、まだ時間がかかる。

いい機会だ。目の前の景色と、自分のしたこと。そして、ダイルのこと。

全てには善悪が存在する。命と同義だ。

一つだけに目を向ければ……フィナも、ダイルと同じになるぞ。』


最後の行は、血に滲んで読みにくかった。

だが、確かに読み取れた。


警告。

――私への、最後のメッセージ。


そして、手紙はそこで途切れていた。


握り締めた手が震える。

胸の奥で渦巻くのは、生かされた安堵ではなく、取り返しのつかない重み。


「アスト……っ。」


嗚咽を堪えても、涙は頬を滑り落ちる。

どれだけ拭っても止まらない。けれど――立ち止まるわけにはいかなかった。


「……泣いてる暇なんて、ない。」


私は歯を食いしばり、涙を押し殺す。

血と泥にまみれ、破れた防具をまとったまま、重い身体を引きずるようにして立ち上がった。


足元に転がる、動かなくなった兵士を抱き上げる。

その身体はすでに冷たく、重さだけが確かな現実を突きつけてきた。


私は穴を掘り、土をかけ、棒を突き立てた。

それは墓標と呼ぶにはあまりに粗末だったが、せめてもの償いの形だった。


「ごめんなさい……。いつか蘇生の魔法を知ったら、その時は必ず――助けに来ます。」


そう呟き、胸の奥で誓いを刻む。

そして、振り返らずに歩き出した。

ただし、心の目だけは決して逸らさずに。


一人で歩く道――。

それは私がずっと通ってきたはずの道のり。

なのに今は、恐怖と不安で胸が張り裂けそうだった。


ほんのわずかな間に、アストノストは私にとって欠かせない存在になっていた。

「……どうして……いつのまに、こんなに……。」

孤独が、かつてないほど重くのしかかる。


私は歩いた。


時に兵士の気配に息を潜め。

時に魔物を切り倒し。

時に、堪えきれず涙をこぼしながら。


それでも、歩いた。


そして――数日後…。

ついに私は、ロサドの首都へと辿り着いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ